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暗殺犯山上の新証言が事件と統一教会追及を振り出しに戻した

加藤文宏

 6月19日、安倍晋三元首相暗殺事件で起訴されている山上徹也に対して、精神鑑定で「完全責任能力」があるとする結果が出た。2日後の6月21日、山上が「現在のような状況を引き起こすとは思っていなかった」と語ったと報道された。「(宗教)2世の人たちにとって良かったのか悪かったのか分からない」とも言ったそうだ。
 山上の新証言は、彼の弁護団が言うように「明確な真意を確認できない」が、彼にとっての想定外な状況が何者によって引き起こされたか改めて考えさせられる発言だ。拘置所の中にいる山上の言動はほとんど外部に伝えられていないのだから、現状を作り出したのは塀の外にいる者たちである。
 まず、暗殺事件の直後から犯行の意図や山上の心理について「知っている」「わかる」とする者たちがいた。そして、これらを前提にして安倍晋三氏と統一教会(現家庭連合)や自民党と教団の関係を糾弾する動きだけでなく、信者を社会から排除する動きが発生した。
 鈴木エイト著『「山上徹也」とは何者だったのか』には、

すべてを計算し尽くし、その後の社会の状況を構築するという、社会変革を狙って起こした

と暗殺の動機が書かれている。
 さらに、

国のトップを務め、退陣後も政界、政権与党でキングメーカーとして絶大な権力を誇る政治家の庇護の下で、統一教会のさらなる被害が今後も継続することが想定された。その核となる人物を殺めることによって山上徹也は被害の連鎖を止めようとした

注:「国のトップを務め」と書かれているのは安倍元首相

教団を放置することに加担した政治家を狙うことで、自身の今後の人生と引き換えに社会を変革する

とされた。
 誰も知り得ない山上の胸中が、鈴木氏らによって滔々と語られ、これが自民党追及と統一教会追及の出発点になった。決めつけが「真相」や「真実」とされたことで、自民党追及と統一教会追及は「何が悪いのか」「それでどうなったのか」が説明されず、証拠が提示されないまま現在に至っている。
 張本人の山上が否定も修正もできないのをよいことに、マスメディア上で腹話術大会が繰り広げられたのだ。この2年間のできごとが山上にとっての想定外であるだけでなく、『「山上徹也」とは何者だったのか』で描かれた山上、報道やワイドショーで伝えられた山上などというものは、どこにも存在しなかったことになる。
 そもそも山上の家庭は母親の信仰以前に、かなり複雑な問題を抱え、その基盤が崩壊していたのである。これは、いずれ知れ渡ることになるだろう。

 山上徹也の偶像化は2022年7月10日から始まった。
 私は在京報道機関が暗殺事件をどのように知り、どのように報道したか取材した。また、事件現場をエリアとしている在阪報道機関を調査した報告書を参照した。
 暗殺事件報道は7月8日11時42分のNHKからの第一報で始まり、各社が追随するなか同局が12時11分に「きょう午前11時半頃、奈良市で演説をしていた安倍元総理大臣が倒れました。銃で撃たれたという情報もあって心肺停止の状態とみられるということです。警察は現場で男の身柄を確保して詳しい状況を調べています」とスタジオからやや具体的に状況を伝えている。なおNHKが第一報を伝え、その後も報道をリードしたのは、現場で演説会を取材していたのが同局だけだったからだ。
 以後、各局が空撮や現場からの映像とインタビューのほか、一般人が撮影した動画や写真を悲惨な映像にモザイクをかけるか扱いを取りやめるかなど判断しつつ報道した。また安倍昭恵氏への取材は、カメラで追い回さないなど各社独自にルールを設けて対応した。
 所轄の警察や消防は問い合わせが殺到して電話が通じず、近鉄西大寺駅前および周辺は大阪から自動車で1時間以上かかるため取材が遅れ、日暮れまでに各社が入手できた情報は犯人の氏名、手製銃が使用されたこと、山上が元自衛官だったことまでだった。元自衛官だったことは在阪の報道機関から防衛省に問い合わせて同姓同名がいたのでほぼ確定としたが、在京の報道機関が最終確認を防衛省に行ったうえで放送や記事への使用にゴーサインが出された。
 日が暮れてからは取材が難航し、20時42分にWEB版記事が掲載された『毎日新聞 「ナショナリズムの旗振った安倍氏を、元自衛官がなぜ」 青木理さん』で、元自衛官であることが重要なテーマとされたうえで、暗殺された側にも原因があると遠回しに論じられたのは、大手新聞社でさえ確たる情報が入手できていなかったからだ。
 このとき毎日新聞を除く報道機関は慎重な姿勢を貫いていた。報道各社は情報の正確性に留意し、社会を動揺させないよう表現の一部始終に気を配り、犯行を肯定させかねない論評を出さないようにしていた。
 こうした慎重な姿勢が、夜間に行われた奈良県警の会見で狂いはじめた。警備の不備を問われた県警が、犯人の母親と「団体」との関係をほのめかして追及を逸らすと、報道は誘導されるがままに母親原因説を報道した。

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