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後続車 (#2000字のホラー)

午後9時。
山道は、川に沿ってうねうねと曲がりくねり、道路を照らす照明ひとつ付いていなかった。
月あかりは厚い雲にさえぎられ、届かない。
かわりに時々空が光り、濃い灰色の雲が一瞬その輪郭を見せる。
音は聞こえないが、放電現象だろう。
あの下は雨だろうか。
こちらに近づいてくるだろうか。

ただでさえ夜目が効かない私には、難易度の高い道であることは間違いない。
カーブに差し掛かるたびに速度を落とす私に、後続車はイラつき、ぎりぎりまで近づいてプレッシャーをかけてくる。
夕方に降ったと思われる雨が乾いておらず、路面がところどころ滑る。
私は恐怖にすくみ、バイクを広めの路肩に寄せると何台目かの後続車に道を譲った。
3台連なったワゴン車が、すごいスピードで通り過ぎていく。
この辺の人たちは、暗い山道を全く恐れる気配もなく、まちなかと同じスピードで走る。
すごいことだ。

後続車がいなくなると、あたりは真っ暗になった。
対向車は、先ほどから1台も見かけない。
ヘルメット越しにも、秋の虫の大合唱が聞こえる。
雨は今にも降り出しそうだ。

「こんなところで休憩するのも怖いし、とにかく明るいところまで行こう」
と思いなおし、再びバイクのエンジンをかける。
夜道に浮かぶ白いセンターラインだけを頼りにゆっくり走っていると、またしても、サイドミラーにまぶしいフォグランプの光が映った。
「お先にどうぞ」
と、思い切り左に寄ってみるが、その車は追い越すつもりがないようで、ずっとつかず離れず後ろをついてくる。
おかげで、バイクのヘッドライトひとつでは心細かった山道が、明るくなってよく見える。
「どこまで行くのかな。街まで一緒だといいな」
と思いながら、最後の峠を越えた。

その後、あんなにたくさんいた後続車に追い抜かれることは一度もなく、無事に街の明かりが見えるところまで帰ってきた。
やっと山道が終わり、信号が現れる。
赤信号で止まった時に、会釈でもして感謝を伝えてからお別れしたい、と思ったが、こういう時に限って信号は青だ。

「まあいいや、信号を渡ったところで、路肩に停めて後続車をお見送りしよう。おかげで無事に山を越えられて、本当にありがたかったことだし」
そう考えて、交差点を過ぎた。
その時にはたしかに、サイドミラーにあのフォグランプの黄色っぽいライトが映っていた。
なのに、バイクを停めた私を追い抜いていく車は、いなかった。
見通しの良い交差点だったので、左右の道も目で追ったが、やはり車のライトは見えない。
どこかで見失っていたのに、気づいていなかったのだろうか。
不可解ながらも、小雨が降ってきたので、あわてて帰ることにした。

5分後。
ようやくわが家の駐輪場に到着し、ヘルメットを脱ぐ。
スマホのカーナビの音声を聞くために装着していたイヤホンを外そうとすると、そこから
「今日の分は、貸しだ」
という声が、たしかに聞こえた。

誰に何を貸されたのかは、わからない。
けれど、いつか返さなくてはいけない何かを受け取ってしまったらしい。


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