復活(短編小説)

 ある日、ベッドの横に何かがちょこんと立っていた。私は完全に目を覚ましていないので、それが何なのかはっきりしなかった。朝日がカーテンの隙間から漏れて羽を照らした。羽はかすかに炎を帯びている。背丈は人間の腰くらい。茶色の細い足が伸びている。小さい2つの目が私を見つめていた。

「おまえは何だ?」私は聞いた。

「火の鳥です」

続けて、「今日この日を心から愛をもって迎え、そして新たに生まれ変わりました」と丁寧な日本語で答えた。 この言葉を聞いたとき、これ以上質問する勇気が消えてしまった。厄介事はご免だと思いつつ、

「できることなら、俺も生まれ変わりたいよ」と心の中で呟いた。

 私たちは一緒に朝を食べた。私たちとは、もちろん、私と火の鳥のことだ。火の鳥は目玉焼きの白身とトーストの耳を残した。最後にくちばしをストロー代わりに果汁100%のオレンジジュース飲み干したあと、

「結構なお味で」と一言だけしゃべった。

 その日は、私は何事もなかたように電車に乗って会社に向かった。火の鳥は家を出るとき、どこかに飛んでしまった。
電車内での小一時間は、目を開けて人々を眺めて観察するのが日課だった。目をつぶる人、スマホをいじる人、本を読む人、ただ外を見ている人、私はそれらの人々を、透き通った氷の結晶をみるように見つめた。
会社に到着すると、ヘッドフォンをつけ顧客対応にあたる。それが私の仕事だ。デスクはパーテーションで区切られており、横の声が漏れないように防音対策がされている。私は顧客の絶え間ないご要望(この会社ではクレームのことをご要望と言うことになっている)にマニュアルの指示に従って対応していく。この仕事は好きではないが、嫌いでもない。同僚との付き合いは最小限に抑えることができるし、顧客対応もすべて電話越しに行われるため、あまり苦痛ではなかった。やるべきことをすると定時に帰宅することができる。

 火の鳥と私の共同生活が始まった。毎日朝食をともにし、私は会社に出勤して火の鳥はどこかに飛び去った。夜、眠りつくころに、火の鳥はどこからともなく戻ってきた。夜中戻るたびにドアをくちばしでつつくので、自由に出入りできるように合鍵を渡した。 くちばしを器用に使って開け閉めするようになった。

 火の鳥は私に自由を与えた。一日中、頭の中が鮮明だった。一睡もせず出勤し、その翌日も眠ることなく仕事でかけた。火の鳥は現金が必要なときに札束を持ってきた。それが何を意味するのかは解らなかったが、受けとらない理由もなかった。体力的にも金銭的にも充実した生活を送った。夜は闇ではなく、昼と夜の区別がなくなった。会社で働くことも無意味に考え、10年間働いた会社をやめた。予想通り、誰も私を止める者はいなかった。会社の奴らとは違う人生を歩き始めた。私は自由なのだ。必要なものはすべて「火の鳥」が満たしてくれる。

 ある暑い日、火の鳥と公園のベンチで缶ビールを飲んだ。長い連れ添うなかったカップルがそうであるように、特別な会話はなかった。細長いくちばしで缶ビールを飲んだ後、ゆっくりと木に近づいて手際よく蝉を捕まえ、おつまみとした。小さいには広場にホームレスが数人あつまり熱心に会話をしていた。そして奥の滑り台では数家族が小さい子供を遊ばせていた。日曜の遅い午後のいつもの光景だ。強い夏の太陽が照り、蝉の声が聞こえ額から汗が流れた。冷えたビールが心地良かった。ふと地面を見ると羽が一枚落ちている。私は羽を手に取った。不思議なことに炎はついているが熱くはない。ギュッと手で握ると隙間から小さい火の柱が上がった。

「時が来た」と頭の中で声が響いた。

 突然、体の中に炎が入ってきた。炎は火柱になり体内を駆け巡った。熱さや痛みはない。心臓はバクバクと唸り、脈が速くなった。太陽がまぶしかった。人々がこちらを見ている。何かが起こったのは確かだ。まぶしい光が熱線となって私の瞼を焼いた。地響きが起こり、全身が焼けるのを感じた。痛みはなかった。残ったのは暗く冷たい闇だけだった。

 私は闇の中にいた。脳は覚醒していて、暗闇の中でも神経が鋭敏に反応していた。五感は遮られていたが、誰かが私の目の前にいた。

「お前は生まれ変わりたいと言った。私が叶えよう。」

「火の鳥なのか?」

「お前は、生まれ変わり、自分の役目を果たせ」

「役目?」

 突然、闇が闇ではなくなった。どこか分からないが柔らかいシーツに包まれているようだ。鋭い音が鳴った。私は目を覚ました。そこはいつもの自分の部屋だった。部屋には私一人だった。焼けた体は修復され新しい炎をたたえた羽が体を覆っていた。

 私はそっと体を起こし、背伸びをしてから、
「今日この日を心からの愛をもって迎え、そして新しく生まれ変わりました」と言った。しかし、その声は、いつもの私の声ではなかった。




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