2020.10.18 G-1CLIMAX 30 決勝戦 試合雑感

例年と異なり、秋開催となった今年のG-1。コロナ禍で鬱屈とした空気の中、それを吹き飛ばすほどの熱戦ばかりで、この一ヶ月間は燃え上がりましたね。本当は全戦レビューしようかと思ったのですが、思ったほど他の試合で語ることが少なく、いい試合ではあったのですが、Twitterのほうで呟いている分だけで十分だと判断し、今回はタイトル通り優勝決定戦のみ語っていきたいと思います。

◼️G-1CLIMAX30優勝決定戦
○飯伏幸太vsSANADA

G-1優勝決定戦としてはかなり賛否のある内容です。下馬評ではSANADAが圧倒的有利で、また試合内容が今までのG-1優勝戦と比較すると少し異質だったというのもあり、各所で波紋を呼んでいるようですね。

まず入場なのですが、飯伏の表情が素晴らしかったですね。今までのような派手な技や独創的な切り返しだけではない、レスラーとして本当に大事な芯の部分が育ってきているように思いましたし、何よりも団体を背負うに相応しい「主人公オーラ」を纏いつつあるように感じました。このG-1はコロナ禍で開催されたというのもあって、飯伏も他の選手と同じく意識的に声出しを多用しており、タイチ戦で空気をスイッチさせた挑発は、場内の空気を書き換えるほどに響きました。正直な話、飯伏の挑発はまだゾクゾクするような「怖さ」がなく、どうにも「いい子ちゃん」感が拭えない(実際はいい子とは程遠い人なのですがw)感じもあるのですが、華麗な動きだけではない、表現の部分で魅せられるようになったというのは大きく、昨年と比較すると飯伏はかなり成長したと思います。

対するSANADAはコールドスカルのキャラクター通り、敢えて寡黙なキャラを貫きつつ、純粋に試合の動きやセンスのみで魅せていくタイプで、パラダイスロックや「欲しがり」アピールなどの厳選された対話を除けば、全てはリングの動きのみという、レスリングマシーンでもあります。その実力や才能とは裏腹に、新日でのシングルタイトルは無縁であり、この勝負に勝てば、NEVERやインターコンチといった番付を通過しない「飛び級」でありながら、G-1優勝戦が久しぶりの「出世試合」として機能するという側面もあり、それもあってSANADAに期待した人が多かったのかもしれません。

序盤は手探りの攻防から、じっくりとしたグラウンドの展開になります。新日は序盤のレスリングを結構大事にしており、あまりそうしたイメージのない飯伏が仕掛けていったのは面白いですよね。本来、二人の得意とする領域は水と油のように異なっており、その思想体系もまるで違います。飯伏はグラウンド技術、SANADAは当たりの強さという、互いの得意領域が互いにとってのウィークポイントでもあり、そこの部分で融和を図ったことにまずは注目してしまいました。

そんな飯伏に呼応するように、SANADAも序盤は重いエルボーを見せ、自身のイメージを塗り替えつつ飯伏の領域へと足を踏み入れていきます。実際、SANADAはわりとソツなくこなせる選手であり、器用貧乏めいたイメージがあるかもですが、目立たないながら打撃もそこそこ得意としており、ローリングエルボーとかもわりとセンスが光っているんですよね。途中の攻防はやや噛み合わせが悪く緩慢で、また切り返しの技も浮いていたりと、歪さのある試合ではあったのですが、着地点を見出しにくい攻防が、かえってこの試合の緊張感を高めていたようにも思いますね。

クライマックスに突入したのは飯伏のカミゴェを切り返すポップアップ式TKO、そこから「両面焼き」のラウンディングボディプレスのシーンですね。SANADA優勝なら本来ならここがクライマックスになるはずが、済んでの所で飯伏が膝の剣山で回避しました。雄叫びを上げて突進する飯伏をSANADAはバックエルボー黙らせるとムーンサルト式ドラゴンスリーパー。そこをロープを駆け上がって反転して切り返し、抱え上げて槍投げを狙う飯伏。さらにドラゴンスリーパーで切り返すSANADA。スカルエンドを後転して飯伏が人でなしドライバー。警戒したSANADAの脳天を突き刺しますが、SANADAは肩を上げます。自身が否定した垂直落下でやられるわけにはいきません。

ハイライトはやはりラストでしょう。ここからカミゴェを狙った飯伏をSANADAは逆さ押さえ込みで切り返し、それを返した飯伏はさらにカミゴェを狙います。しかしSANADAは腕をクロスして踏ん張り、一瞬のサムソンクラッチ。この反応速度は神懸かっており、場内からもざわめきが漏れます。これが返されると起き上がろうとした飯伏をそのままロープに押し込んで、後方回転からのオコーナー・ブリッジ。まさにカウント2.99の衝撃。そのギリギリの判断に場内が一気に沸騰し、この一発でややテンションの上がり切らない静かな試合が一気にレッドゾーンへと突入しました。SANADAのこれは絶技ですよ。

レスリングとは最終的にピン・フォールに帰結するもので、フォールとはレスリングにおける最大の必殺技です。肩をつけて3カウント入れば、どれだけ攻めていようが攻められていようが、勝ちは勝ちで、負けは負けです。それは覆しようのないルールであり、全てはその法則に則っているわけです。そうした印象や抑え込みに付随するイメージから、抑え込み全般は一発逆転であったり、演舞めいた印象を受ける人もいるかもしれません。だが本来は勝負を極める一撃であり、プロレスがレスリングである以上、これより上位の必殺技は存在しないんですよね。SANADAが素晴らしいのは、これらを逆転の文脈ではなく、能動的に仕掛けて「攻め」のフォールに仕立て上げたことで、コロナ禍におけるルールを失念してしまうかのような、あの観客のリアルな反応こそが僕は全てだと思うのですよ。このオコーナー・ブリッジを出しただけで、僕はこの試合を名勝負だと思います。

コリエンド式デスティーノのようなドラゴンスリーパーで巻きつくSANADA。それを無理やり振り解くと、飯伏はハイキック、Vトリガー、カミゴェと畳みかけます。SANADAの仕掛けた三種の抑え込みに合わせる形で打撃を計三発放ち、SANADAも先ほどのオコーナーに合わせる形でギリギリのタイミングで返したのですが、最初融和を見せていた二人の思想やスタイルが、打撃とピン・フォールという形で最後の最後で袂を分かったというのがとても面白いわけです。またこの試合における最上級のフィニッシャー。カミゴェに呼応したのが、最終的にはラウンディングボディプレスではなくオコーナー・ブリッジというあたりにこの試合の妙があるわけですね。

そして最後はニーパッドを外すと、雄叫びから「生ヒザ」のカミゴェ。飯伏のカミゴェは以前と比べるとフォームがかなり洗練されており、以前は放った後に崩れる形になっていたのですが、今年のG-1を通じての飯伏のカミゴェは、相手がダウンに合わせて自分の体勢もグラリと傾き、両者は共倒れになるんですよ。そのストップモーションのような動きは、まるでその瞬間だけ時計の針が壊れて落ちるような、時が止まってしまったかのような趣きがあります。あれは一つの「残心」で、同じ技でも使い続けることで洗練されていく好例とも言えます。この問答無用の一撃でSANADAを黙らせると、飯伏幸太はG-1二連覇を達成しました。

飯伏のG-1二連覇は、2003、2004の天山広吉以来の16年ぶりの快挙であり、これは棚橋や中邑、オカダや内藤ですら達成できなかった偉業なのです。令和の時代でその記録を塗り替えることは飯伏にとっては責務であり、これぐらいでないと確かに「神」とは言えません。

この試合は今までのG-1の決勝戦とはかなりテンポもリズムも違い、またクライマックスのオコーナー・ブリッジがまさに試合を極めかねない、目視で判断するのも難しいタイミングで返したというのもあって、以前からあった海野レフェリーへの懐疑的な視線も手伝ったのか、Twitterではかなり賛否があるようです。個人的には期待感はあれど、現状の飯伏vsSANADAではこのクオリティの試合が限界だとは思いますし、コンディションが絶好調だった飯伏と違って、開幕に連敗を重ねているSANADAでは少し力不足だったというのが正直なところでしょう。コールドスカルと言いますが、対話力の不足はやはり課題として残っていますし、寡黙という前提があるからこその「欲しがり」もやや定番化してきたきらいもあり、ちょうど一昨年の飯伏の「キレ芸」のようなものになっている印象もあります。

SANADAには何かしら新たな代名詞となる新技が欲しいとは思いますし、個人的には、それは打撃ではなく、垂直落下でもない投げ技がいいと思います。もしSANADAが優勝するとしたら新技か、それに準ずる新ムーブ以外無いと思っていましたし、出すとするなら初勝利の時か、ターニングポイントとなった内藤戦、棚橋戦で出すと思っていたのですが、そこで出さなかったことで飯伏の連覇で予想は動きませんでした。

しかしこの試合を名勝負と僕が評価するのは、何より終盤に見せたSANADAのオコーナー・ブリッジにあり、ここ数年のG-1決勝戦であれほど興奮し、恐れ慄いた技はありません。正直戦前の期待感や観客の期待感という空気感の後押しもあってSANADAはめちゃくちゃ怖かったですし、最後の最後でピン・フォールを大事にしたレスラーを貶すわけにはいきません。ここを否定したらレスリングの否定になりますし、この試合に対してつい甘い評価になっちゃうのもそれが一番の理由ですかね。ただ、いまいちハネなかった印象があるのも理解できますし、僕も序盤から中盤にかけては決勝戦クオリティの試合として見るにはやや疑問があり、別の意味で心配していたので、ピンと来なかった人の気持ちも分かります。ダメな理由を語ってしまうと、SANADAの感情面でのフックの弱さがどうしても引っかかるのですが、あのオコーナーで試合評価を変えた身としては、SANADAありきの試合であったとも言えるので判断が難しいですね。個人的には決勝に相応しい「欲」や「情念」をもう少し見たかったというのが本音ではあります。棚橋から一番受け継いで欲しかったのは何気にそういった部分なんですよね。ただ、予想と違えどSANADAに優勝して欲しかった気持ちもあり、課題が浮き彫りになったという意味では実りの多いG-1になったことでしょう。

この試合は敢えて例えるなら「囲碁」のようなもので、恐らく皆が期待するのは終盤に向けて尻上がりに積み重ねていく「将棋」のような試合だったのでしょう。しかしこうした中速のリズムで組み立てつつ、最後のオコーナーで一気に振り切って食い下がったSANADAはやはり決勝に上がるべくして上がった選手だと思います。

いやはや、最後の最後でこれほど異質で、王道的ではない決勝戦を見れたので大興奮してしまいました。やはりこの二人は「推せ」ますね。この一ヶ月間、このクソ長い駄文長文にお付き合い頂いた皆様。そしてTLで一緒に盛り上がってくれた皆様。どうもありがとうございました。それではこのG-1優勝決定戦を連続更新の最後として、これからはまた気長に気ままにやっていきたいと思います。ではでは。