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NRBQ Ridin’ in my Car

中華店のバイトの話(三つ前)の続き。
車好きのコック、ナベさんはいつもゴーホームだ。若くして結婚し子供もいて「そんな金あるわけねぇだろ」が口癖だ。

12時を回ると、近くの工場地域から大勢の人達がランチにやってくる!「Aランチいっちょー、Bランチいっちょう!お次、シャーレン湯麺、チャーハン、餃子!」注文を受けるとナベさんは急発進だ。落ち着いているアラキさんとは正反対で、車でいうと青サインになった途端、急加速するまるでスポーツカー。

ナベさんが叫ぶ「麺入れんのまだ早い!「火が強いぞ!」「スープ混ぜたかー?」私「オッケーです!?あっ、まだです!」
ナベさんは、映画の寅さんの弟分、源ちゃんに似ている。佐藤蛾次郎が喋る人になったイメージだ。パーマ頭で私に命令調だけど本当は優しかった。そう感じるのは「そこに愛があるから」だと思う。若くして結婚して早くに子供もいたことで彼の人生は、急発進だったに違いない。

アコーディオン テリーアダムス 

中華店の向かいには、マツダの修理工場兼営業所があって店と親しい関係にあった。時々マツダ内のオークションがあって、出向いて屋台を出す、この外出出店が楽しかった。
メニューは私でも作れるラーメンともう一品ほどだったので私が場を回していて、ナベさんは、ほとんどサボってマツダの営業マン達と車の話で盛り上がっている。

そして彼らの話が途切れるたびに私に言う。「おまえこの車買えよ、これいいぞー」私「ナベさんの車、もらったばかりですよ」「あれは後部座席狭いだろ、おふくろさん乗せてんだろ?これなら余裕だよ、親孝行になるぞー」ナベさんが五万円で譲ってくれた車を持てただけで充分に親孝行だった。母が作ったヴァーヴァリー柄のシートカヴァーで綺麗にしたばかりなのに、すぐ買い換えるなんてあり得ない!「ナベさんが買えばいいじゃないですかー、家族サービスですよ」「バカ言え、そんな金あるわけねぇだろ」

「車はよ、最高の音響空間なんだよ、まずドアに綿を詰めろ、音をデッドにするんだ。ドアスピーカーは純正はダメだ、安いのでいいから付け替えろ、あとはなぁ…」私もイイ車よりイイ音に興味があったし、彼はお金をかけずに良くする術をいつも追求していたので、方向性は一致していた。
「低音が時々割れてうるさいんですよー?」「イコライザーかな、今度見せてみろ」
そもそも彼が改造したマフラーの音がうるさかった。

初期ギタリスト 巨漢アル•アンダーソン

NRBQこと
ニュー•リズム•ブルース•カルテットは、ここ日本では知る人ぞ知る、知らない人はまったく知らない、ごきげんなロックンロールバンドだ。ロック、ポップス、ジャズにブルース、なんでもござれなロックンロールサウンド、そして楽しくなければロックじゃないと言わんばかりのエンターテイナー溢れる、ライヴ至上主義のバンドなのだ。

代表曲のゲットリズム、エディコクランのカモンエブリバディ、ボニーレイットがカヴァーしたミー&ボーイズ。そして私の大好きな「ライディンインマイカー」どれもごきげんな、私のドライブソングだ。

このアルバムが好き 1978年

NRBQは、ファンの間では愛情をこめてひとこと、“Q”と呼ばれている。
実は中華店の店の名は「阿Q」という。

中国の作家魯迅の小説「阿Q正伝」から拝借したと思う。主人公は無知で卑屈な男の話なので、私の母はなぜそんな名を店名にしたのか不思議だわ、とよく言っていた。

その母を初めて連れてお客として阿Qに行った時は、店の皆さんに大いに歓迎された。母が車のお礼をナベさんに言うと彼はいつもの命令調とはかけ離れた顔で恐縮していて、その様子が可笑しくて可笑しくて。帰り際にナベさんからお土産を持たされた。それからは母は「阿Q」を変な名だとは言わなかった。

その後、私も会社勤めになり一人暮らしも始めていたので、よくお店には食べに行っていた。アラキさんは居なくなってしまったが、ナベさんは居たしオーナー店長やその奥さんも「仕事どう?」と私の新社会人、新生活を気にかけてくれた。車もその後はオークションで親しかったマツダの人から買っていた。会社の同僚達には人気のないマツダ車に乗る輩は居なかったが、イイ車よりイイ人達との繋がりが私の車だったので、関係なかった。

あれから30数年
工場地域は丸ごと住宅地に変わっていて、オークションのマツダも、愛すべき阿Qのお店も今はもう無くなっている。そこには空しさしか感じないペットの病院が後に建っていて、その前を通るとあの頃のお店のことが頭をよぎってしまう。車の話やカーオーディオの話、アラキさんやナベさんが居た空気感…それらがいつまでも私の中に息づいている。

車で走りながらカーオーディオで好きな音楽を聴くという幸せのレールを、初めに敷いてくれたのは、あの時の阿Qの人達なのだ。

もう誰にも会えないけど
車は風を切って走り続ける

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