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“好き”を大切にしたい(新規と古参について)


“新規と古参“
いつどの時代どの界隈でも一度は起こったであろうこの論争。

アイドルの界隈でいえば古参は昔から応援しているファンのこと、もっといえばデビュー当時(もしくはそれ以前)から応援している人のことを指す。
新規は反対に好きになったばかりのファンのことだ。

区別をするための言葉と言ってしまえばそれまでだし、“新規“は今の自分を表す言葉として私も使ってはいるが、正直どちらもあまり気持ちの良い言葉だとは思っていない。


たまたま見かけたツイートで、DynamiteでBTSの事を好きになったファンが“Dynamite新規“や“Dynamite勢“と呼ばれていることを知った。
Dynamiteがきっかけなのだからその呼び方はなんら不自然ではないのだけど、なんだかそのツイートからは「あれ?Dynamite新規ってもしかして“ごく出“と同じニュアンスで使われてる?」と感じる不穏な空気が感じられた。



“ごく出は永遠の新規“

これは同世代Jオタには通じるであろう懐かしい言葉。もはや死語。(歳がバレる)
ごくせん2というドラマを見たことによりメインキャラであるJ事務所の二人に興味を抱き好きになった人は総じて“ごく出“と呼ばれた。多分ごくせん出身からきていると思われるが読み方は「ごくで」。
このごく出、当時はかなり叩かれていた。今ほどSNSが発達していなかったし当時のJ事務所は写真や動画への規制が強くて過去を追いかけにくかったのもあり、手っ取り早く既存ファンへ質問攻撃をする方が現れた為、「にわかが増えてうざい」と愚痴をこぼす人が多く見られた。
ごく出は「顔だけで好きになったんだろ!」ともよく言われていた。KーPOPファンの中でも所謂「顔ペン」が忌み嫌われる風潮が一部にあるが声を大にして言わせてほしい。

それは良いやん!

一部のごくせんから彼らを好きになった方達から既存ファンへの失礼な行為は確かにあった。でもそれは本当にごく一部なのだ。個人的には以前からのファン側の「ミーハーは受け入れないぜ!」といった風潮や、ファンの総数が突然増えたことへの理不尽な苛立ちなどの方が気持ち悪かったのを覚えている。良いも悪いも全部一纏めにして“ごく出は永遠の新規”なんて今考えてもひどい。
(私はY&Jの別グループのファンでした)



そんな“ごく出“と似たようなニュアンスで使われている“Dynamite新規”のツイートの他に、自分がBTSを好きになったばかりの“新規“であることを謝罪しているツイートも見かけた。謝罪に至る経緯も何も知らないが新規であることを謝るという発想が私には全くなかったので驚きと共になんだか切なかった。


少しだけ私の“歴”について触れる。
以前のnoteにも書いたように私の最初の担当(推し)はJ事務所の一人だった。その担当に関してはグループでのデビューの遥か前から好きだったので位置付けるなら「古参」だっただろう。

続いて好きになった韓国アイドルの推しはデビューして少しした頃に好きになったから「そこそこ初期から好きな方」だったと思う。

そして現在のBTSは新規も新規。先ほどから書いているDynamite新規だ。

このように自分なりの線引きで分類すると古参から新規までを経験してきた。前置きがとんでもなく長くなったが、どちらも経験したからこそ感じることを少し綴ってみたいと思う。


新規ファンの存在

まずもって“新規ファン“の存在は商業的にとても大事だ。
常に新しくファンを獲得していかないとファンの絶対数は当たり前だが減る一方。不変なものなんてないのだから。

アイドルは成長し変化する。
例えば、とても可愛らしい男の子に惹かれ応援していたが時を経てその子は身も心もとても男らしく成長していったとする。それを嬉しいことと受け取るか、「可愛い彼だから応援していたのに…」と悲しいことと受け取るか。受け取り方は人それぞれだから、彼ら自身の変化によって離れていくファンは一定数いる。

そして変化するのは彼らだけではない、私たちファンもだ。
進学、卒業、就職、結婚、出産…ライフステージが変わっていく中で好きになった時と同じだけの熱量で応援し続けられる人がどれだけいるだろうか。人生の節目で環境や人間関係が変わるのと同じように心が移り変わることも大いにある。

だから活動を末長く続けていくためには新しいファンの獲得は絶対に必要だ。

BTSは自分たちが感じていること、同年代の人たちに伝えたいことや自分自身に言い聞かせたいことを楽曲にすると共にトレンドも意識して作業していると日本の音楽番組で話しているのを見た。トレンドを意識するというのは売れることを意識するということだろう。売れるための曲を作り実際にそれが売れてるんだからかっこいい以外の何でもない。

新規ファンは彼らの商業的成功の証。
何も恥じることはないと私は思う。


ファン歴による違い

私は古参であった昔も新規である今も何より大事なのは「推し」。

ステージ上の彼らが見る私たちの顔に「ファン歴」が浮かび上がっているわけでもあるまいし、好きである期間が長かろうとも短ろうとも彼らからしたらファンはどこまでいっても“ファン“でしかない、というのが私の持論だ。(とはいえ韓国アイドルは色々と特殊なので“特別なファン“はいると思っている)

だから何事も「推し基準」で考える私にとってファン歴はそこまで大事なことではない。でもこれが「ファン同士の交流」を重視する人にはそうはいかないんだろうなと思う。そこを重視する以上はどうしてもファン歴による"違い"は生まれてしまう。


ファン歴が長いということはそれだけの期間、リアルタイムで彼らと様々な想いや経験を共有してきたということ。

このご時世、新規ファンであっても彼らの昔の活動や出来事は大抵調べることができる。でもそれはあくまで“情報“として知り得ただけであって、当時リアルタイムで体験してきた人たちと同じ温度で「喜び」や「痛み」を分かち合うことはできない。特に「痛み」に関しては、SNSでの意見や世間の目など実際に経験しないとわからない部分が大いにあると思う。

新規ファンは完全なる追体験はできないからこそ簡単に「わかったふり」はしてはいけない。好きになったばかりであることを免罪符にして“傷“に踏み込むこともしてはいけない。
当時の気持ちを想像で汲み取ることはできても、それは「全くの同じ気持ち」ではないということを理解することが必要だと思う。「全くの同じ気持ち」を共有できるのはあくまで同じ体験をした人だけだ。

それをわかった上で長く応援しているということに敬意を払えれば、あとは新規と古参に大きな差はないと思っている。
同じ人を好きな人。それで十分じゃないのかなあ。相互理解、とても大切だ。


無知と非常識は紙一重

とはいえ以前から好きな人たちのモヤっとした気持ちもわからないでもない。
彼らに会える確率はいつだって高い方がいいし、月日の長さはとても重いから自分が彼らと歩んで一つずつ知ってきたことを簡単に「教えて!」なんて言われたらいい気がしない人もいるだろう。ファンの母数が増えればその分、マナーが悪かったり常識がない人も増えるし自分と解釈が異なる人も増える。

悪い部分ってどうしても目立ってしまうから。
同じ人を好きで同志であるはずの他ファンの言動や品のない行動がきっかけで、推しへの気持ちが冷めた人だってきっといる。それって本当に悲しいことだ。

新規ファンには「初めて」が沢山あってわからないことも多いはず。
だからってなんでも知ってる人たちにおんぶに抱っこじゃ疎まれてもしょうがない。そもそも好きな人を追いかけることを「他人任せ」にしたって楽しくない。
急がなくても彼らは見えるところにいてくれるはずだから、焦らず一つずつ知っていけばいい。


近年「民度が低い」という言葉を耳にするようになったが、“常識がない人“は新規も古参も年齢も関係ないので関わらないが吉!


新規と古参でも合う人は合う。古参同士だって合わない人はいるだろう。結局のところファン歴よりも「人」だ。

私はファン同士の交流は付加価値だと思っている。
「推しを好きな気持ち」をもっと倍増させてくれたり「推しを応援すること」をもっと楽しくさせてくれる存在だ。だからもしお互いの存在が好きな気持ちに影を落とすのなら、無理に付き合う必要はないし距離を置いたって構わないと思う。みんなそれぞれ楽しく推す。それが1番!


新規ファンのこれから

長く応援してきた人たちは彼らの成長と共に歩んできただろう。私たち新規ファンは過去に遡って同じ体験をすることは決してできないけど、これからを一緒に歩んで行くことはできる。

彼らが「義務を果たす」と言っている以上は寂しい出来事もやってきて、どうしても物足りないやりきれない期間を過ごさなければいけない。でもそのさらに先にはとびきり楽しみで幸福な「おかえり」だってある。
良いも悪いも、たくさんの出来事や様々な感情がこれからも待っている。
好きになったばかりの今から彼ら自身と少し外れたところで負の感情に振り回されるのはもったいない。

彼らの歩んできた道のりは壮大で簡単に知った気になれないし、彼らをずっと追いかけてきた人たちの中には面白い人やら文才のある人やら専門知識のある人やらすごい人がたくさんいて尊敬の眼差しで見るとともに萎縮してしまう。いまだに自分をARMYと名乗ることに少し戸惑ってしまうし、彼らを「ウリバンタン」ということができない。

でもそれじゃあ私の中の“好き”が可哀想だ。

「(新規の)私なんか…」って思ってしまいそうになる時もあるけど、それは彼らが掲げるLove Myselfに反する。好きになったばかりの私だって好きなものは好き。


「彼らを好き」という自分自身の気持ち。
それを見失わないように、大切にしていきたい。




以前からのファンの方におんぶに抱っこはよくないなんて書いておきながら、知りたいことが一つある。遡って最近のツイートは出てきても、当時のことはあまりよくわからなかった。
それは20180514の空港ユンギさんについて。

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この日のユンギさんを皆さんはどうやって消化した?空港は阿鼻叫喚の地獄絵図だったはずだが死人は出なかった?皆無事だった?当時のTwitterはどんな様子だった?TLに流れてきた時、泡吹いて気失わなかった?気になってしょうがない。
教えてくださる優しいARMYの方がいらっしゃればご一報くださると嬉しいです。本気です。だってこんなの死人が出るでしょ。

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※私は「平和主義」という言葉で誤魔化しているビビりなので正直このデリケートな話題に触れるか迷いました。「新規が語るな!」と思われたら…正直怖い。でも新規ファンであることを謝っているツイートがあまりにも切なかったので。
あくまでこのnoteは私個人の思いであり、考えが異なる人に私の考えを押し付ける気は毛頭ありません。ただ彼らを好きになったばかりであるということに何か引っ掛かりを感じている人の心がほんの少しだけでも軽くなればいいなと思います。


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