なぜあの人はウレタンマスクを使い続けているのか
──なぜウレタンマスクを使い続ける人がいるのか。省エネが叫ばれても半袖スーツ、長袖の上着に半ズボンといった意識高いファッションをどうしても受け入れられない人が多かったのと同じかもしれないと考えてみる。
著者:加藤文(ケイヒロ)、ハラオカヒサ
ウレタンマスクはとってもうれしいマスクだった
新型コロナ肺炎が国内で蔓延しはじめた2020年1月から、私たちはマスクが不可欠な生活を1年半以上にわたって経験し、これは現在進行形で続いている。
必需品とも言えるマスクだが、すんなり買えたのは1月中かせいぜい2月初旬までだったかもしれない。コロナ禍初期から品薄になっていたマスクは中国の不織布輸出制限で更に手に入れにくいものになり、品薄と高値が解消されはじめたのは2020年5月から6月頃、店頭に山積みされるようになるのは同年の秋以降だった。
サージカルマスクが品薄になればウレタンマスクと布マスクが注目を集めるのは当然で、2020年の春から夏の終わりは色とりどりのマスクをした人々が街にあふれた。
ウレタンマスクの代表格はARAXのPITTAだろう。厳密に言えばPITTAブランドには不織布を使ったサージカルマスク同様の製品があるので、ポリウレタン素材の“あの独特な”デザインのPITTAと言わなければならない。そして類似品はみなPITTAのデザインを模倣している。
ウレタンマスクは洗って繰り返し使え、洗ったあとの乾きが速い便利なマスクだった。呼吸のしやすさと涼しさというメリットもあった。肌触りがよくゴムが入った耳ひもと違い耳が痛くならないつけ心地のよさや色彩が高評価を得た。
ウレタンマスクはとてもよいものだった。
だが2020年8月にサージカルマスクと布マスクの効果に大きな違いがあると発表され私たちの意識が高まり、12月にウレタンマスクの効果が圧倒的に低いとされるシミュレーション結果が一斉に報道された。こうした過程を経て2020年の年末までにウレタンマスクの使用を取りやめた人は多いと思われる。
しかし感染拡大の第5波が到来してもいまだにウレタンマスクを愛用している人がいる。この人たちはウレタンマスクに感染・蔓延防止の効果が期待できないのをいまだに知らないのだろうか。
どうしてウレタンマスクなのですか?
今回の記事を書くためウレタンマスク使用者に聞き取りをした結果と、過去にウレタンマスク使用者から聞いた話をあわせ、ウレタンマスクを使い続ける理由を整理してみた(筆者2名のほか、反マスクから離脱した方の協力のもと構成した)。
まず意外だったのは、ウレタンマスクの使用者のなかに使用しているマスクがウレタンマスクではないと考える人が少なからずいたことだった。
ウレタンマスクで口元を覆いながら「ウレタンマスクは使っていない」という人だ。「私がつかっているPITTAはウレタンマスクではない」と言う人もいた。使用しているマスクがウレタンマスクであると認識しないまま購入している例は稀だとしても、このような人がいるのを頭の片隅に置いておくべきだろう。
またウレタンマスクに新型コロナ肺炎に対する感染・蔓延防止の効果が期待できないのを知らない人がいたことも想定外だった。サージカルマスクとの差はきわめて小さいと考えている人もいる。
ウレタンマスクであることを自覚して使用しつつ、ウレタンマスクに効果が期待できないのを知っている人もいる。この人たちは自分は感染しないだろうと思い、世の中はさほど重大な状態ではないのでこの程度の効果で十分とし、マスクの使用は形式的であると考えていた。
いずれにしろ、なぜウレタンマスクを使用するのだろうか。
つけ心地がよい、耳が痛くない、肌に優しい、色がきれい、フィットすることでスタイルがいい、呼吸が楽というメリットが挙げられ、これらがいくつか組み合わされてウレタンマスクが支持されていた。効果が期待できないのを知らない人のなかに、フィットするから効果があると考える人がいた。
次に示す画像は、ある通販サイトに出店している販売者が売り場に掲げている惹句やグラフィックだ。販売者は顔に密着し、多彩な色のバリエーションから自分好みのものを選べるとウレタンマスクを訴求している。
次の記事は光文社のClassy「街で発見!アラサーマスク美女13名の素顔【東京マスク美女スナップ vol.3】」だ。
2020年11月はウレタンマスクの効果の低さが大々的に報道される直前だが、読者モデルのウレタンマスク使用率がとても高いことがわかる。また服とのコーディネイトや雰囲気づくりのためマスクの色選びが重要であると考えられているようだ。
掲載時期は前後するが、2020年7月に小学館のCanCamは「欲しいのは、涼しさ?シャレ感?小顔効果?おしゃれプロの夏マスクを見せて♡」という記事を掲載している。
記事の主題は“New Normalな生活をかわいくおしゃれに過ごすためには、お気に入りのマスク選びやコーディネートとのリンクを楽しみたい”で、コーデを選ばないシンプルさを重視するとウレタンマスクになると書かれている。
記事中に登場する美容ライターは次のように語っていて、女性のウレタンマスク需要を過不足なく説明しているように思える。
男性の場合も使い心地、色の選択肢の広さ、形状から生じるファッション性、洗って再利用できる点が好まれている。
選ばれる理由ははっきりしているが言い分はさまざま
ウレタンマスクを使用している人を批判して「効果が期待できないものを使うな」と言われ続けてきた。だが一向に使用者が減らない。現場の医師からも陽性者や入院に至る人はウレタンマスク使用者が多いとさえ言われている。
ウレタンマスクが選ばれる理由はつけ心地のよさとファッション性に絞られている。
いっぽうでウレタンマスクを使い続けている人は
・使用しているマスクがウレタンマスクと認識していない人
・ウレタンマスクであることを認識している人
↓
・(双方で)使用しているマスクに効果が期待できないのを知らない人
・効果が期待できないのを知っていて使っている人
↓
・自分は感染しない
・世の中はさほど重大な状況にない または この程度で十分
・マスクは形式的なもの
以上のように多様だった。
[ウレタンマスクと認識していない人]は素材の種別が明記されている通販ではなく、サージカルマスクなどと一緒に陳列販売されている実店舗で購入していた。
[使用しているマスクに効果が期待できないのを知らない人]は情報弱者とされがちな高齢者ではなく、20代前後から50代にまで存在しているように見受けられる。ウレタンマスクに効果が期待できないと知りつつも、体裁を整えるため「知らなかった」と答えている可能性を否定できないが、全ての人が新型コロナ肺炎について情報をアップデートし続けていると考えないほうがよいだろう。
またウレタンマスクに形状が似た異なる素材でつくられているマスクがある。これらもサージカルマスクと比較してどの程度効果が期待できるか説明されていない場合がほとんどだ。
驚くべきは[効果が期待できないのを知っていて使っている人]がいることだ。理解し難い行動だが、かなり多くの人が自分は感染しないと思っていると調査結果が明らかにしている。
自分が新型コロナウイルスに日常生活で感染すると思うかに対して「あまりそう思わない」か「そう思わない」と回答した人の割合。
男性は
▽20代で43%
▽30代で41%
▽40代で52%
▽50代で55%
▽60代で66%
女性は
▽20代で42%
▽30代で45%
▽40代で48%
▽50代で60%
▽60代で70%
(この調査は2021年7月13日から3日間に実施されているので60代にはワクチン接種後の人が含まれている可能性があるのは注意したい)
自分は感染しないと思うから効果が期待できないのを知っていてウレタンマスクを使う。形式的にマスクをしなければならないと考えているから、鼻出し、顎かけなどルーズな使い方をして、これを咎められそうなときだけ鼻と口を覆う。街角でよく見かけるタイプだ。
ウレタンマスクを選ぶうえでつけ心地とファッション性が大きな要因になっているのは間違いないが、選ぶ人それぞれの言い分がある。「効果が期待できないものを使うな」と指摘し続けるだけでは警告が届かず、いっさいおかまいなしな人もいる点を押さえておきたい。
ウレタン素材が悪いのではなく人の気持ちが複雑なのだ
ウレタンマスクにファッション性を求める人がいるのは前述の通りだ。
こうした需要に向けて、メイクアップ製品のブランドKATEは2020年12月にポリエステル95%、ポリウレタン5%の[小顔シルエットマスク]を限定発売し、好評だったため翌4月に第二弾のカラーバリエーションを展開した。この時期に敢えてマスクを市場に投入するのだから、あきらかにコロナ禍を意識したのだろう。
コロナ禍では、マスクは機能性を求めるものでありファッション性を追求するのはナンセンスだとしても、マスクを外出時のメイクやファッションと一体のものとして考える人の存在まで否定したのでは状況を改善する端緒にすらつけない。
ウレタンマスクは唐突に登場したのではない。代表格といえるPITTAは女性や芸能人の顔隠し用としてコロナ禍以前から使われてきている。しかし最初からファッション用だったわけではない。こうした経緯がわからなければ使用者の心理も理解できないだろう。
ではPITTAがどのように登場したか振り返ることにする。
PITTAは花粉用マスクとして売り出された。PITTAの発売開始は2013年12月で以後サイズだけでなくカラーバリエーションを増やし、単なる花粉用マスクにとどまらない用途に応えてきた。なぜカラーバリエーションが受け入れられたのかといえば、白く医療用然とした不織布マスクへの抵抗感や違和感があったからだ。
現在サージカルマスクをつけて外出するのがあたりまえになっているが、コロナ禍前の花粉症の季節は違った。日本人はマスクへの抵抗感がないと言われるが半分は事実としても残りの半分は誇張にすぎず、つける人の不満に応えるかたちでPITTAが受け入れられ、需要に応えるためバリエーションを増やしたと考えるべきだろう。
筆者(ケイヒロ)は長らくひどい花粉症に苦しめられ、患者数が増えるにつれサージカルマスクの社会的位置付けが変わっていったのを身をもって知っている。自分自身の違和感と世間からの視線が関連しあいながら変わったのだ。
患者数の増加は理解が浸透する度合いと一致するが、2019年の花粉症の季節でさえサージカルマスクはハンカチやポケットティッシュほど普通のものではなかった。さらに遡る2013年にPITTAはつけ心地だけでなくデザイン性で別格のマスクとして登場して、後にファッションの小道具にさえなった。これは花粉症の負い目やサージカルマスクから消え去らない非日常的な違和感を強く感じていた人にとって、マスクが別次元のものになる快挙だったのがわかる。
PITTAはマスクを靴下や手袋なみの衣服に近いものに変えた。しっかりメイクをしないで外出するのは裸で歩き回るのと同じようなものと考える人がいて、PITTAが顔隠しに絶好のアイテムになったのは顔の衣服になり得たからだ。KATE版マスクのキャッチコピー“MASKもMAKE メイクのようにマスクも選ぶ”は、PITTAが切り開いた新たな世界観のうえに成り立っている。
人それぞれ髪型を整え、メイクをし、ファッションや小物にこだわりがあるようにサージカルマスクを嫌いウレタンマスクを好む人がいる。これは70年代のオイルショックから現在まで幾多の省エネルックが提案されても、私たちや親の世代が取り入れなかったのと同じかもしれないと考えないと、ウレタンマスクの利用者とコミュニケーションは取れないだろう。省エネルックも意識高いクールビズも、涼しく快適に違いないとしてもダサくて違和感がありすぎた。そんなものを着ずにエアコンの温度調整を下げる生活を私たちは選択したのだ。
今回の聞き取りで「だったらみんな電気自動車を買っているかというと違いますよね。ガソリン車に乗っている人はどうなるんでしょうね。医者にだってガソリン車に乗っている人がいますよね。環境破壊ですよね」と怒りぎみに言うウレタンマスク使用者がいた。これを詭弁と片付けたところで、彼はサージカルマスクに乗り換えはしないのである。
彼らに媚びをうり平身低頭してお願いする必要はないが、科学的根拠を示すだけではダメなのははっきりしている。
最後に
PITTAにとって不幸だったのは2020年1月26日から2月1日まで花粉症の季節到来を見越したキャンペーンが計画され実施されたことであり、大ブレークするだけの準備が整っていたことだろう。
PITTAは花粉用マスクとして生まれ、サージカルマスクが置いてきぼりにしていた需要に応えた。こうして2019年までに知名度がかなりあがり、キャンペーンとコロナ禍によって様々な人に受け入れられた。模倣品も増えた。こうして知名度だけでなく需要が高まったが、のちにウイルスには効果がないと批判された。
製品が悪いのではなく使い途が間違っている。
だが、PITTA、模倣品、サージカルマスク以外のマスクに「ウイルスへの効果があるとは表示していない」ではなく、「ウイルスには無力である」ことを積極的に明示できないものだろうか。ウレタンマスク使用者の言い分がさまざまだったとしても、購入時に理解と覚悟を求め防波堤になるはずだ。
業界へのこうしたお願いとともに、多数存在するウレタンマスク愛用者に語りかける言葉を私たちは用意しなければならないだろう。