エル・トポの感想
エル・トポという映画を鑑賞しました。二度目になります。
4年前に一回目鑑賞した時はよく意味がわからなくて謎の後半場面がある達人処刑ムービーみたいな気持ちで観てましたが、何度か考察記事を読んだりしてるうちに理解できました。
メチャクチャ良い…………
カルト映画とか言われてますが、実際のところは最高の最高の出来です。
人間の内面や生き方、罪と罰、償いなどが高い解像度で描かれてて、終始共感の嵐でしたね。ましてここまで直接的、包括的に描かれているのは中々無く、こういうのは昔の映画ならではなんでしょうか。
後半パートは、「恩讐の彼方に」のオマージュになってたりして、前編のエキゾチックな雰囲気の中で唐突に馴染み深い文脈が現れると新鮮な気持ちになります。
良かったところ
・余計な作り込みをしてない
なんでエルトポが座ったまま眠っていたかとか、何食ってたのとかどこで芸覚えたのとか、そういうのはすっとばしてたりするので、細かいリアリティに拘ってるときりが無くなります。
しかし、観客に感情を伝えるにはこっちの方が良いのです。「ホドロフスキーのDUNE」で何度も語られていたように、ホドロフスキーは芸術性を大事にしており、座ったまま20年も気絶していた理由よりもそこから受ける印象を優先するのが正しい受け取り方なのです。
ストーリーの整理
この物語の最も大本のテーマは、エル・トポ自身の苦悩です。エル・トポという名前がモグラを意味するように、映画としての本体、重心は後半のトンネルを掘り進む下りなのですが、つまるところ、恋人からの愛のために達人たちを殺害し、その果てに全てを喪ってしまったエル・トポが過ちを償うところが本体ということです。
達人達は皆人格者で、他人を正しく導く意思を有しています。エル・トポ自身も決闘者として他人から絶えず奪いながら生きるしかないという固定観念から逃れられなかっただけで、達人を一人一人殺していくのはとてつもない苦行だったに違いありません。実際滅茶苦茶病んでましたが...
そんな過ちを重ねた人生も恋人の凶弾により潰え、後半ではフリークス(奇形)達の集落で第二の生を受けます。長年の近親相姦故の奇形のせいで不毛の土地に生きることを余儀なくされ、それに触発されたエル・トポは街へ続くトンネルを掘ること決意します。
結末
結局、自らの償い(フリークス達のためにトンネルを掘ること)を完遂しても、異形である彼らは街に受け入れられず、エルトポ自身も命を落としてしまいます。
この結末が意味するのは、過ちを認め罪を償っても簡単に救われることはないです。言葉にすれば当然のように思われますが。
しかし、仮にフリークス達の現状を目の当たりにすることがなくてもエル・トポは別の場所でトンネルを掘ったでしょう。罪を自認している限り、償おうとする以外にその苦しみから逃れることはできないからです。
エル・トポは結局、自ら身を焼きました。エルトポ自身の人生として描かれていたこの映画は、そして幕を閉じます。
救い
しかし、物語は終わりではありません。映画では描かれなくてもそこには確かにエル・トポによって救われた人たちがいます。例えば、自分を捨てた父親への復讐に20年余も囚われていた息子ブロンティス、そしてともにトンネルを掘った付き人のフリークスです。彼女は暗い穴の中では手に入れられなかった愛する人との子を授かりました。
罪を償おうとも、その行いによって本人の魂が救われるかはわかりません。しかし、その奉仕によって救われる人はいるのです。
罪人のみんな、償おうな!!!
おわり
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