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ロード トゥ ザ デンタルクリニック

その日わたしは急いでいた。
15時からの歯医者の予約を5分前に思い出したのである。

家から歯医者までは普段なら、バイクで1分の距離である。歩いたって大したことない。近道すれば5分で行ける。

ところが、先日の大雪でバイクはまだ駐輪場から出せないし、頼みの近道は「道ではない=空き地とか、駐車場とか、人の家と家の境の生垣の隙間とか」なので、当然除雪がされていない。雪に足を取られて歩きにくいことこの上なく、どう頑張っても普段の1.5倍はゆっくりになる。

上着を着ながら階段を駆け下りつつ、考えた。どのルートが1番早いのか? そして1階にたどり着いた時、こう結論を出した。

「今日は天気がいいから、多少なりとも雪が溶けていることだろう。そこにワンチャン賭けて、近道を行こう!」

そこで、わたしは社宅前の通路を右に進んだ。左を選べば、遠回りだが、全て除雪されている歩きやすいルートだ。しかしこちらは、早足でも10分はかかってしまう。やはり右だ。幸いなことに、社宅前は、配達の車が通れるように会社が除雪してくれている。雪はない。歩きやすい。ここで時間を稼ぐのだ。急げ。

あたかも、箱根駅伝における青学の原監督が選手のペース配分を計算するかのように、わたしも考えた。この区間で25秒か。いいぞ、いいぞ。このままのペースなら予約時間に間に合うぞ。

道は左に曲がり、よその車がたくさん停まっている駐車場にさしかかる。ここにも雪はない。よし! このまま進め! 駐車場の向こうの生垣の隙間を縫って、図書館と福祉センターの間の狭いルートを抜ければ、あとは平地だ。これは、もらったな。

ところが油断した時に災いはやってくる。駐車場に積もった雪は、除雪車によって1箇所に集められ、高い山を作っていたのだ。

「くっ、この山を登れというのか? ここが地獄の5区だったのか」

家から歯医者に行くだけだと油断していた私は、当然軽装だ。こんなところ、登れない。「あきらめてきた道を戻るか」そう思ったところに、何かが視界をよぎった。

「あ、あれは!!」

トンネルだ。近所の子供たちが、雪山に掘ったトンネルだ。ぱっと見、直径40センチ弱しかないが、向こうまで貫通しているのは確認できた。

「えーと、直径40センチってことは、3倍して120センチ」

原監督はトンネルの円周なんて計算しないだろうが、私はする。なぜなら、途中で引っかかって抜けなくなったら、大幅なタイムロスだからだ。120センチもあれば、いくら私の腰回りが巨大でも、きっと通過できるだろう。よし、ここを抜けよう。

ウエストポーチを外し、手に持つと膝をついてトンネルに体を入れた。匍匐前進というより、芋虫のように体をくねらせて進む。さっきも書いたが、今日は暖かい。雪は溶け始めてシャーベット状だ。そんなところを軽装で這いずる芋虫人間。半分も進む前に後悔していたが、もう遅い。ここまできたら行くしかないではないか。

反対側に出た時、咄嗟に時計を見ると50秒かかっていた。山越えに50秒。経験の浅い私には、これが速いのか遅いのか判断できなかったが、とにかく抜けた。最大の難所は越えたのだ。あとはとにかく早足で歯医者を目指すのみである。

もしここに通行人がいたなら、ギョッとし目を背けられていたことだろう。ジーンズもダウンもビッショビショのおばさんが、真っ赤な顔で鼻息荒く突進してくるのだ。私でも目を合わせるのは躊躇する。しかし、そんなことには構っていられない。あと2分しかないのだ。急げ、急げ!

除雪された路地をイノシシのように猛進し、歯医者に着いた時、時計は30秒前だった。やった! 区間新だ。

「すみません、3時から予約したものです!ギリギリでごめんなさい!」

間に合った達成感と、やり遂げた爽快感とで、気持ちよく受付のお姉さんに声をかけた。

「えっと? あれ? ご予約は明日ではありませんか?」

一日間違えていたのであった。

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