マップアプリの歴史に残る力作だ
iOS15のマップが正式公開された。「地図の歴史に残る力作」と言える。
イベントで何度も訪れたサンフランシスコ市街、Apple社員時代に通い慣れたサニーベルやクパティーノ、Where2.0参加のため何度か行ったことがあるサンノゼダウンタウン、あちこちを見ていて飽きない。やっぱり、地図は見ていて楽しいものが良い。
単に地域をごく限定した実験的なマップとは違い、Appleマップはサンフランシスコベイエリア一帯、ロサンゼルス市域、ニューヨーク市域を「面」的に展開した点で、一つ突き抜けたと言える。今後のマップアプリ界隈に大きなインパクトを与えていくだろう。
気に入った点をいくつか・・・
さて、そのカリフォルニアのマップの中から、地図表現として、いくつか気に入った点を挙げてみる。
建物表現とテクスチャー
大規模イベントが頻繁に開催されるモスコーニセンター付近。建物形状はフットプリントに対して高さの値を一律に適用する一般的な方法とは異なり、個別の形状を加味された複雑な表現となっている。また、シンボリックな建物には独自のテクスチャーを与えている。
道路の車線
道路の車線を表現する試みは、紙地図時代から日本でされていたのを知っているが、デジタルマップでこれほど広範囲で提供されるのは初である。どこまで正確なのか興味があるが、少なくとも私がよく知っていてる下の場所は正確だ。
街路樹
ズームアップしていくと、街路樹や公園の樹木が表現される。単なるパターンとして表示しているのでは無く、実際に生えている樹木に対応して表現される。そして大きさや高さだけでは無く、樹種もわかるように表現されている。LiDARで取得した点群データが活用され、樹木の高さや種類のパターンに分類しているのだろうが、マップアプリに街路樹が3Dで登場したのは初めてだと思う。
立体交差
さらに素晴らしいと思うのは、立体交差を、単なるシングルラインの上下関係の属性値ではなく、その勾配も合わせて再現出来ていることだ。
POIの表示改善
さて、少し地味な点になるが、POI(店舗などの施設)の表現が改善された。従来は、一定にズームレベルに達すると、多数のPOIがアイコンと共に表示され、とりわけ密集地では見づらい程表示されていた。これが今回改善され、POIの重要度(何らかのスコアリング)が高いものはアイコンで、そうで無いものは同色の「・」で表示されるようになった。ズームレベルを上げていくと、「・」からアイコンに変わる。こうした仕組みにすることで、地図がPOIだらけになってしまう現象が大きく改善されている。特に日本の都会地のように、狭いエリアに店舗が密集している場合での改善効果が大きい。
ここで上げた点以外にも、細かなところで様々な新しい試みが実装されている。Infinit LoopなどApple関連の施設の表示のあちらこちらで、ちょっとした遊び心も見られる。従来の地図作りではあまり見られなかったものもあれば、日本のマップではごく普通に見られてきたものが採用されているものもある。技術一つ一つは既に知られたものばかりだが、実際に膨大なデータを取得して、加工して、プロダクトとして仕上げるまで持って行ったのは、お金と人と情熱の賜だと思う。
日本のマップにおけるアップデート
さて、これまでカリフォルニアのマップについて書いてきたが、日本のマップはどうだろうか。
日本のマップの場合、Appleは現時点では自社でデータを構築するのではなく、インクリメントPから調達したデータなどを元にApple社内で再編成して提供している。今回のiOS15のマップについても、その路線は変わっていなさそうだ。
配色の変更がメイン
日本のマップは、グローバルの配色変更に倣い、特に道路関連の色が大きく変更され、これまでは高速道路や幹線道路に緑色や黄色を使用していたが、グレー系の色に統一された。
また、POIアイコンの表示方法もグローバルの変更が適用されていて、比較的すっきりと見えるようになった。そして、詳細な3D建物形状が提供されるビルディングの数が増えている。
iOS14のマップ
iOS15のマップ
山の陰影表示
これ以外に目立つ変化としては、山の陰影が表現されるようになったことだ。今まで、のっぺりとした山間部だったので、視覚的に大きな改善である。ただし、標高データ(DTM)の解像度はかなり粗く、マピオンが採用している国土地理院の10mメッシュではない。各地をチェックしてみたところ、山の陰影データの解像度はサンフランシスコベイエリア以外は、日本も含めて世界共通であるようだ。おそらく、公開されている30mメッシュのDTMなどが採用されているのだろう。
今回のアップデートでGoogleマップの「呪縛」から解放される?
AppleマップはiOS6、つまり」2012年の秋に初めて提供された。その時の品質問題が印象に強く残っているため、未だにAppleマップへの不信感が払拭されていないという声をあちこちで聞くし、SNSでは一方的に駄目出しをする投稿も依然多い。
以降、iOS14まで、つまり2021年9月14日までのAppleマップ表現は、iOS7以降に提供されたスタイルを踏襲してきた。その歩みは、大きなマイナスから出発し、挽回を目指して、限られた範疇の中での「Appleらしさ」の模索の連続だったと私は思う。世間は「Googleマップ」にどれだけ追いつけたかどうかでしか評価してくれないという、「2番手」としての苦労を味わい続けた過程でもあったことは想像に難くない。
今回のiOS15のAppleマップは、全く新しいマップデザインになった。特に、カリフォルニア週の新しい表現は、北米や欧州で伝統的な地図表現から解き放たれ、新しい領域を築いている。これは、Googleマップの呪縛を逃れるきっかけになると思う。
地図は3Dで使うものへ
最後に、今回のアップデートがもたらす大きなインパクトとして、「地図は3Dで使う」時代になっていくと思う。
このことは、個人的に伏線を感じていた。8月にMIERUNEで開催された社内ハッカソンで、私はAmazon Location Serviceのマップスタイルを作成したのだが、その成果のデモサイトが最初から2Dではなく3D表示になっていた。地図作成の専門家「Cartographer」を自認する私にとって、少々驚きだった(なぜなら、2Dで最適な表現がされるようにスタイルコーディングをしていたので)。
その話を息子にしたところ、「そもそもゲームが3Dだからね」とごく当然のような返事が戻ってきた。私もPokemon GOをやっているので、なるほど・・・と腹落ちした。
Pokemon GOのマップが斜め上から見下ろす、つまり3D視点で表示されるように、今回のAppleマップ(カリフォルニアなど)の3D表示はとてもわかりやすい。逆に今までの2D表示が何か間が抜けているようにすら感じてしまう。従来の地図のような、抽象化され、記号化された2D表現よりも、現実に近い視角からの3D表現の方が直感的であり、一度体験するともう3Dから離れられない。
日本のマップの場合は、世界の中でも特殊で、高密度な都市の実態に対応し都市部を中心に街路形状や公園緑地などの形状がわかるデータセットが地図会社から提供されている。残念なことに、そうしたデータは3D表示を念頭に構築されているものでは無い。これから世の中の趨勢が3D表示を志向していくとしたら、データ構築のレベルから根本的な変化が起きそうだ。日本の地図データの事業者のゲームチェンジが到来する予感がする。