黒とグレーと少しだけ白 4

                               mosoyaro

 僕は両親と交代しながら目を覚ますのを待っていた。
脱水症状をおこしていた柊。
怖くて眠れなかったのだろう、あれから眠り続けている。
待っている間色々な事を思い出した。

まだ僕たちが2人とも小さかった頃、柊が
「にいちゃん、誰にも言うなよ、オレ大きくなったらウルトラマンになる。
にいちゃんはウルトラ隊員になって
一緒に地球を守ろう」
と言ってきた。
かと思うと
「やっぱりウルトラマンはやめた」
と言い始めた。
「何で?」
と聞いたら
「ウルトラマンは地球に3分しかいられないんだ。1日3分しかにいちゃんと遊べないのはいやだから」
ある時は
「にいちゃん、オレ大きくなったら、名探偵コナンになる。だから今からサッカーの練習してくるね」
と言い
さらに最近では
「にいちゃん、俺って顔が良いって皆んなから言われてるだろ、この顔を武器に芸能界に入ったら良いって言われるけどどう思う?
顔で皆んなを幸せにできるのかな」
と言い始めた。
またかと呆れた僕は
「柊、何になろうともそれはそれで良いけど、人前でにいちゃんと呼ぶのだけはやめろ」
「なんで、にいちゃんはにいちゃんだろ。俺は恥ずかしくないよ。
それに知ってた?
母ちゃんはあの年になっても、叔父さんのことまだ、お兄ちゃんって言ってるんだぜ」
と言う始末。
「とにかく、呼ぶな」

笑える、こんな会話、何で思い出したのかわからないけど、あの時、柊をボイラー室で見つけた時も、にーちゃんって言ってたな。
柊が生きていければ聞けない言葉だっただろう。
目を覚ましたらいくらでも呼んでくれと思う。

夕方柊が目覚めた。
「にいちゃん、俺どうしてここに寝てるのかな」
と聞いてきた。
「起きたか、ちょっとまて」
急いでナースコールした。
「弟が目を覚ましました、来てください」
急いで医師と看護士が駆けつけて異常がないか確認した。
幸い縛られていた手足に擦り傷と打撲があっただけで、レントゲンやCT検査を受け詳しく調べてもらったけど、異常は見つからなかった。

だけど
心に傷が残っていた。

3日間で解決したから、事件としては大した事なかったと思うかもしれない。
だけど信じていた学校の先生に騙され、裏切られ、誘拐されて、外国に売られようとした、この事実は消せない。
犯人の女達も警察に捕まったが、柊には一生残る傷跡になった。
傷は目に見えるものばかりではない。
運良く今回は助かった。本当に運が良かった。
だけどそれは偶然ではない。
警察は母親の、なんだかいつもと違う、と言う違和感が早い動きに繋がったと感心していた。
ただ実行犯の女は誘拐して船に乗せるまでが仕事で、組織の詳しい仕組みなどは知らされていなかった。
全容解明には至らない。

人は簡単に犯罪の共犯者になってしまう時がある。
知らないではすまされない。
恐ろしい組織は決して明るみにはでてこない。

ー知らなくても良い事ー
を知ってしまった。
柊は退院しても学校に行けなくなった。
校長はじめ担任の先生、仲の良い友達が家に来ても心を開かなくなった。
笑わない柊。
両親は無理に学校へ行かなくて良いと言った。
将来より今が大切だからと。
僕はそんな柊のそばにいる事を決め、両親には2年間大学を休学すると伝えた。
その間、学費を頼みますと。
小中高と公立に通って、大学も国立に入って、アルバイトもして家計を助けてくれたので休学には反対をしなかった。
むしろ、柊のそばにいてくれた方が安心だと思ったのだろう。

ゆっくりと柊に向き合うことになった。

柊は兄の僕となら普通に会話が出来た。だから勉強は僕が教えた。元々頭は悪くない。
ただ僕と違って柊は文系が得意だったから、柊から教えてもらうことも結構あった。

程なくして、今回の事件の裁判が始まった。
柊と僕は証人として検察や裁判所に呼ばれた。自分達は未成年だから、大人達の配慮がそれなりにあった。
犯人達には会わないですむようにしてくれた。
犯人を見てしまうと事件の事を思い出してまた眠れなくなるからと医師が診断書を提出した。

裁判中、弁護士と検察のやりとりに興味がわいたが、柊の前では口に出さなかった。
何回めかの裁判の後、柊がこう言った。
「にいちゃん、裁判ってなんか面白いね。面白いとかいったらいけないんだろうけど、やりとりがツボにはまる。
にいちゃんはどんな?」
「こんな事思ったら不謹慎かと思って言わなかったけど、実はそう思う。
まあ実際こんな裁判所でのやり取りを間近で体験する事って中々ないからなー」
「やっぱり、にいちゃんもそう思ってたんだ。
独特の言い回しとか、専門用語とかね。
一つ疑問に思う事があって、何で弁護士は犯人を庇うのかなぁ。悪いことして自業自得なのに」 
「そうだよな、聞いてみたいよ、そこらへん。
被害者の事考えたら検察の方が正しくみえてくるのに」
「なんかモヤモヤするから、誰か教えてほしい。弁護士に話を聞いてみたいな」

柊が家族以外で話をしたいと言った。
急いで叔父さんに連絡して、知り合いの弁護士を紹介してもらえる事になった。

人権派の弁護士らしい。
叔父さんの事務所で話を聞く事になった。
知らない人に会うのにまだ抵抗がある柊は、叔父さんの事務所が良いと言った。
柊は初めて来たこの場所に興味津々だった。
柊が居なくなった時、どんな気持ちで母と階段を登ったか。
今思い出しても胸が痛い。
約束の時間になっても現れない。
忙しい人だと聞いている。
事務所のドアが開いた。
「遅くなりました、すみません」
「待ってたよ。忙しい中無理させてごめん」
叔父さんと話をしているその人は若かった。
スーツを着てきちんとしているが若さは隠せない。急いで階段を駆け上がってきたのか、顔から汗が噴き出していた。
ハンカチで汗を拭きながらこっちを見て息を整えている。

「初めまして、私はこういう者です」
名刺を渡された。
名刺には
間宮・中居法律事務所
椎名 智
と書かれていた。

「椎名さん初めまして、今日はありがとうございます」
2人で丁寧に頭を下げた。
「堅苦しい話は抜きにしましょう。
年もそんなに離れてないですから。
私は今年29歳になったばかりです。
気楽に何でも聞いてください。
天野さんとは2年前に少年事件でお会いしてからお世話になってばかりで」
頭をかきながら叔父さんの方をみて頭を下げている。
「天野さんから大体の話は聞きました。
今回事件に巻き込まれて大変でしたね。怖かったでしょう、こうやってお会いできて良かったです。
裁判の方は順調に進んでいるみたいですが、全容解明まではいかないと思います。
証言も、、、辛かったですね。大丈夫でしたか」
「はい」
と柊は小さく答えた。
「弟はまだ家族以外とコミニュケーションが上手く取れません。代わりに僕がお話しします。
今回僕も証人で裁判に参加しました。
その時、弁護士と検察のやりとりに興味を持ちました。
中でも1番興味を持ったのは、今回の犯人達を弁護して、あれやこれや検察の言う事を否定し、罪を軽くしようとしている弁護士の事です。
悪いことした、自業自得な犯人を庇ってなんになるのかなと思いました。
時間もかかるし、本人も認めている内容をです。
不思議でたまりません。
裁判に出席しないとわからなかった事です」

椎名さんは、うーんと言って天井をみた後すぐにこちらに顔を向けた。
顔からはまだ汗が滲んでいる。
ハンカチで汗を押さえながら話を始めた。
「裁判はそんなふうにみえましたかあ。
では聞きますが、逆に罪を犯した人は弁解もできませんか?
それに正確には、罪が確定するまでは犯人ではなく容疑者です。
まだ容疑の段階なんですよ、判決がくたるまでは。
もちろんやった事が事実ならそれは悪い人ですし、被害者の立場になれば許せないでしょう。
でも、法廷で誰も味方がいない状況で、1人って怖くないですか?
事件とか裁判とか普通じゃないし、現実味がない」
「そうです、なんだか別の世界で起きている事みたいな感じで、日常ではない。
他人事でした、ドラマのような」

「だけどどうでしょう。今回起こった事は別な世界の出来事でしたか?
違いますよね。
学校や先生や通学路、普段の生活の中で起きた事でした。
そんな人達が何の前触れもなく事件関係者になる。
逮捕も初めてなら、拘置所に入れられる事も裁判も初めての人が多い中、犯人と思われる人でも怖くてたまりませんよね。
そんな事知ったことがと思うかもしれませんが。

それに人って中々反省しないんですよ。刑を言い渡すだけでは。
何故でしょう?
一方的にあんたが悪いと責めたてて刑を言い渡されたとします。
でも、その犯罪に手を染めていく過程があったはずですよね。
それを解れとは言いませんが、どうしてそうなったかを本人が自覚して反省しないと、たとえ刑を終えて出てきても同じことをするかもしれない。
そうしたらまた被害者がでる。悪循環です。
もう犯罪は二度とおこさない、自分が悪かったと反省してもらう為に私達は弁護しています。
刑を軽くするために弁護しているわけではありません。
そう見えたかもしれませんが。
まあ、弁護士も人間ですから、お金のために罪を軽くする事が目的で引き受ける人もいるかもしれませんが。
私は違います。
信念を持って弁護士をしています。

それに冤罪って知ってますか」
「詳しくは知らないけど、、、本当は罪を犯していない人が無期懲役や死刑になったりしてるとか、痴漢とかもやってないのに捕まったり」
「そうです。検察は一度起訴したら後戻りをほとんどしません。
人間は間違える生き物なのにです。
あなたがもし何もしていないのに犯人だと言われ捕まったら?怖くないですか。
私は怖いです。誰かに話をきいてもらいたい。
そんな人の味方になるのも私達の仕事です」

僕も柊も黙り込んでしまった。
言い返す言葉がでない。
そうか、そんな強い意志で働いているんだ、質問して恥ずかしくなった。

黙って聞いていた叔父さんが、
「今回柊が大変な思いをした。
今日の話、お前は被害者だから納得出来ないかもしれない。
俺は警察官だったからよくわかるけど、組織の中に組み込まれたら、違うと思っても後戻りできない時がある。
だけど皆んな信念を持ってやっている仕事に変わりはない。
椎名くんはバランスが良いんだよ。
弁護士に知り合いは多いけど、依頼人の話をちゃんと聞いて飲み込んで、その人に1番良いと思える答えを出そうともがいてくれる。
若いけど良い弁護士だ」

そう言ってアイスコーヒーをテープルの上に置いた。
その時、椎名さんの携帯が鳴った。
誰かと話をして謝っている。
忘れていた要件があったみたいだ。
「申し訳ないけど、この後行くところがあって。そこに向かいます。
今日の話の続きや質問があったらまた連絡してください」
そう言ってコーヒーを一気飲みして帰って行った。

「参考になったかな、柊」
「うん、勉強になった。叔父さんありがとう」
「椎名さんは何で弁護士になったのかな。知ってる?」
「前に聞いた事がある。俺も興味があった。
彼が中学生の時、父親の勤めている会社で脱税事件があった。
当時、経理担当だった椎名くんのお父さんにも疑惑の目が向けられた。
事情聴取を受けただけで、犯人扱いされ、家族にも心無い言葉が浴びせられて。
結局、当時の経理部長1人の仕業だった事がわかったけど、仲間じゃないかと噂が消えなかった。
苦しかった時に、当時事件を担当していた弁護士だけが、自分達家族に寄り添い、話を聞いてくれて力になってくれたそうだ。随分と救われたと言っていた。
それが弁護士を目指すキッカケになったらしい。
彼は法律と言う武器を手にして、それを使って苦しむ人を助けたいと言っていた」

黙って聞いていた柊が
「叔父さん、俺、モヤモヤしていた少し先が見えてきたかもしれない」
と言って立ち上がった。

           つづく

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