ネオンが光る街の中で。最終話

そして、籠の中

「流輝、入ります。」

久しぶりに事務所に来た。当たり前なのだが、俺もたかだかホスト、駒の分際なら経営陣居並ぶような事務所に来る機会は限られる。今日はオーナーと統括だけしか居ないようだ。

今回はオーナー直々の呼び出しという事で、こういう特殊な事がない限りは他のホストも入れない空間だろう。それだけに、自分の格が上がった気もした。

『流輝、お疲れさん。すまんな呼び出して。どうだ、最近は？店の方も調子悪くないだろうし、お前自身も数字良さそうだと聞いてるが…？』

オーナーの低くも優しい声が心地よい。それになかなか見たことない笑顔だ。

「個人的に、ですけど…満足いく数字だとは思います。充分とは言えませんが、納得はいく、って言うか…勿論、まだまだ頑張りたいですけどね」

オーナーがニヤリと笑う。好感触だろう、もともと俺が入店した頃、ホスト業界も冷え込んでいたが、このグループ自体が岐路に立たされていた。正直、危なかったらしい。

俺が立て直した、までは言わないが、牽引したキャストとして名前は上がるだろう。そこを評価されてこの場にいる訳だ。

『実を言うとだ、お前も耳にしてるだろうがコイツをグループ統括、って立場にする。』

『複数店舗のまとめ役だ、これからは大局を見て動いてもらう。そこで…だ。』

来た…！

俺の心臓は跳ね上がらんばかりだった。

『お前を今の店の店長にしようと思っている。色々課題もあるだろうが、お前は適任だろうと聞いているしな』

オーナーが統括を確認すると、統括も首を縦に振る。ありがたい…統括が推薦してくれたようだ、現場を見ている人の声を拾い上げるオーナーというのは実感していたが、それでもオーナーにとっては統括の存在は相当大きいようだ。

「ありがとうございます…！」

声が裏返りそうだった。今までの努力が報われる瞬間…まだまだゴールでは無いにしても、１つの仕事の形としては最高の形に違いはない。

『うん、この話を受けてくれそうだな？』

「はい、まだまだヒヨッコですけど、謹んでお受けします…！」

この言葉を受けて、統括がようやく口を開いた。

『じゃあ早速なんだが…店長として初の仕事になる。キチッと判断してくれ？今後の評価にも繋がるだろうからな』

オーナーのものとは違う、低すぎないが冷徹な口調。背筋が凍りそうなくらい、今後の評価というワードは厳しく感じた。

ホチキスで止められた複数の書類、恐らくはここ数年の売上げ記録だろう。コレを見てこれからの展望やらを言え、とかそういった質問が飛ぶものだと思った。

『一昨年の３月から見てくれ、売上げ、仕入れ高、利益率の順に…だ。』

一昨年の３月は〇〇万円、６月はいくら、12月は利益率が低い…などのデータが一目で確認出来るようになっている。

『問題は利益率だ、去年の３月から利益率が６%ほど下がっている…』

この表は人件費率までは記入されていないし、家賃光熱費などの必要経費のデータも皆無だ。単純に、酒を仕入れた金額と、売上げ金の額だけが記入してあって、そこから弾き出された数字が純利・利益率として書かれているが…確かに前年比較をしても利益率が落ちているのは明確に示されている。

たかだか６%とはいえ、仮に酒の売上げが１億あれば600万。金額が大きくなりやすいホストクラブの６%は普通ではない数字になる。それが１年以上も続いている。相当数字としては変動があるハズだ。

そう、１年以上も前から…。

『流輝、コレを見て俺は１つ思う事があってな。』

統括の声が低く静かに、そして怒気を孕んでいるようにも聞こえた。

『誰かが会計に悪戯してるんじゃないか、って事だ。仕入れ額自体は大きな変動なく、売上げ額だけが変わる、そうすると利益率が変わっていく…。』

『まぁ、例えばビールばかりが売れた、利益率の高い焼酎ばかりが売れて、ウイスキーやブランデーが売れなかった、って月はあるだろう。それでも、ここまで全体として利益率に大きな差異が出るものではないだろ？』

『問題は、誰が会計を悪戯してやがるか、って事なんだよ…なぁ、流輝？』

何故自分が、何をもってこの場に呼ばれたのか。

「すいません…おっしゃる意味が…」

オーナーの目を見る。先ほどの笑顔は露ほどもなく…冷酷な経営者の眼をしていた。

『去年だな…俺が新店舗立ち上げに苦労していた時期と重なるんだよ』

統括は続けた。

『金を扱う、ってのは責任以外のナニモノでもねーんだ、オーナーが俺に預けてくれた仕事を他人に預ける。信頼出来ると俺が踏んだ人間に、だ。』

コンコンッ

誰かがドアをノックした。俺は正直、このノックは冷静さを取り戻すきっかけになると思った。この場を切り抜けるキーになる、ノック。

間違いだった。それは絶望を倍増させるノックだった。

『オーナー、お久しぶりです。コイツですか？店の売上げピンハネしとったってガキは？』

入ってきた男は完全にカタギでは無いオーラを発していた。心臓は自分のモノではないように音が聞こえる程に早く打っている…。この男が発した言葉の意味を理解した瞬間、俺は今日この場で…。

『流輝、場面を間違えるな。答えを間違えるなよ？俺はお前を信頼した。オーナーと俺を裏切った人間が組織にいる。その人間を処罰する必要がある、ってだけだ。』

統括、オーナーの鋭い視線。

ヤクザと見受けられる男の下卑た嘲笑と、意味深にスーツの内ポケットを探る気配。

コレはもうどうにもならない…理解した瞬間に、オーナーが口を開いた。

『流輝よ？俺は金が稼げる人間が好きだ。俺の懐を温めてくれる人間、そいつを重用している。ただ、そこに安心して任せられる信頼も必要なんだよ、分かるな？』

言葉は出なかった、何を言っても自分が不利になる。

『この金の流れ、誰が店の金チョロ任してるのか、分からんよな？だから、うちのグループのケツモチ、北雄會の方に調査してもらって、発覚したら消してもらおうと思ってるんだ…会社からじゃねーぞ？社会からでもねー。この世から、って意味だ。』

ススキノにも事務所を構えるヤクザだ…コレは脅しでも何でもないだろう。

『流輝、正直に話せ。誰がやったか、知ってる事を正確に話すんだよ。オーナーは今すぐお前を消そうとはしてない、それはこの場を作ってもらった、俺が頼み込んだ事だからな。』

恐らく…統括は前から分かっていたのだろう。俺の【悪戯】ってコトに…。オーナーを引き留め、こういった場を作り…

オーナーはヤクザを呼んだ、って事は消す事も厭わなかったのだろう。それを…統括が頭を下げて、チャンスを作ってくれたに違いない。

統括の優しさが嬉しかった。すぐ殺されても仕方ない場面まで来ていたのだ。

俺は観念した。そこからは俺の全てを話した。

借金の事、カジノの事、店の売上げをピンハネしていた事、自分の口座に全額とは言わないまでも、ある程度の金がある事、何をしてでも、この罪は償わせてもらう覚悟をした事…。

ヤクザが笑いながら、内ポケットから拳銃を取り出す。

『お前、正直に全て話せ。あのカジノは俺たちが経営してんだ、顧客リストを漁ればすぐに掴める情報だが、そんな面倒したくない。カジノは誰に紹介された？』

突きつけられた銃口は、今にも弾が飛んできてもおかしくなかった。

「客の…美姫…です…」

ヤクザは拳銃を仕舞った。何故かは分からないが、殺される事は無くなったと感じた。

統括が口を開いた。

『美姫とは…深い付き合いなのか？』

隠し事はもう出来なかった。

１人の客としてドライに接していたがいつしか心の支えになっていた事、今でも借金を抱えているだろうから返済の手伝いをしてやりたかった事、少なからず今回のピンハネも関係していた事、肉体関係はカジノの前夜に１度だけ有った事

そして…愛してしまっている事。

ここまで命の危険に晒されてきたが、涙は出てこなかった。

なのに何故だろう。

美姫の話の時、心からの涙が溢れていた。

少し、沈黙が流れた。そして…。

統括とオーナーが向き合い、結論を提示してくれた。温情を感じてしまうような、そんな結論に感じたのは、俺の精神もこの場に限界が来ていたせいなのかもしれない…。

ホストは破門。系列店、会社の関連企業に再就職等は今後一切無い、という事。

今回の件は刑事事件としては扱わない事、ただし被害額を考えると甚大で有る為、銀行口座の預金を没収、そして北雄會経由で1000万の借金をし、その1000万は会社に納め、会社と個人間での借金を帳消しにする事。

そして最後に。

美姫の事は忘れ、今後一切の連絡を断つ事。

コレが会社と俺個人の結論となった。

何故、美姫との連絡を断つのが条件に入っているのか分からないが、この場は納得しなければならない。

『コレでお前との関係は切れるが…正直、俺はお前を買っていたよ…。残念だ。』

統括の言葉が脳内に虚しく響いた。

『じゃ、後は其方にお任せしますんで』

『オッケーですよ。オーナー、これからもよろしく頼ンますわ。おい、お前は一緒に来い』

ヤクザに睨まれながら、事務所を出て外に出ると、運転手が待つベンツに乗り込むように言われた。

人生で初めてのベンツがこんな形になるとは…。

ヤクザは言った。

『俺らの世界も大変でなぁ…色んなことして金稼いでもよぉ、使えない金ってのが存在しちまうんだ。それを洗う為の会社がある。今後はお前がそこで汗水垂らして働いて、うちの組への借金を返してもらう。』

ベンツはものの５分程度で目的地に到着した。

『この居酒屋がお前の明日からの職場だ、飯も出るし休みも給料も有る。ただ、多少は世間でいうブラック企業なのかもしれねーし、組に返さなきゃならねー金考えると、親の借金は厳しいかもしれんよなぁ』

要するに。

シャブやら売春やらで稼いだ世間で使えないような黒い金を、民間の会社を装った飲食店で飲み食いする。

そしてその飲食店は税金を納めて、民間を装った親会社に吸わせる。勿論親会社はヤクザの経営する企業だが、飲食店として税金を引かれた綺麗な金になって、使える金になって戻ってくる、いわゆるマネーロンダリングをする為の居酒屋、という事になる。

『先に言っとくぜ？

この店でピンハネなんかしようもんなら、石狩湾で魚の餌だ。それは肝に銘じとけや。』

ケツモチの会社の事務所で拳銃突き付けたんだ、冗談では無い事は馬鹿でも分かる。

『それとな、お前は最初殺される運命だったんだ、オーナーの狸はお前を殺す為にうちの事務所に連絡してきた。』

『ところが、だ。あの統括とかいう色男が掛け合って、ココに就職が決まったんだぜ？感謝するんだな』

やはり…統括のお陰だったようだ。

『俺は別に殺そうが働かせようが、あのオーナーからは金が支払われるだろうし、どっちでも良かった。ただ、俺も義理人情に生きる極道だからな、もうひとつ教えておいてやるよ』

『あの統括のヤロー、お前の事を弟のような人間だから、殺さないでくれ、ってオーナーにアタマ下げたんだぜ？お前の為にだ。面接で履歴書見て、地元が一緒で良い面構えだから採用になったらしいじゃねーかよ。』

『任侠の世界じゃ、そういう上下関係や子弟関係みたいなモンは大事なモンだ。俺もグラッと来たしな。だから、って訳じゃねーけど、ココでしっかり働けや。10年もすりゃ返せるように設定してあるしよ、ココでお勤め終わったら、自由の身だ。』

そして、あれから。

８年が過ぎた。

俺は今も居酒屋で働いている。大学は中退した、というよりもさせられた、が正しいのかもしれない。

もともとはホストだった男だ、接客の心得はある。金の計算も出来るし、利益が増えるような価格設定も出来る。

ヤクザのマネロンに使われる店、ってのはカタギには分からないんだな。一般客の方が多いんだ。下積みもしたが、会社に利益が出るように色々変更させて、売上げは伸びた。

３年前からこの店の店長になった。あの時なりそびれた店長の肩書き、今や別にどうでも良い。

役職手当も付いて、もう少しであの件の借金は無くなりそうだ。給料明細は普通の飲食店と比べると高い数字が明記されてたけど、返済に当てられる額もデカくて、正直厳しい生活が続いていた。もう少しで楽になれる、それだけであと少し頑張れる気がする。

居酒屋の経営者も（と言っても組のダミーの経営者だが…）俺の実状を知っていて、借金無くなってからもココで働いて、親の為に頑張れや。と言ってくれてる。それも悪くないと思える。

色んな選択肢がこれから先、出てくるだろう。

それを考えるのは、借金を全て返してからで遅くない。まだ30代前半、あの日死にかけて地獄を見た俺にとってはまだまだこれからだな、って笑える日が近付いてきたのは嬉しく思う。

あの日、家に帰ってからすぐに美姫にメールしたんだ。何故だか、すぐにエラーメッセージでメールは返ってきた。宛先が見つかりませんでした、って。電話しても繋がらなかった。

多分、何者かが手を回したんだろう。無事にいてほしい。美姫自体には何もお咎め無いだろうし、普通の客として通い続けていたかもしれないが、あれから会う事もなく時間が過ぎた。

もし、許されるなら。

この借金が無くなって、自分に余裕が出来たら。

あの時、俺を救ってくれた統括に連絡して、いっぱい感謝の言葉を伝えよう。

そして、美姫の行方を知らないか、知っているならもう一度…。

まぁそこまでいくのは、もう少し後の話だな。もう少しだけ、頑張ろう。

あの頃の、他人は信じないで生きようと思った俺はもう居ない。

自分でも変わったなぁ、と思う。沢山の人に出逢って、色んな事を経験した。生かされたし、学んだし、変えてくれた人達を心から信頼できるようになった。

何はともあれ、この話はコレでおしまい。大事なのは、今俺は居酒屋の店長やってて、借金がまだ残ってて、今日も仕事だって事だ。

ススキノのネオンが今日も綺麗に輝いてるのを見届けて、俺はメビウスの火を消した。

あとがき

お読みいただき、ありがとうございました。

明日以降、番外編を書いて完全にこの話を〆たいと思いますが、本編はココで終了です。これからも自分が書きたいと思えたら、また何か書くつもりです。

思っていた以上に反響あって嬉しかったです！

ちなみに…居酒屋店長・モスの小説の終わらせ方…

個人的にはニヤニヤしてるんですけど…なんていうのかな？ラストまで読んで、

「え？モスの小説って事で読んだけど…アレ？小説？んー？ノンフィクションだったの？」ってとこまで考え、感じてもらえたとしたら僕の勝ちですｗｗｗ

フィクションですからね？ｗｗｗ

色んな伏線があって。ススキノが舞台、出身地を想像させるような部分、小柄、大学中退、メビウス吸ってる

コレは事実上、全て自分です（笑）

元ホスト、イケメンを想像させる表現、親が元経営者・片親、今働いてる店がヤクザ絡み

コレは全部違いますｗｗｗここは否定しとかないと、エライ事になりそうなのでｗｗｗ

あとは表現として出てきた自分を形取るような部分は、書いてて自分に寄せたパターンも有りますし、どこがホントでどこが脚色・全然違う部分、っていうのは全話見た皆さんが各々で判断してください。

やー、書いてみて面白かったです。

ちなみに番外編は、最後の最後に大ドンデン返し、そんな結末で終わらせるのかよ…ってとこまで考えてるので、こちらも期待してください。

いつか小説作家としてデビューしたら、コレが処女作になるんやな…（笑）

本当に読んでいただきありがとうございました、またお付き合いくださいね！

モス

P.S

サポートくれても良いんやで…？（笑）