2020.10.16 G-1CLIMAX 30 公式戦 試合雑感


○ジェフ・コブvs高橋裕二郎

裕二郎にとって、落とせば全敗が決まる一戦で、相手は難敵ジェフ・コブです。同ブロックのガイジン選手相手に全勝しており、ジェフ・コブとしてもこので全敗の裕二郎相手に落とすわけにはいかず、そういう意味では勝負論もあったとは思います。

序盤から終盤にかけて、裕二郎はこのG-1中に再構築し、定着させたシングル仕様のスタイルを全て解き放ってきましたね。出来としては可もなく不可もなくといった感じではあるのですが、一つ一つの動きを丁寧に、そして確実に、のらりくらりとしたスタイルは終始崩さずにジェフ・コブを追い込んでいきました。ジェフ・コブがヒールなら、もう少し裕二郎相手にナメ切った感じで接することでより力の差を明確にできたようにも思うのですが、それ以上にやりづらさが際立っていて、この「思ったよりてこずった」というのは裕二郎の地力のなせる技でしょう。

互いの格を考えると下手したらスカッシュマッチに終わりかねない一戦でありながら、噛みつきに急所攻撃と、とにかく手段を選ばずに攻め、必殺技のオンパレードでジェフ・コブを下しました。せっかくなら裕二郎はもう少しスペシャルな技なり動きなりを見たかった気もするのですが、そうした気を衒った行為をせず、歩み、積み重ねてきたものを愚直に出した点は評価したいです。逆転勝ちとか大番狂わせとか、そうした文脈上の試合でなく、今までの全敗も含めて、裕二郎がシングル戦線に復活するためのリブートであり、その集大成としてこの試合があったように思います。大人になると地道にコツコツやることは思ったより難しく、どうしても一発逆転を狙う気持ちがあったり、途中で腐って惰性で日々を過ごす毎日になります。期待感があれば応えられないことに苦悩しますし、期待されないとそれはそれでモチベーションが湧かないものです。ファンを除けば期待値は低く、あったとしても急激な変革を望む人間ばかりで、そうした中で積み重ねつつ再構築・再始動するのはかなり大変だったと思いますが、裕二郎はこれから先も頑張って欲しいですね。まだ無理でないのなら、いつの日かかつて皆を震え上がらせたジャーマンを解禁して欲しいものです。


○鷹木慎吾vs鈴木みのる

喧嘩マッチでありながら、前が死闘だっただけに意外と消化試合めいた印象も受ける難しい試合です。みのるの攻めは多彩かつ多角的で、途中の変則的なサイドからのスリーパーは中々にエグかったですね。試合はナックルを強引にカマして、そこからラストオブザドラゴンで鷹木が勝利。ナックルは賛否ありますが、今回は喧嘩マッチでもありますし、そうした中で普段なら決定打にならないような攻撃が試合の鍵を握るというのは悪くなかったように思います。

鷹木がリベンジを果たした形になりましたが、これでNEVER戦線に舞い戻る可能性が生まれたのは、いいような悪いようなといった感じですね。鷹木の秘めたポテンシャルやスペックからすると、NEVERは語義通りの「役不足」であり、個人的には早くIWGP戦線に絡んで欲しいというのがあります。とはいえ、現状頂点のタイトルが二冠になっていて、USも不在である現状、その下のシングルタイトルであるNEVERの価値は以前よりは高まっていると思いますし、そうした中では他に適任も見つからず、石井のような拘りのNEVERの絶対王者路線というのもいいかもしれませんね。


○オカダ・カズチカvsウィル・オスプレイ

今大会のベストバウトです。開幕からサスケスペシャルを仕掛けるなどオスプレイの攻めは激しく、以前と変わらない部分(動き)と変わった部分(重さ)という両面を出してきたのは上手いですね。この連戦で絞れたとはいえ、グッドシェイプ&グッドコンディションをキープできていることに変わりなく、またオカダ以上に「加速」することで、オカダの領域から抜け出すと同時に追い越してしまおうとする気概すら感じさせました。オカダのお株を奪うトップロープへのドロップキック、リコシェも見せた絶技であるコーナートップ超えのノータッチトペコン、トップロープから後頭部へのピッピーチェリオなど、特別性のある技を連発することで、叶わなかった「オカダ超え」を観客も予感します。

対するオカダはどっしりとした試合運びで、オスプレイの動きに時折トップスピードで合わせつつも根底は丁寧なレスリングを見せ、オスプレイを圧倒します。オスカッターをマネークリップで捉えたあたりも素晴らしく、対オスプレイとなるといつものレスリングの円熟味に兄貴分としての顔がプラスされるのがオカダvsオスプレイの魅力的な所ですよね。これこそがアスリートプロレスとクラシカルレスリングが融合を果たした令和時代のプロレスであり、この二人は現代プロレスの最先端を走っています。切り返し合戦も高度でありながら、度肝を抜かれたのはストームブレイカーのオカダの抜け方で、オスプレイの腕を逆上がりするような形で切り返したのも驚かされましたが、この時に一切崩れない二人の体幹が素晴らしいんですよ。マネークリップの時の二人の表情も同様に素晴らしく、たとえレインメーカーがなくともオカダの底知れなさを感じますね。スパニッシュフライやリバースフランケンをあの巨体で受け切るのも凄いですし、賛美の言葉がどれだけあっても足りません。

事件が起こったのは再三に渡って切り返したストームブレイカーからオカダも三度目のマネークリップにいった場面です。どよめく両国。まさかのオスプレイのガールフレンドであるビー・プレストリーの乱入。レフェリーが気を取られた隙に、まさかのグレート・O・カーン乱入!いやあ……風格が凄まじいですね。アイアンクロースラムでオカダを叩きつけ、牙のマウスピースを見せつけてニヤリと笑います。そしてストームブレイカーを叩きつけてオスプレイ勝利。最初こそ不思議そうな顔をしていましたが、O・カーンと視線を合わせると破顔一笑。そしてオカダの背後から決別のヒドゥンブレード!オカダを踏みつけてのレインメーカーポーズ。オスプレイのヒールターンが決まりましたね。

SpeakingOut問題がある以上、オスプレイは決してベビーフェイスにはなれませんし、ここでヒールターンは正解でしょうね。O・カーンこと岡もオカダに対しては積年の恨みがあり、それは何を隠そうオカダの伴侶である三森すずこです。「推し」を奪われた恨みはマリアナ海溝よりも深く、オカダと相対するとどうしてもそれが頭を過ってしまんですよね。みもりん登場も下手したらあり得ますし、みもりん絡みのネタは無数に思いつくので想像が捗ります。我ながら下衆い話ですみませんw

衝撃のヒールターンだったのですが、誰一人それを予期させず、しっかりと「騙し」が成立したのは、何よりもこのオカダvsオスプレイ戦が名勝負だったからでしょう。あまりのクオリティの高さにのめり込んで見ていましたし、振り返れば技の仕掛けが思ったよりも早かったのですが、二人のスピーディーな攻防と「巻き」を意識した試合順から観客に試合後の違和感を全く意識させなかった手腕は唸るしかありません。

そしてオスプレイ率いるディアブロ・ロコはどうなるんでしょうね。裏切りを抱えたバレクラとの関係性も気になりますし、欧州繋がりだと追加メンバーでザックあたりがかなり怪しい気もするんですが。そうなるとイギリス行きを宣言してる上村はどうするんでしょうかねw

それにしてもAブロック最終戦でとんだ爆弾をブチ込んできたものです。こうしたサプライズがあるから新日を見るのは辞められません。


○飯伏幸太vsタイチ

直前の試合があんな感じになり、観客の意識が完全にそっちに引っ張られている中での試合。仕方ないとはいえ、二人にとっては相当酷なようにも感じました。ただ、流石に二人は一流です。場内に残るザワザワ感を無理に打ち消さず、互いにフロントキックの応酬を重ねることで、ゆっくりと集中力のスイッチを切り替えていきましたね。

当初は単なる意地の張り合いかと思ったのですが、観客も徐々に「違和感」に気づき始めます。二人はほぼ蹴りしか出していません。カバーもなく、立ち上がるのを待ち、攻撃を誘い、蹴りを撃ち合う。響くのは怒声と打撃音のみ。

空気感が完全に変わったのはデンジャラスバックドロップを着地するという離れ技を見せた飯伏が指を振りながら「来いよ!蹴って来いよ!」と叫んだシーンですね。コロナ禍で静かな場内だからこそその声は響き、これで観客の思考は一気に試合へと集約されました。タイチもアピールなしのパンタロン脱ぎから、パンタロンをマットに叩きつけての怒声。これでこの試合の空気は固まりました。二人には脱帽です。そして足が上がらなくなるまでローキックの応酬。タイチをダウンさせ、カミゴェを狙う飯伏でしたが、アリキックを見せるタイチ。両者ダウンカウントからロープを使って立ち上がり、さらにローキックの撃ち合いに。鉈のようなローの連発で飯伏を切り崩すと、タイチはバズソーを狙いますが、キャッチした飯伏が足への強烈なローキック。悲鳴を上げてダウンしたタイチの頭部をバズソーキックで蹴り飛ばすと、ダメ押しのカミゴェで飯伏の勝利。

あの展開後の試合としては上出来で、この試合展開しかなかったように思います。小橋vs健介戦の逆水平合戦や、鈴木vs秋山戦での張り手合戦など、類似の試合は多いのですが、飯伏vsタイチが蹴りでやり切ったというのは面白く、異質でありながらスペシャルな試合だったと思います。


○石井智宏vsジェイ・ホワイト

今大会のベストバウトです。ジェイ・ホワイトにとっての石井智宏は何を隠そう「天敵」で、昨年のG-1ではペースを握りながらも最終的に奪い返されて完敗を喫しているんですよね。ジェイにとってはリベンジとなり、また決勝進出がかかった大事な一戦でもあります。

リングど真ん中に構えた石井の発する気迫を撫で回すように、場外からジェイは探りを入れます。しかし石井は動じず、微動だにしません。立ち姿だけでも絵になるのは一流の証であり、ノーリアクションでありながらその行為は何よりも雄弁で、空気感でジェイと拮抗していたんですよね。

その印象は試合を通じても変わらず、ジェイの得意とする「リセット」や「印象の上書き」も、すかさず石井は呼応して攻撃を重ねると同時に自分へと視線を集約させます。攻めていたのは間違いなくジェイの方なのですが、受けに回れば回るほど石井のタフさが際立ちましたね。前回のみのる戦は弱々しく振る舞いながらも、反撃の勘所を完全に押さえて試合をコントロールしていたのはジェイだったのでふが、この試合は逆に攻めていながらも、肝心要の手綱は石井が握っていたように思います。真っ当なベビーvsヒールの構図で、試合としては申し分のない好勝負ではあるのですが、一プレイヤーの勝負論として見た場合はやはり石井の壁は厚いように思いました。

見れば分かる通り、攻めていても攻められていても、これは石井のカラーの試合なのです。庇を貸して母屋を取られたとでも言いますか、職人ヒールとしての仕事ぶりで言うなら100点満点なのですが、こと試合のコントロールとなると、石井の判断力は凄まじく、どの攻防も的確なんですよね。それは経験やキャリアに裏打ちされた引き出しの数もあるのですが、受けの巧さと相まってきっちり相手の攻めに合わせていく配分が本当に絶妙なんですよ。手数で上回っていても要所要所で取り返され、オーラスで全て持っていかれる。インサイドワークでキリキリ舞いさせられないパワーファイターというのは本当に厄介ですね。

最後はショットガンから外道介入をラリアットで二人まとめて吹き飛ばすことで上書きすると、そのまま垂直落下式ブレーンバスターで石井が勝利しました。下馬評ではジェイ勝利がかなり優勢だったように思うのですが、ここで勝ち星に関わらず役目を果たす石井は本当に格好いいですね。まさに寡黙な仕事人です。

ジェイが悪かったというわけでは決してありません。機運はジェイにありましたし、石井危うしの空気を幾度となく作ったのは素晴らしく、これはジェイだからこそできた試合であるとも言えます。ただ、この試合内容だと仮に勝てば辛勝で、負ければ惜敗といった印象なので、互いの格が落ちたわけでもないのですが、類稀な才能が石井のキャリアと経験に押さえつけられた試合という気もしてきます。やはりジェイのとっての最大の難敵は石井であるという評価に変わらず、そしてこれはとても幸運なことですね。老獪な試合運びと圧倒的なインサイドワークの才能から、今までジェイを叩き潰せる選手は本当に少なく、戦った相手は誰もが手を焼いていたんですよね。そんな中で現れた石井という超えるべき壁。これはいずれジェイがベビーターンした時に、石井超えは大事なストーリーの一部になるかもしれません。僕はジェイのスタイルが好みドストライクですし、大好きな選手でもあるので、敢えてここはその才能を信じ、厳しく真っ当に評価することにします。

これは何度も書いたことですが、ジェイはこのG-1を通じてコミカルさという武器を手に入れたのが大きく、コミカルとシリアスの両面を出せるレスラーこそが超一流の証です。フェイスターンして日本語を解禁すれば、ひょっとしたらケニー以上の存在に化けるかもしれません。もしくは、2年に渡って苦渋を舐めさせられた石井すらも呑み込んで、誰も止められない前代未聞の大ヒールになるかもしれません。ジェイの未来には可能性しかなく、その先の道に幸多きことを祈ります。ジェイは怪物というような生やさしい存在ではなく、紛れもない怪者(けもの)なんですよ。


これでAブロックの決勝進出は飯伏幸太に決まりました。僕の予想は飯伏の二連覇なので一応は王手といったところでしょうか。3年連続の決勝進出は新日の歴史上では初であり、このまま本当の神になって欲しいものです。明日明後日とG-1も残りあと二日。燃え上がっていきましょう!