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MyFontエッセイ:游ゴシック体

一年くらい前から、分かりやすい説明を視覚言語で表現できないかと、デザインを学んでいます(なかなか進んでいませんが)。今回は、書体やタイポグラフィの勉強の一環で、遠藤大輔氏の『デザイン、学びのしくみ』出版記念オンラインセミナーで紹介された「1つのフォントを徹底的に調べてエッセイを書き、それを本文としてZine(冊子)をつくる」という課題のエッセイ部分を、「游ゴシック体」を対象として取り組んでみました。セミナーの一部(欧文書体の解説)はこちらから。


はじめに

「游ゴシック体」や「游明朝体」は、WindowsやMacに標準搭載されているフォントです。Windows8.1から使えるようになっているのですが、初めて游書体を見たときの印象は(なんだか細くて心細いな……)でした。文字の線が細くて、Microsoft Wordで使うと不自然に行間が空くことがあって、Webの表示に使われると文字がかすれて見づらかった記憶があります。

一方で、最近フォントのことを調べていると、これらのフォントは高品質だという記事をみかけます。このイメージの違いは何なのだろうと思ったのもあり、個人的に明朝体より使いそうな「游ゴシック体」について調べることにしました。

私のフォントの理解は、PowerPointやWordで数種類のフォントの使いどころが分かるくらいです。フォントの本をいくつか読んだことはありますが、多くの種類があるフォントをどう扱っていいかわからず、ただ圧倒されていました。

ここでは、「游ゴシック体」が生まれるまでの経緯から、その特徴と他のフォントとの比較、そして、Windowsで游ゴシック体に良くない印象があった理由についてまとめてみました。参考にしたサイトは記事の最後にまとめて掲載しています。

游ゴシック体が生まれるまで

游ゴシック体は、書体を企画・制作している字游工房から販売されています。字游工房は、MacやiPhoneで使われているヒラギノフォントを制作した会社としても有名です。

游ゴシック体の書体デザインのディレクションは、字游工房の当時の代表取締役、鳥海修氏によります。鳥海氏は、多摩美術大学卒業後、1979年に写植メーカーの写研に入社、1989年に鈴木勉氏、片田啓一氏と3人で字游工房を設立しました。

字游工房は設立1年後の1990年、大日本スクリーン株式会社から依頼を受けてヒラギノフォントの制作を開始します。ヒラギノフォントのコンセプトは、グラフィックと調和しながらも、くっきり読める書体。1993年にヒラギノ明朝体、1994年にヒラギノ角ゴシック体が発売されていきます。

その字游工房には、自社で基本書体を作りたいという願いがありました。当時の代表取締役の鈴木勉氏が「ありきたりな」「時代小説が組める」普通の書体として、1997年に明朝体の開発に着手し、下書きを作成していきました。自社で制作したヒラギノフォントはありましたが、これはグラフィックの中で使われることを想定しており、長文を組むための設計となっていなかったのです。

しかしその1年後、1998年にその鈴木氏が49歳の若さで病気で亡くなります。鈴木氏が残した約4000字の下書きを元に、開発は鳥海修氏とスタッフに引き継がれ、2002年に游明朝体が発売されました。

さらにその後、游明朝体と一緒に使うことを想定してデザインされ、2008年に発売されたのが游ゴシック体です。

游ゴシック体の設計思想と特徴

このように游ゴシック体は、游明朝体と一緒に使えるゴシック体として作成されており、游明朝体のように「普通」であることが目指されています。ウエイトはL, R, M, D, B, E, Hの7つです。

Windowsにインストールされている4ウエイトの游ゴシック体。Windowsでのフォント名は「游ゴシック」となっている。

ここから、游ゴシック体の特徴を、字游工房のウェブサイトの内容も参考にしながら見ていきます。また、游ゴシック体の特徴を挙げながら、ヒラギノ角ゴシックと、オープンソースの源ノ角ゴシックと比較します。

字面は小さめ

フォントは仮想ボディという枠の中に文字が配置されていて、仮想ボディが連なって文字が組まれます。その仮想ボディ内に配置された文字の大きさを字面といいます。游ゴシック体は字面がやや小さめで、文字を組んだときに文字の間にスペースができ、ゆったりとした明るい印象です。

游ゴシック体と比べると、ヒラギノ角ゴシック、源ノ角ゴシックは字面が大きめになっています。特にひらがなは仮想ボディ内で大きめに作られていました。

「游ゴシック体 M」「ヒラギノ角ゴシック W3」「源ノ角ゴシック Normal」の、個々の文字の大きさの比較。黄色い枠は仮想ボディ。

漢字よりかなが小さめ

古くから、かなは漢字より小さく作られていましたが、今では漢字とかなの大きさがほぼ同じ書体が多くあります。これは文章にかなが使われる割合が増えたことから、文字を組んだ時に隙間ができ過ぎないようにするためだそうです。しかし、長文にはかなが小さめの書体の方が見た目の変化ができて読みやすいと言われます。

游ゴシック体は漢字よりかなが小さめに作られていて、本文書体として使いやすくなっています。一方、ヒラギノ角ゴシックと源ノ角ゴシックは、漢字とかなの大きさが一定となるように作られており、行を均一なラインとしてデザインしやすくなっています。

文字を横に組んだ時の比較。上から「游ゴシック体 M」「ヒラギノ角ゴシック W3」「源ノ角ゴシック Normal」。

フトコロはやや狭め

文字の線と線の間にある空間をフトコロといいます。游ゴシック体はフトコロが狭めに設計されています。フトコロが狭いと、引き締まって伝統的な書体に見えます。ヒラギノゴシックと源ノ角ゴシックは、フトコロが大きめです。フトコロが大きいとゆったりして安定感のある印象になります。また、ヒラギノ角ゴシック体は、文字の濃度が均一になるように、空間が均等になるように作られていますが、游ゴシック体にはフトコロが締まった部分と開いた部分があります。

フトコロの比較。それぞれのフトコロの丸は各文字で同じサイズ。左から「游ゴシック体 M」「ヒラギノ角ゴシック W3」「源ノ角ゴシック Normal」

エレメントの角は丸い部分がある

エレメントとは、文字の点、線、ハネ、はらいなどの文字の部品のことです。エレメントの角が丸いと、活版印刷や写植の文字のようなアナログな感じがします。現代の高度化した印刷技術では、尖った部分が多い書体はそのまま印刷され、硬質で刺激が強く長時間読むと疲れるといわれます。

游ゴシック体はエレメントの角に丸い部分があり(全てではない)、クラシックな印象が出るとともに、目に馴染むようになっています。ヒラギノ角ゴシック、源ノ角ゴシックはともに、エレメントの角は丸くなっておらず、シャープな印象を受けます。

エレメントの角の丸みと線の抑揚の比較。左から「游ゴシック体 M」「ヒラギノ角ゴシック W3」「源ノ角ゴシック Normal」。拡大するとより違いが分かります。

線に抑揚がある

ゴシック体は縦横の線の太さが均一と言われますが、游ゴシック体は線の始まりに筆の入りの形があり、線の太さにもわずかに変化があります。この線の抑揚が、優しく柔らかい印象を与えているように思います。

ヒラギノ角ゴシックは、線の両端がやや太くなっていますが、その他の筆の入りなどの形はありません。源ノ角ゴシックは直線的な線で構成されていて、モダンなイメージです。


このように「游ゴシック体」は、線の抑揚や角に丸い部分があることから、アナログで親しみやすい柔らかな印象があります。字面とフトコロは小さめで、漢字とかなの大きさに違いがあり、文章を組んだときにも読みやすいです。人間でいえば「誠実で優しい人」の印象です。

一つ一つの書体を詳細に見ていくと、似たようなゴシック体でも細かな違いにより印象が異なることに驚きます。文字の部品、文字一つ一つの形、文字を組んだときの流れ、それぞれに特徴があります。今まで書体を違いをなんとなくでしか感じることができませんでしたが、手を動かして他の書体と比較していったことで文字がより見えるようになってきました。こういった違いを敏感に観察し、書体の成り立ち、形、感じ方などを言語化してストックしておくことが、伝えたい内容を表現する書体を選択するために必要なのだと思います。

Windowsと游ゴシック体

「游ゴシック体」と「游明朝体」は、2013年にWindows 8.1とMac OS Mavericks に搭載され、標準で使えるようになりました。ただし搭載されたウエイトの数は、游ゴシック体の場合、Windows10以降にはL, R, M, Bの4種、MacにはMとBの2種と異なります。

游ゴシック体の問題は、特にWindowsで言われることが多いです。

  • Windowsのブラウザ上で文字が細くなったり、かすれたりする。ウェブサイトをうまく設定しないと、細めのウエイトが選択されることがあるのが原因の1つ。

  • Microsoft Office系のアプリでウエイト設定が複雑。フォントリストをみると、ウエイト4つのうちL(Light), R(無印), M(Medium)の3ウエイトしか表示されない。Rに太字設定をするとBのウエイトのフォントが表示されるようになる。LとMのウエイトに太字を設定すると、ソフトウエア上で字を太く見せる疑似ボールド処理が行われて、きれいな表示にならない。このことはネットなどで調べないとわからないため、アプリ上で游ゴシック体のウエイトを使うことが難しく感じられ、非常にもったいない。AdobeのIllustrator などからは4種のウエイトが見えるので、設定の複雑さはアプリ側の課題。

  • 昔から使われているMSゴシックよりフォントの高さ(Internal Leading)が大きく、行間が広くなりやすい。Wordで行数指定してグリッド線にあわせる設定をしていると1行おきの表示になりることがある。これはメイリオというフォントで顕著だが、游ゴシック体でも同様の問題が起こる。

  • 昔は低い解像度のディスプレイで使われることも多かったため、ドットが粗いと細めのフォントは薄くかすれてしまうという、ハードウェア面の問題もあったと思う。

このように、游ゴシック体についてWindowsで起こる問題は、フォント自体ではなく、Windowsとアプリケーションでのフォントの扱われ方や、ディスプレイの精細さといったことが原因となって起こっていたのではないかと思われます。

おわりに

游ゴシック体が生まれた経緯、游ゴシック体の特徴、Windows上での課題について見てきました。

游ゴシック体は、DTPが普及した2000年代に普通のゴシック体として生まれました。新しいながらも各エレメントの角は丸く処理され、線には筆で書いたような抑揚がわずかにつき、字面はやや小さめでフトコロは狭めといった、伝統的で書体であり柔らかさを感じさせるものとなっています。かなは漢字よりやや小さめになっており、長文を組んだときにも疲れにくく、字面が小さめなこともあって明るい紙面になります。

私がWindowsで游ゴシック体を見たとき心細い印象を持ったのは、Windowsアプリ上での挙動や低い解像度のディスプレイのため、うまく使いこなせてなかったのだと思います。また、力強い現代的なゴシック体を見慣れていたことも理由だったのかもしれません。游ゴシックのフォントの構成と挙動を知ったことで、Windowsでも理解しながらコントロールできるようになってきました。

今、私が「游ゴシック体」に抱く印象は「優しくて誠実な書体」です。他のモダンなゴシック体と比べると主張は弱めですが、素直に文章を表現してくれる、いい書体だなと思うようになりました。

今回、游ゴシック体について調べたり他の書体と比較したりする中で、見るべきポイントが増えて明確になってきました。書体の成り立ちや形、そこから受ける印象を言語化していくことで、書体の特徴を整理することもできそうな気がします。

ただ、知識は増えましたが、書体を使う経験はまだまだ足りません。今回は詳しく見られなかった文字の重心や、点、ハネ、ハライの形から受ける印象、そしてカタカナや欧文書体についても意識していく必要があります。今後、優しく素直で美しい游ゴシック体を使いながら、他の書体も学んでいきたいです。


最後に、過去に出した記事を少し修正して游ゴシック体で出力してみました。

游ゴシック体の使用例。A5サイズ、タイトルは游ゴシック体 M 18pt、本文は游ゴシック体 R 9pt、600 dpiで出力

参考サイト・書籍


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