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都さんのアカウント(#2000字のホラー)

都さんは、バイト先で知り合った二つ上の先輩だった。
要領と飲み込みの悪い私に、根気良く仕事を教えてくれた優しい人で、みんなに慕われていた。

私の仕事は飲食店の接客係だ。
だが、広いホールに置かれたテーブル番号が全く覚えられず、向いていないことは、自分でもよくわかっていた。
間違ったテーブルに料理を運んでは
「頼んでないよ?」
と言われることを幾度も繰り返すと、同期の仲間は、はじめこそ
「ドンマイ!」
と声をかけてくれたが、どんどんバカにした態度をとるようになり、目の前であからさまなため息をつかれたりした。
中には、間違ったオーダーの品を、素知らぬ顔で食べてしまって
「注文してないのに、持ってくる方が悪い」
と開き直り、金を払わない客もいる。
そうなると、損害を出す私に対する風当たりがますますキツくなる。

オープン時の大量採用で、ようやくやとってもらえたバイトだったが、出勤するたびに、来なくていいのに、という雰囲気を感じて居辛くなっていた時、都さんが「教育係」をかって出てくれたのだった。

「だってほら、オープンまで時間もなかったからさ、ろくな研修も受けてないじゃん。もともと飲食店での経験がある子たちはともかく、あなたは全くの未経験なんだからさ、もっとちゃんと教えてあげないといけなかったと思うのよ」

都さんはそう言った。

「私も飲食店のバイトを始めたばかりの時は、ほんっと、要領悪くてさあ。でもこれは、慣れだから。慣れたら自信もついて間違えなくなるから。あなたの場合は、それが逆で、マイナスの循環を作っちゃってるだけだから、断ち切らないとね」

そう言いながら、手描きのホールの見取り図とテーブル番号を書きこんだ紙をくれた。

「覚え方にコツがあってね…」

そこから都さんは、私の出勤日には、必ず、ホールでの対応に丁寧なフィードバックをくれるようになり、うまくできれば褒めてくれた。
おかげで、仕事がうまく回り始めた。

「ね。やればできるんだからさ」

都さんはにっこり言った。

あっという間に都さんが大好きになった私は、公私ともに彼女に頼ることが増える。
付き合っている彼とのこと、正社員になれない未来への不安、バイト先の愚痴など、人には言ったことがない話を、都さんにはした。
そして都さんも、そんな私の話を、嫌な顔せず聞いてくれたのだった。

そんなある日、都さんが死んだ。
トラックにはねられ、8m空を飛んでアスファルトに叩きつけられた都さんは、即死だった。

通夜にも葬儀にも行ったが、その死に現実感はなく、私は全く受け入れられず、涙も出ない。
私の都さんが、いなくなるわけがない。

LINEには、まだ「MIYAKO」という彼女のアカウントが残っている。

たった1人の頼れる相談相手がいなくなった私は、毎夜、都さんのアカウントに向けて、その日あったこと、嬉しかったこと、困っていることなどを日記のように書いては送り続けた。
もちろん「既読」がつくことはない。
私と都さんだけの、永遠の秘密だ。

私には、悩みがあった。
付き合っている彼との間に子どもができたのである。

私は、既婚者の彼をなんとか自分のものにしたかった。
だから、彼の帰宅後、捨てられたゴミ箱のゴムから、白濁した液体をスポイトで吸い上げ、自分の中に挿れるということを何度も繰り返していた。
まさか、そんなことで妊娠できるとは思っていなかったが、そのまさかの奇跡が起きてしまったのだ。

正直に言うと、彼は欲しいけれど、子どもは欲しくない。
「子どもができた」と言えば、押しに弱い彼のことだ、奥さんと2人だけの生活を捨てて、私のところに来てくれると計算してのことだった。

しかし、彼は、あろうことか、私に中絶費用と手切金を渡して、別れようと言った。
失敗だ。
なぜこうなる?

私は毎日、都さん宛てに状況を書き送り、書いているうちにだんだん、奥さんがいるから、私が幸せになれないのだと思い始めた。
書けば思考が整理されるとはよく言われることであるが、想いは、それがどんなに歪でも、書いて表に出すとエスカレートして止まらなくなる。
私は、邪魔な奥さんの殺害計画を練ろうと、彼女の日常を調べ始めた。
彼の家の近くに張り付き、監視を始めたのである。

夜。
いつものように読まれることのない報告を書き

「都さん、私、絶対幸せになってやります」

と締めて送信ボタンを押した。

その瞬間、すべてのメッセージが一斉に「既読」に変わった。

一瞬、「都さん?!」と思ったが、そんなはずはない。
解約されたその番号を、新規に誰かが使い始めたのだろうか。

読まれた?

それにしたって、どうせ他人だ。
私のことなど知るはずもない。
バレたところで関係ない。

そこに、新しいメッセージが届いた。

「今日、ベランダで洗濯物を干している時、目が合いましたよね?『殺してやりたい女』って私のことだったんですね」

パトカーのサイレンが近づいてくる。

都さん、私、また失敗したみたいです。

**連続投稿211日目**

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