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HSPはサイコパスに勝てるか

わたしたちはみな想像力や思索を逃避の手段として使うのよ―― 自分の外 に、自分自身から逃れる手段として。 (暗い抱擁/アガサ・クリスティ)

HSPという感受性の強い人々を指す概念が一般に広まり、サイコパスと対極の存在として認知されるようになりました。HSPの人は、重圧下でも平常心を保てる冷酷無慈悲なサイコパスに魅力を感じることもあるかもしれません。近年マインドフルネス・ストレス低減法/MBSR(従来の認知療法に仏教を起源とする瞑想を取り入れて統合したもの)の研究が進み、HSPでもトレーニングによって集中力や精神力を鍛えられることがわかってきました。

サイコパスについて語る際に『偏桃体』『前頭前皮質』(特に眼窩前頭皮質*)という脳の部位がよく出てきますが、それぞれ感情を生成/制御する機能があるといわれており、これらが未発達であることがサイコパスの特性と関係しているといわれています。オックスフォード大学実験心理学部のケヴィン・ダットン博士は、著書『サイコパスに学ぶ成功法則』の中で、人は生まれたときはみなサイコパスの特性を持っていると指摘しています。

赤ちゃんは対極に位置する無慈悲なサイコパスと同じくチャーミングで、人を操るのがうまくて、残酷で、何よりも自分を優先している、と私は書いた。そしてサイコパスと同様に、目を合わせて長時間、まばたきもせずに落ち着かない時間を過ごしたりもする。(中略)この世界に生まれ出たその瞬間から、人間には将来の危険なミッションをやり遂げて、自然淘汰を生き延びるためのキットが備わっている。(中略)しかし私たちが年齢を重ねるにつれて、事情は変わっていく。冷酷度は低下し、サイコパス的な恐れ知らずの特性は薄まっていく。程度の差はあるが、愛され、罰を受け、教育され、さまざまな思想に感化されることによって、私たちが大人として自分の人生をコントロールし始める頃には、つまり成長して他人に自分のことを決めてもらうのではなく自分自身で決断を下す力を身につけた頃には、私たちは自分の利益のためだけに行動することが怖くてたまらなくなっている。
(サイコパスに学ぶ成功法則ケヴィン・ダットン、アンディ・マクナブ/竹書房/P56,P57/2016)

これに対して、サイエンス・ライターのジョナ・レーラーは著書『一流のプロは感情脳で決断する』の中で、恐怖や不安などの感情の重要性を強調し、瞬間的に判断するときや、理由もなく「へんだな」と思うとき、情報量が多いときは理性よりも感情を優先すべきだと書いています。中でも、脳神経学者アントニオ・ダマシオアイオワ・ギャンブリング課題(プレイヤーが2000ドルと4組のトランプを与えられ、1枚ずつめくって出たカードによってお金をもらえるか失うかが決まる。4組のうち2組は儲けも損も大きいカード群、残り2組は儲けが小さいが損がほとんどでないカード群)を用いた実験で、感情の正確さを指摘した部分はとても興味深いです。

平均して50枚くらいのカードをめくったところで、利益になる組だけからカードを選ぶようになる。なぜその組を選んだのかを説明できるようになるのは80枚くらいカードを引いてからだ。つまり、理屈はあとからやってくる。しかし、ダマシオが興味を持っていたのは理屈ではなく感情だった。被験者のギャンブラーたちは、ゲームに興じる間、皮膚の電気伝導を測定する機械につながれていた。一般的に、電気伝導が高いほど緊張や不安を感じていることを意味する。この実験でわかったのは、プレイヤーはたった10枚引いただけで、リスクの大きい組に手を伸ばすと「緊張する」ということだ。この時点では、どの組が儲けが大きいということはほとんどわかっていないのに、感情のレベルでは恐怖を正確に知覚していたのだ。感情は、どの組が危険かを知り、ゲームの仕組みを最初に見抜いていた。
(一流のプロは感情脳で決断する/ジョナ・レーラー/アスペクト/P92,P93/2009)

サイコパスはCEOや外科医、法廷弁護士にも多く、サイコパスの特性が社会的な成功につながるというのは以前から指摘されていますが、一概にHSPがリーダーの適性に劣るというわけではないと思います。教育機関の管理職などは、多忙でストレスを抱えやすい職業ではありますが、サイコパスの特性を兼ね備えたHSPに高い適性がみられると思います(私の母もHSPのような気質がありますが、公立学校で校長職をしていたことがあります)。

サイエンス・ヘルプとして知られるケリー・マクゴニガル博士(専門は健康心理学)はTEDの講演『ストレスと友達になる方法』(2013年)で、ハーバード大学の研究を紹介し、ストレスの捉え方によってストレスに対する生体反応を変えられると指摘しました。ストレスが有益なものだと考えれば、ストレスにさらされても、喜んで興奮したときのような反応が起きるだけで、人体に害を及ぼす反応は起きず、ストレスにされされる人を助けると、自分自身の回復力(レジリエンス)も上がるのだそうです。

一流の外科医が難易度の高い手術にスリルを感じたり、有名な法廷弁護士が殺人事件の裁判の弁論で自己陶酔に浸るエピソードを聞くことがありますが、サイコパスはストレスそのものを楽しむことが多いのかもしれません。

映画『ミッション・インポッシブル/ローグ・ネイション』に登場する女性スパイ(イルサ)は、あるときはHSPのように危険を察知して主人公を救い、またあるときはサイコパスのようにナイフを振り回して敵を倒します。終盤で追い込まれた主人公に『ここから逃げて生まれ変わればいい、心さえ決めれば何だってできるから』と投げかけるシーンがとても印象的ですが、たしかに長い人生の中では逃避も戦闘の一種といえるのかもしれません。HSPは短期戦ではサイコパスに劣るものの、予知能力を活かして長期戦で勝つことは十分可能だと思います。

*扁桃体に対する前頭眼窩皮質の大きさの割合について、女性の方が男性よりも平均的に大きいことがわかっており、女性の方が男性よりも感情のコントロールに長けているといわれています。女性の方が感情的というステレオタイプに合致しないため意外ではありますが、男性の方がサイコパスが多いのもこのような生理学的要因があると考えられます。




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