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【10分エッセイ】伊香保の湯の花まんじゅうが美味しい

 ハードルを上げるのは良くない。

 例えば、Googleマップとかの飲食店の口コミって何段階かあると思っている。

 まずはじめは身内の口コミで高評価。近所にこんな美味しいお店が! とか、そういう純粋な驚きや発見の喜びから書かれたりする。

 次に、その高評価をアテに勝手に期待してやってきた外部の人が、「高評価の割には美味しくない」と勝手にガッカリして低い点数をつける。

 誰かが何かを絶賛することで、それに対する期待が上がり過ぎてしまうのだ。結果、その高すぎる期待は裏切られ、「こんなはずじゃなかった」と評判を下げることになる。

 タイトルの通り、私はこれから「湯の花まんじゅう美味しいよ」という話を書こうと思うけれど、これでハードルが上がり過ぎちゃうのを心配している。

 私はそれを望んでいない。確かに湯の花まんじゅうは美味しいが、だからといって誰が食べてもこの世で一番美味しいかは分からない。私は地元民だし、幼い頃から食べていたいわゆる思い出補正というか、そういうのあるから。

 だからあえて先に言っておく。湯の花まんじゅうは、ごく普通のまんじゅうだ。

 ただ、私に限って言えば、例えばお腹いっぱいご飯を食べて「もう何も食べられない」というところにこのまんじゅうを出されたら「困ったなあ」とか言いながらペロッと食べちゃうかも、それくらい美味しいと思っている。個人的には。

 美味しいのよ。

 二回言っちゃった。

 前置きはこれくらいにして、ここからはあくまで私個人の感想として読んで下さいね。

 まず、湯の花まんじゅうの中には高密度あんこ体が存在している。
 説明しよう! 高密度あんこ体とは、非常に滑らかなこしあんが凝縮しためちゃくちゃ美味いあんこのことである!

 このまんじゅう、ぱっと見ツヤツヤてりてりで美しい茶色だが、割ってみればそのツヤてりはごく薄い一枚の皮のみで作られていると分かる。超絶技巧なの? なんでこの薄皮が破けることなく漆塗りみたいなツヤになってるの?

 断面図を説明しよう。表面がその薄皮で、その内側にスポンジ層、そして中心にあんこが入っている。うん、まんじゅうって大体そうだよね。説明いらなかったね。でも特徴的なのはその比率である。あんこが多い。どれくらいかって。正確に説明するなら皮とあんこを分けてはかりで重さを比べればいいかもしれないが、そんなことしたら一個無駄になる。そんなの嫌だ。とにかく実物を見れば分かる。あんこが多いんだよ。

 さて、それをぱくっと食べてみれば、舌触りの良いこしあんに潜む塩気! 静かな湖畔の森の影から塩味がひょっこりと、この場合伊香保だから榛名湖畔かな、黒糖の旨みも連れて、おまえら付き合ってたんか……ッ! お似合いだよ! 甘味と塩味、そしてこののどごし。

 一口食べると甘い、となるけど、そのあとに絶妙な塩味が甘味をさらっていって後味はさっぱりしている、時間差でせめてくるやつ。そして飽きが来ない。いくらでも食べられる。一口、もう一口と食べていつのまにか食べ終わっている。
 冷めていても美味しい。ほうじ茶と共にいただく。

 あんこだけじゃない。まんじゅうの皮が、主役たるあんこを引き立てているのだ。ふかふかの皮からの高密度あんこ体に歯が接触する、この絶妙な厚み。

 薄けりゃ良いってものでもない。何事もバランスだ。皮はいわばあんこにたどり着くための助走、あそびの部分というか、いきなり心の準備がないまま高密度なんたらに接触したってびっくりしてしまう。机の角は削られているからこそ痛くないし、自然な流れでそこにある机の存在を実感できる。

 たふたふの皮は机のその丸みに似ている。まんじゅうを手で持つと、たふたふごしに高密度あんこ体の存在を感じる、そのベールに包まれた感じがまた良いのだ。

 例えば開場前の結婚式場に着いたらすでに花嫁がそこに立ってたらどうしていいか分からないし、あっどうもとかお綺麗ですねくらいしか話せないし、実際の式で花嫁を見た時のサプライズ感というか高揚感が半減するじゃないですか。なんか敬語になっちゃった。

 微かにあんこの気配を感じさせる黒糖の香りののする皮、そこからようやく対面するあんこやしょっぱみが良いのだ。

 甘みとしょっぱみを交互に食べることによって無限に食べられる現象、よくあるじゃないですか。チョコがけポテチとか。それがこのひとつのまんじゅうによって完成されている。絶妙なバランスの糖分と塩分がこれひとつで摂取できる。もうこれはポカリだよ。食べるポカリだよ。経口飲料まんじゅうだよ。経口飲料まんじゅうってなんだよ。二回言うなよ。
 でも温泉へ入る前にこれを食べるのは理にかなっているのかもね。
 もし私が土地の神様でこのまんじゅうを奉納されたらめっちゃ喜ぶよ。

 甘党ではないけど、これから一生おやつは一種類しか食べられないってなったらこれを選ぶかなあ。

 でもきのこの山を食べられなくなるのは嫌だな。

 っていうか一生一種類しか食べられないとしたら、とかいうけど、本当にそんな状況あり得るの? そしてその食べて良い一種類って自分で選べるの? システム謎なんだよなあ。アレルギーならまだしも、じゃあなんでその一種類ならOKなんだっていう。その余地というか優しさ何? ってなるよね。

 つまりそれ以外のお菓子を食べないか見張ってる監視員がいるってこと? 四六時中? 自分の部屋にいる時も? お菓子食べる食べないうんぬんの前に、その方が怖くない? ずっと見られてるんだよ? 仮に一種類食べられるとしても監視されてる方が嫌だ。

 でもさすがにさ、布団被ったら監視員にも見えないよね。そこでトッポとかきのこの山とか食べれば良いんじゃないの。あーでもボリボリ音しちゃうから気付かれるか。そしたら布団をそっとめくられて、「今湯の花まんじゅう以外のおやつを食べましたね」っていってそこで私の意識は途絶えた……ってなるの? 怖くない? そんな風にして温泉まんじゅう食べるのは嫌だな。普通に食べたいな。それとも体にチップを埋め込まれて……。ああ。やめよう。

 ともあれ、美味しいよっていう話でした! まあわざわざ食べに行かなくても良いけど、もし見かけたら買ってみてね。