おだまり  1

         mosoyaro

 「これとこれ、あとコーヒー牛乳も」
「ありがとうございます、千円です」
「大好きなアボカドサンドがこっちに残ってて良かった 社長は元気?よろしく言っといて」  
女性が会計を済ませて店の外に出ようとした時、若い男性2人が道路の向こうから走ってくるのが見えた。
息を弾ませ店の中へ。2人とも慌てている。

「まりさん 1人で出てきちゃダメです。何度も言いますが僕らSPの意味がないじゃないですか」
「全く同感です。僕らを困らせないでください。何かあったら姫に怒られます」
2人とも額から汗が噴き出している。
「ごめんごめん、あんまり美味しそうに昼ご飯食べてたから なんだか途中で食べるのやめさせるの悪くて」
「そんな、、、、やめてください。
僕らにまで気をつかってくれるのはありがたいですが、まりさんを守るのが僕らの仕事なんです」
「わかってる、ごめん 気をつけるから。もう一軒だけ付き合って」

3人は店を出てそのままゆっくりと歩き出し商店街の方へ消えて行った。

しばらくして社長が店に来たので女性の話をすると

「まり来たんだ、残念 会いたかった。事務所まで連絡くれたらよかったのに」
「社長あの人、あの可愛い人 まりさん って人何者ですか。SPついてるし。
まだ若い、20代ですよね、どんな知り合いですか」

入ってまもないアルバイトの子が興奮して聞いてきた。
「ああ、あなたまだ入ってきたばかりだから知らないのね。
彼女は私の幼馴染み、そして有名人。
織田まり って聞いたことない?」
「おだまり えーとどこかで聞いた事があるような。
あ、思い出した、確か大学生の時に立ち上げたITの会社の社長、若き成功者、IQが高くてメンサのメンバーにも入っている」

「そうその若き成功者、個人資産は5000億以上って言われてる」
「どうしてそんなすごい人がこの井尻のパン屋で買い物してるんですか
しかもそんな人が友達って社長もすごい」
「私なんてすごくない。まりは本当にすごい人になったけど。
あなた本当にニュース見てないのね。
ほらあの建物を見て」

道路のむこうにある大きな建物を指差した。

「あれは彼女が建てた こども館 で彼女はそこの館長。
この辺一帯の土地を買い上げて子供の施設や公園なんかを全部個人資産で作ったのよ。すごいでしょ
再開発に反対するここら辺の地主や商店街の人達を一人一人説得してまわって。
若いから最初は全然相手にしてもらえなかったけど、何度も何度も足を運んで納得させた。
今では地主のおじいちゃんおばあちゃんも地元の商店街の人達も皆んな彼女の見方になった。
会社経営しながらよ。
今年の4月にオープンさせた。
とっても忙しいのに時間がある時はああやって商店街を回って買い物したりコミニュケーションを取りにくるのも忘れない。

地主をどうやって説得したのかって顔してるわね。

井尻駅は西鉄大牟田線の駅の中で高架に出来なかった場所。
色んな事情が絡み合ってこれからも難しいと思う。
だからかな
はっきりとは言えないけど、自殺や事故が起こる事が多かった。
若い家族に人気が無くて、年配の街になってた。
でも彼女はそのマイナスなイメージを逆手にとった。
高架じゃないから階段やエスカレーターを使う必要がない。
フラットなんだからベビーカーや車椅子が利用しやすいと考えた。
子育てしやすい、住みやすい、安全な街だとイメージアップさせて人気の街にする。
結果、行政や企業も協力して駅も歩道も綺麗になった。
色んな意見も反対もあったけど今では皆んなまりに感謝してると思う」

「そんな良い人の命を一体誰が狙うんですか?」


 こども館に戻ると秘書のゆりが近寄ってきた。
三浦ゆり 30歳。留学先のアメリカの大学で知り合った。
頭が良く、明るく優しい。
ファションリーダーで美人だからどこに行ってもすごくモテる。
私より3歳歳上、頼り甲斐があり、面倒見が良いので なにかと相談していたらいつの間にか私のお世話係になっていた。
私が頑固になって、人の意見が耳に入らい時は真剣に怒ってくれる心強い仲間。
実家は東京だけど福岡暮らしが気に入ってるようで、今彼氏に引っ越してこないかと説得中だ。

「まりさん、1人で外出しないでくださいって何度も言ってますよね。
仁も奏も大慌てでしたよ。
気をつけてください。やっとオープンまで漕ぎ着けて今からが本番なんですから。
何かあったらどうするんですか」 

とても怒っている。美人は迫力がある。顔が怖い、逃げ出したい気持ちになるが我慢する。

「すみません さっき2人からも散々怒られました。
ところで、、、私が居ない間に変わったことはなかったですか」

ゆりさんの怒った目線をかわしながらモニター室に向かう。

モニター室は私が日中仕事している館長室の隣にあり24時間職員とAIロボが在中し館内を監視している。
何か異常があればすぐに対応できる。

モニターは館長室からも見る事ができる。
わざわざモニター室に行かなくても大丈夫なのだが、私は毎日必ず働いているスタッフの顔を見るためにそこに行く。

オープンして2ヶ月、今のところ大した問題はおきていない。それぞれのポジションで働いてくれているスタッフに毎日感謝する。
館内で働く全員でこの施設を守る。
何か問題が起きた時はやはり人間の力が勝ると思うので大事にしたい。

 この施設は福岡市の西鉄大牟田線 井尻駅の横にある。
線路沿いに建っていると言う方がわかりやすい。
広い敷地には公園やカフェ、フィットネスジムがあり、こども館以外は誰でも利用できる。

こども館は地下2階から地上9階の建物。
少し丸いカーブを描いた外壁には青い海を泳ぐ大きな鯨が泳ぐ画像が映し出されている。

地下1、2階は普段は駐車場で災害時には避難場所になるように設計されている。
非常時に対応できるように食料を備蓄したり設備を揃えている。

1階は玄関と受付。

入場料は0歳から15歳まで無料、子供の親は1人100円。高校生も100円、大人だけの入館はお断りしている。

入館には条件がある。

最初の入館時受付で氏名、住所、電話番号、メールアドレス、大人はマイナンバーもしくは身分を保証できる物を提示、コピーを了承してもらい、全員顔写真も登録する。
誘拐などの犯罪防止の為だ。
次回から施設を利用する間子供は腕時計型のバンドを、大人は顔写真付きのタグを首から下げる。
これらの事を全部了解してもらえれば、朝10時から夜9時まで何時間でも自由に施設が利用できる事を約束する。

館内には食事や買い物をするスペースがある。
お金を使う場所はそこくらいで、その他はパソコンを使うのも遊具で遊ぶのも無料で一日過ごすことができる。
天気が悪い時、家で暴れる子供を持て余した時など、ここに連れてくれば走り回っても怒られる心配がない。
様々な理由で家に居場所がない子供も受け入れる。
人に迷惑をかけたりしない限りスタッフは基本干渉しない。
近づきすぎずに静かに見守り、問題がある子がいれば相談にのり優しく寄り添う。
公表はしていないが、ここのスタッフは全員児童心理学を勉強したり、幼稚園、保育園での保育の経験があり、講習を定期的に受けた人だけしか採用しない。
資格を持っていても講習は絶対に受けてもらう。

受付を終え奥に進むと小さい子供の砂あそびコーナーがあり、ゆるやかなカーブのデッキで2階と繋がっている。
そこは沢山の椅子とテーブル席があり ゆっくり食事したりくつろいだりできる。
子供が騒いでも、皆同じ条件なので怒る人はいない。
ここに置いてある食材や惣菜は商店街から毎日仕入れる。
1番人気は焼き立てのパンとサンドイッチで毎日完売する。

私はアボカドサンドが大好きだ。

3階はアスレチックコーナーと子供と大人が一緒に体験できるヨガスペースがある。
子育て相談室もここの階だ。

4階は図書室、静かに本を読む。
5階は図工室。粘土や工作、ブラパン遊び、自由に絵を描いても良い壁面もある。
6階はパソコン室。映画を見たり音楽を聴いたりでき、自習室にも使える。
7階は広い体育館。

8階は会社スペースにした。

ここのオープンに伴い東京からオフィスを移した。
ITの会社なので場所はどこでも構わない。
会社名はBABERU
50人程のスタッフが働いているが、こども館側からは入室できない。
会社への出入りは厳重に管理してエレベーターも階段もこども館のものとは別にしている。
こども館に入れる大人は登録されたこども館のスタッフと、子供と一緒に入館した大人だけ。
そこは徹底している。

9階はスタッフの居住スペース。
私もここに住んでいる。
仕事から解放された時、夜窓から外を見る。
福岡は空港が近く飛行機が頻繁に飛んでいて、街の夜景と合わさり綺麗だ。


私にはずっと後悔している事がある。
あの日あの時に戻れたらと想い
毎日あなたの夢を見る

                   つづく

#福岡好き
#私小説
#地方都市
#アボガドサンド




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