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離島の旅 終わり

心配していた台風の影響は、ぎりぎりで免れたようで、私の乗る10時発の高速艇クイーンざまみは無事出航することになった。残念。

昨日、ダイビングボートの上で船頭とインストラクターの2人のお兄さんが
「○○さんが亡くなったって」
「うそ!一昨日、海に出てたって言ってなかった?」
「急変したらしい」
などと会話をしていたのが聞こえたのだが、今朝の座間味は、その話題でもちきりだった。

「今日の船で那覇に運んで焼いてもらうって」
「向こうで親族だけの葬儀をしてから、戻ってきて島で弔いだって」
「一応、○日にって言ってた」
「予定が変わったら、村のFacebookで流すってよ」

スーパー、漁協、宅配便を送る営業所、船のチケット売り場。
人が集まるところでは、誰もがそんなに沈痛な面持ちでもなく、天気のように話題にしている。
まあ、旅行者の私の前で号泣したりはしないだろうけれど。

私を港まで送ってくれるために迎えにきてくださったオーナーさんにも、ご近所の方が伝言ゲームのように同じ話を伝えていらっしゃった。
ものの15分もあれば、村のネットワークをニュースが駆け抜けていくのだろう。

「どなたが亡くなったんですか?」

と聞いてみると、生粋の島のおじいちゃんが肺ガンで亡くなったのだそうだ。

「僕たちと同世代だったんでね、体には気をつけようねって言って、みんなでせーの!でタバコをやめたんだけど、あの人は『俺は死ぬまで好きなことをするんだ』って言ってたんだ。好きなことして死ぬなら本望だって」

肺ガンで亡くなる方は,みんなそうおっしゃると聞く。
末期は、常に水の中で呼吸しているような苦しみの中で逝くのだというのも、ご遺族からよく聞く話だ。

「那覇の病院に長いこといたんだけど、もうダメだってなった時に、島に帰ると言って戻ってきたんだよ。ちょっと前には、船で海に出て喜んでたんだけどね」

私は少し前に、自分が帰りたいと思える場所ってどこなんだろう?という記事を書いた。

おじいちゃんは、座間味に帰りたかったんだなぁ。
座間味の綺麗な海に帰りたかったんだ。

「ここではね、葬儀の日程なんかは全部、ノロさんが決めるの。家族はそれに従う。ノロさんて知ってる?」

「わからないです」

「ある日突然、村の女の人に神様が降りてきて、なんでも教えてくれるようになるの。祭りの祭司なんかもノロさんの仕事だし、家を建てるとか,村に誰か移り住んでくるとか、そういう時もみんなノロさんの話を聞く」

「本島のユタみたいな感じですか?」

「そうだね。座間味だと『祝女』って書いて、ノロ。僕も35年前にここに家族で移り住んできた時に、ノロさんと話した。『なんでこの島に来たのか?』って聞かれて『誰かに呼ばれたような気がしたから』と答えたら『そうだ、あんたは呼ばれとる』と言われた。よそ者だったから、最初は馴染むのにすごく苦労したんだけど、ノロさんの一言で村に受け入れてもらえたんだ」

「てことは、呼ばれてない人は、ここには住めないんですか?」

「はは。どうだろうね。でも、村の中で何か仕事を始めても、すぐ店を畳んで帰っちゃう人は多いかな。僕は、ああ、この人は呼ばれなかっんだな、と思って見てる」

なるほど、たしかに一昨日、あまりの筋肉痛にマッサージ屋さんを探したのだが、サイトはかろうじて残っていても、閉業してしまった店舗が複数あった。
座間味には、今、マッサージ屋さんも整体屋さんも鍼灸師さんもいなさそうだ。
文字通りのブルーオーシャンだと思うのだが、島の神様は、人体メンテナンスのスペシャリストをお呼びではないらしい。

それはそうと、葬儀のお話の続きを伺う。

「島では火葬にできないんですか?」

「そうだね、火葬場がないしね。昔は洗骨って言って、一旦土葬にしたご遺体を、数ヶ月後に掘り起こして、海で肉をこそげ取って洗い、綺麗に骨だけにしてから、もう一回埋めてたんだけどね。衛生上問題だってことになって、火葬になったんだ」

そ、それはなんというか、洗う人の心の負担が大きそうな……。
私なら中止になってよかったと思うけれど、島の神様はどう思われたのだろう。
最終的に綺麗なお骨になれば、やり方には目をつぶってくださっているといいなぁ。

そんな話をしている間に、船が来た。

「また帰っておいで。いつでも待ってるよ」
オーナーさんは、そう言って手を握ってくれた。

そうか。ここも、私が帰って来ても良いところなんだなぁ。

なんだか、嬉しい。
絶対また来よう。

**連続投稿77日目**

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