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スーパーヒーローが死んだ日

お父さん、今年の春は去年に比べてとても寒い。4月の中旬だっていうのに、ダウンジャケットとウールのセーターが手放せない。もちろん庭の手入れはちゃんとしているよ。花だって咲いてる。フリージアやネモフィラは咲いてないんだけど。お父さんが知らない品種の花ならたくさん咲いてる。お母さんもマッケンローも元気にしてるよ。ただ、マッケンローはその…少し元気過ぎるかな。スーパーヒーローが死んだあの日から。







第一章


"Those who make peaceful revolution impossible will make violent revolution inevitable."
平和的革命を失敗させる人物は、暴力的革命を不可避のものにする

John Fitzgerald Kennedy



何が正解で何が間違いかを一つの角度から判断することは難しい。
ライオンに食べられたインパラはアンラッキーだが、ライオンからすれば生きるために食事は必要だ。ライオンにだって良心の呵責があったかもしれない。インパラの側に立ってライオンを裁くことは誰にも出来ない。


僕たち人間は地域や人種によって異なる価値観や行動様式を持っていたが、人類滅亡の危機という難題を突き付けられ、それぞれが抱く常識や正義を否が応でも見つめ直さなければならなかった。

ラゼンダーズはよく戦ってくれた。よく戦い、よく勝ち、よく金を使い、よくない噂もたくさんあった。けれど、僕たちのため、地球のためによく戦ってくれたのは確かだ。

天下無双のラゼンダーズといえども、彼らのほとんどは地球出身だ。違う銀河からの異星人の襲来は彼らにとってもハードな仕事だった。

最初にエメルヒが地球に接触した時点で、ラゼンダーズに投入できる世界のヒト、モノ、カネはすでに枯渇しつつあったという噂もある。地球の民の衣食住を守りながら地防費(地球防衛費)にかける限度を超えていたらしい。
※地球ではエメルヒだが、現地の発音ではデゼルヴェが正しい。知らんけど。

エメルヒの最初の接触から1年ほど経ち、彼らの狙いの輪郭が見え始めた頃、各国の首脳や有識者は気づいた。あまりに強大な力が地球に向かっていて、隣国と資源を奪い合っている場合ではないと。天下無敵のラゼンダーズでもこの危機を回避するのは至難であろうと。自国の国民の暮らしや国益などを守るどころではない。地球そのものが無くなってしまうのだと誰もが思った。

ここで、ラゼンダーズについて説明しよう。
彼らは地球に存在するスーパーヒーローの精鋭を集めた地防部隊である。はじめはスーパーヒーローの有志の集まりで世界で起こる危機を派手に、そして暴力的に解決してきた。

彼らがモンスターと市街地戦を繰り広げれば、まるでMARVELを見ているような刺激的な映像が全世界に配信され、各国のテレビ局も新聞社も安定した数字が取れるし、ビルの下敷きになった人とその親族以外の人類にとっては世界的なエンターテインメントだった。宗教関係者は神に祈り、アメリカ人は歓声を上げ、ワールドシリーズの最終戦と同じくらいのクアーズを飲んだ。

ラゼンダーズが危機と戦えば世界は救われたが、人命や資産は少なからず失われた。保険会社はラゼンダーズの戦闘とそれに伴う建造物や社会活動の停止を保障する高額商品を大手企業向けに発売し、それらは飛ぶように売れたが、戦闘による損害が激化し埒があかなくなった。そこで、国連と先進諸国がコンソーシアムを組織した。ラゼンダーズを地防の要として技術と資金を提供し、戦闘地域の復興財源を基金とした。現在は先進諸国の40か所にラゼンダーズが配備され、世界の全エリアを防衛する体制が整備された。

日本にも第二東アジア支部が存在し、日本と朝鮮半島、台湾などを管轄している。4名のスーパーヒーローが在籍しており、そのうち1名が日本国籍だ。名前をスズキユウタと言い、神道に登場するヒノカグヅチの親戚筋だとのことで、手と口から2尺玉花火ほどの火炎を放つことができる。箱根観光を楽しんでいた全長250mのウーパールーパーも一瞬で消し炭になった。さらに島津製作所と神戸製鋼、新進気鋭のディープテックベンチャーが共同開発した令和版の草薙の剣は、刀身2,700㎜、元幅400mmのお手頃サイズで重さが3,000㎏。超振動発生装置とパルス電界を発生させる機能もあり、神器と呼ぶにふさわしい兵器を持っていた。


ここで、遅ればせながら自己紹介をさせてもらおう。
僕の名前は宇田卓也。やぎ座のA型で、「ドラえもん」に出てくる出木杉君みたいな容姿をしている。(と言われる)静岡県生まれで、そのまま静岡の大学を卒業した。高校の時に野球の試合でスライディングをした際に、グランドに落ちていた釘か石で太腿を切り、10針縫うケガをしたのを除けば、平坦で平和な人生を歩んできた。

僕がエメルヒやラゼンダーズについて詳しい理由は、彼らの管理に関わる仕事をしているからだ。

地球防衛世界保全機構(EarthDeffence&WorldReproductOrganization)通称EDROの日本支部が僕の職場だ。地方大学からよくEDROに入ったと周りからは持て囃されたが、現実はキラキラしたものではない。国連やJAICAや省庁のように思われることが多いのだが、地球防衛に関わる全ての情報とカネが集中する場所で、ラゼンダーズの予算と技術開発、脅威に対する情報収集、復興の予算組みから業者の手配、それに纏わる日本政府や他国との調整、一般人やメディアからの問い合わせ対応etc…

EDROの仕事は、文科省のように年間行事予定が決まっているわけではない。いつ何時、数百億単位の措置が必要になるか分からない。そのため、職員一人が抱えるタスクは多種多様で業務量も多い。一週間自宅に帰っていない職員はさほど珍しくない。地防を担っているという看板は輝かしいが、離職率は割合に高く、輪島塗の漆器の黒のような由緒あるブラック企業だ。

入局する前からEDROの実態を知らなかったわけではない。それでも僕がEDROを志望したのには理由がある。

僕の父は大手ゼネコンに務めていた。EDROの下請けとして、世界の戦闘地域の復興に飛び回った。
ある時、父は戦闘で瓦礫の山と化した南アフリカのケープタウンを復興するために現地に赴いた。そこにエメルヒが再度襲来した。ラゼンダーズの第6アフリカ支部のスーパーヒーローが即座に駆け付け戦闘を開始した。襲来したエメルヒは現場の確認が目的の部隊だったので、戦況はラゼンダーズ優勢だった。
ちょうどケープタウンの中心部で地盤と配管の現場視察中だった父は、エメルヒが放ったグラビティバースト砲で生き埋めになった。僕が大学1年生の時だった。
ラゼンダーズはテディベアを抱いて泣いている金髪の少女は何人か助けたが、配管を点検している東洋人の中間管理職までは助けられなかった。

エメルヒを恨むわけでも、ラゼンダーズを恨んでいるわけでもない。父は危険が伴う現場だと知りながら仕事をしていた。もっと安全な駅前の開発やインフラ関係の仕事だってできたはずだ。それでも父は「町を元通りにすることも立派な地球防衛だ」と言って誇りを持っていた。

父と同じ仕事がしたいとか、エメルヒを倒してやるとか、そんな大きな目標があったわけではない。僕が出来る最善の事が何かは分からなかったが、生かされたこの命を人類のために使いたかった。

この物語での僕の立場は語り部だ。エメルヒとスーパーヒーローとの戦闘に巻き込まれて大切な人を失うことは珍しくはない。現代の地球で生きている凡庸な人類の備忘録だ。


第二章


人々に幸福あれ、災害なかれ、しかし無常流転はどうすることも出来ないのだ。

種田山頭火


スーパーヒーローの敵であり、地球の歴史上、最大の危機をもたらしたエメルヒについて説明する。
彼らは異星人だ。正確には複数の異星人種によって構成される共同国家と、エメルヒに籍をおく異星人を総称してエメルヒと呼んでいる。

エメルヒの総人口は約3,000万人で12の異星人種で構成されている。彼らはそれぞれに母星を持ち、総人口の3割ほどが他の銀河の新規開拓(侵略)に関わっているという。地球侵略のために動員された異星人は500万人ほどらしいので、エメルヒの中でも肝いりの開発事案だったに違いない。

エメルヒが他の惑星を侵略する正確な理由は明らかになっていない。
最初はタクラマカン砂漠を掘削して地殻とマントルから動力と熱エネルギーを取り込んでいたとのことだ。それまでは犠牲者は出ていないし、建物も破壊されてはいない。

異常な生命反応を探知したスーパーヒーロー7名がタクラマカン砂漠へ向かった。エメルヒは直径20kmの巨大掘削機で粛々と穴を掘っていた。
これを由々しき事態と判断したラゼンダーズは、雷光神ライトニング・シャーリーの迅雷槌とキャプテン・エスパニアのUn puñetazo que hace temblar la tierra(大地を揺るがすパンチ)をお見舞いして掘削機を破壊した。エメルヒの戦闘員が抗戦したが、彼らは準戦闘員で掘削作業の警備が仕事だったため、地球のラゼンダーズに見事に一蹴された。

直径20kmの掘削機がタクラマカン砂漠で温泉を掘っていれば、誰が見ても非常事態ではあるのだが、「ハロー!」と気さくに声をかけ、「毎日暑くてかなわんですねぇ~。こちらの作業はあと何か月かかるんですか?あぁそれは大変だぁ~。念のため作業許可書と皆さんのパスポートを拝見できますかぁ~?」と低姿勢で接触すれば、Zoom会議と役所への申請だけで事は済んだかもしれない。

それからエメルヒとラゼンダーズの戦闘は徐々に激しくなっていった。
その間にEDROが組織され、新しいスーパーヒーローを採用したり、各国でラゼンダーズになり得る人材をスカウトしアカデミーを開設したりと、地防における戦闘力は高くなった。

確かめようがないことだが、EDRO発足当時、意図的に人口が密集している地域にエメルヒを誘導していた節がある。エメルヒの目的が地球のエネルギーを得ることだとしたら、わざわざパリやブリュッセルに出向いてスーパーヒーローと戦う意味がない。
おそらく、ラゼンダーズの意義と優位性を世界に発信するため、またエメルヒの脅威に対抗できるのはラゼンダーズしかいないとのメッセージを世界に届けるためにEDROが仕込んだパフォーマンスだった可能性がある。
その証拠に、正義感が強くすべての人の守護を信条としているスーパーヒーロー、エチオピアのレッド・ジャガーはパリとブリュッセルの戦闘には姿を見せず、その後EDROを脱退している。
つまり、エメルヒを敵にしたのはラゼンダーズであり、エメルヒを地球の脅威にしたのはEDROである可能性があるということだ。
エメルヒは他の惑星の温泉を掘りたかったが、役所への申請手続きがあることを知らず、お抱えの司法書士もいなかったために建築許可なくタクラマカン砂漠で工事を始めただけだ。地球人を傷つけるつもりは毛頭なかった。

当時はラゼンダーズも各国首脳もエメルヒを脅威とは見なしていなかった。ラゼンダーズの通常業務で処理できると考えていたのだが、タクラマカン砂漠の一件から、エメルヒの掘削作業は世界各国で盛んに行われるようになった。その度にラゼンダーズは現場で討伐に当たったのだが、ラゼンダーズの存在を認識し対策を講じたエメルヒの戦力は、当初の想定を遥かに上回っていた。戦闘員の数も質も連携もこれまでとは比べものにならなかったのだ。

スーパーヒーローはそれぞれ違う能力を持っている。人工的に付与された能力もあれば、生まれつき持っている能力もある。高い攻撃力を持つスーパーヒーローの多くは地球自体と共鳴し、それらを兵器として使える能力か、雷や風力を操るか、熱エネルギー等を収束してレーザーにするなどの攻撃パターンだった。

エメルヒもそれに似た仕組みの兵器を数多く所有していた。尚且つ、エメルヒは戦闘員や兵器、乗り物のエネルギーの変換効率が異常に高い上に、重力や大気中の性質変化を利用した地球では対抗できない兵器がラゼンダーズを苦しめた。

脅威的な破壊力を持つエメルヒをわざわざ市街地へ誘導して戦闘するのだから、それは被害も甚大だ。EDROのプロモーション戦略だった市街地戦は地球の危機を世の中に伝える結果となった。

最初の交戦から1年が経過し、ラゼンダーズがボストンでボコボコにされる映像が流れ、地球人のほぼ全員が脅威を確信しはじめても、EDROや先進諸国の首脳はエメルヒとの和平交渉を行わなかった。白旗を上げて侵略されるくらいなら地球ONETEAMで玉砕しようと考えたのかも知れない。どの道、エメルヒに地殻の内部のエネルギーを搾取されてしまえば地球という惑星の形を保持することも難しくなる。

ラゼンダーズは地防の要ではあるが、アメリカやイスラエルを始め、強国の軍隊と兵器も総動員してエメルヒの駆逐に当たった。しかし、地球で最強の殺傷力を誇るナパームやセンチネルや核兵器は、エメルヒにとって孫の手で背中を搔くくらいのダメージしか与えられなかった。そして、その事実はほとんどの人類に知らされることはなかった。

日本の内閣総理大臣である沖田首相が、太平洋上の戦闘と被害について記者会見を行った際、「誠に遺憾であり、最も強い言葉でエメルヒを非難する所存です。」と鼻息を荒げながらコメントした。それに対して、同席していたアメリカのスーパーヒーロー、プラズママンのパイロット、ロビー・クラークは、ブランデーを片手に沖田首相にこう言った。「Sir.最も強い言葉で非難するのも悪くないが、最も強いパンチでぶちのめすってのはどうだい?ハハッハハハ!」
この自信に満ちた発言で、敗戦ムードだった日本国民も一縷の望みを抱いた。
3週間後、プラズママンの最も強いパンチはエメルヒの戦艦の一部を破壊したが、プラズママン自身はレゴブロックくらいのサイズに粗粉砕されて西海岸の自宅に戻った。

そして、終わりの時はやってきた。



第三章


第三次世界大戦が、どんな武器で戦われるのかは分かりません。ただ、第四次世界大戦は、棒と石で戦われるでしょう

Albert Einstein

約2年に渡って繰り広げられたエメルヒによる地球侵略は激しくはあったが、終始エメルヒ優勢で進められ、攻防と呼べるような戦闘ではなかった。エメルヒがその気になれば地球を侵略する事など一捻りだっただろう。彼らは地球とラゼンダーズのポテンシャルを確かめるために長い時間をかけていたのだ。

繰り返しになるが、ラゼンダーズはよく戦ってくれた。彼らはエメルヒだけでなく、世論や風評とも戦わなければならなかった。週休20万ドルの報酬をもらっておきながら、CM出演やオリジナルグッズを作る必要がどこにあるのかという批判も一部にはあった。地防をないがしろにしてタレントまがいの仕事で私腹を肥やすのを気に入らないと声を荒げる連中も多かったのだ。しかし、スーパーヒーローがそういう姿を見せるのは、人類にとっても希望を持ち続けることにに少なからず寄与したし、スーパーヒーロー自身も自分たちが地球の平和を守っているという使命感を自覚することにもつながった。

最盛期で50名以上いたラゼンダーズのスーパーヒーローはエメルヒとの戦闘で10名にまで減っていた。しかし、残った10名のほとんどはアカデミー出身か中途採用のスーパーヒーローで、初期のスーパーヒーロー7名(通称:神7)を失ったラゼンダーズは戦況判断力と個々の戦闘力に欠け、連携も結束も機能しなかった。

殉職を遂げていれば彼らも、EDROと国連のロビーにA1サイズの宣材写真が掲揚されたかも知れないが、彼らはエメルヒの捕虜となってしまった。(後に全員が無傷で釈放されることになるのだが)捕虜になったラゼンダーズの中には日本のスーパーヒーロー、スズキユウタもいた。釈放されてからのインタビューでスズキはこのように語っている。「私は神の子孫ではあるが、彼らは神だ。すべての神が同じ力を持っているわけではないし、それぞれに相応の役割がある。町の無病息災を神社で慎ましく守る神もいれば、宇宙をかき混ぜて森羅万象を司る神がいる。エメルヒは後者の神だ。」

こうして、地防の最後の砦であるラゼンダーズが実質無力化された人類に残された道は侵略を受け入れること以外になかった。


地球を侵略するにあたって、エメルヒが一番最初にやったことは地球のCO2の削減だ。エメルヒは複数の異性人種で構成されているが、その部族の多くはCO2が体に悪いらしく、CO2を発生させる火力発電、飛行機、自動車、焼き畑、タバコ、化石燃料を使用する工場などは一律廃止された。

それに伴い、地球の土壌改良や農地改革などが進められた。これはエメルヒの食料事情によるものだ。
彼らの主な栄養源は窒素、ケイ素、マグネシウムだ。金属類を好む部族もいるのだが、およそ人類が食料にできないものだ。
地球の身近なもので言えば土が彼らの食料にあたる。そのため、CO2を削減し、これらの栄養素をより多く土から得るために農作物や植物の栽培を推進したのだった。

当然、上記の作業のほとんどは属国となった地球の人間がやることになった。歴史は浅いとは言え、一部地域を除いて近代の人類は農耕民族なのでこの手の作業はお手の物だ。これにより、人類の食料危機は急激に改善した。さらに、CO2を削減するために、桜島や雲仙普賢岳などの活火山や海底火山もエメルヒが止めてくれた。

僕の身の周りにフォーカスして侵略の状況をお伝えしよう。
侵略されて2カ月の間は各国政府の要人とEDROの職員は捕虜だった。日本支局の主任である僕も当然捕虜して捕まっていた。とはいえ、楽勝で侵略できる人類の地防関係者がエメルヒの技術や情報を握っていたところで脅威になるわけもない。
前述の通り、エメルヒは地球侵略とエネルギーの奪取が目的であり、人類滅亡は彼らの意図するところではなかった。むしろ人類が作り出す科学や文明に興味を持っており、奴隷というよりは保護する対象という扱いだった。

現に捕虜として拘束されていた期間ははとても快適な暮らしだった。食事は人間に必要な栄養素を考えられた献立になっており、脂質、糖質、蛋白質がバランス良く配合され、ハラールやヴィーガン向けの食事も出してくれたらしい。
就寝の時は枕とベッドと掛け布団が一体化した反重力寝袋で寝るのだが、母親の子宮に包まれているような安心感と開放感でこれまでにない最高の寝心地だった。(重力の違う惑星を飛び回っているエメルヒはこれがないと眠れないらしい)
捕虜になって不満があるとすれば、髭を剃れないこととシャワーの水圧がイグアスの滝かと思うくらい強いことくらいだ。
その結果、血圧や尿酸値を気にしていた各国首脳やEDROの幹部たちは、釈放されるころには顔色も良く、スラックスのウエストを1インチ以上つめなければならない程に健康体になっていた。

釈放された僕たちには仕事があった。エメルヒの侵略プランの管理と伝令だ。エメルヒは自分たちのプランを効率的に実行するために、既存の国家のシステムを残し、政策の施行を試みた。但し、国家は統治の権限を持たず指示系統の中継地点としての機能しか付与されなかった。EDROや政府の職員の中には、今まで地球を守るために身を粉にして働いてきたのに、侵略の片棒を担ぐことなど出来るかと反発した者も多かったが、エメルヒの侵略(と呼ばれていたもの)が滅亡どころか人類を救済するものだと知り、一転協力的になった。

EDROの職員である僕は、地元静岡県の農地改革のサポートと人間側へ情報提供を担当した。エメルヒが各地の地理に詳しく、双方のコミュニケーションが取れる人材を配置するという狙いで、EDROの職員はそれぞれ自分の地元近郊で仕事をすることになったのだ。

最初の主な仕事はCO2削減の徹底と、担当エリアの地質調査だ。
前述の通り、CO2削減が地球にとって良いこととは言え、すべてを停止させることは産業と経済の終焉を意味した。火力発電も当然止められた。火力発電は日本国内の電力の70%以上を以上を占めていたため、原子力、風力、波力のわずかな電力しか生み出すことが出来なかった。その代わりとして、エメルヒの地殻エネルギー(?)を電力に変換して一般家庭に供給された。

エメルヒが資本主義なのか社会主義なのかは定かではないが、地球の環境改善と資源の創出が達成されれば、あとは何をしてもいいというスタンスらしく、侵略されているとは言え、個人の所有を奪われることもないし、成人式や卒業式も普通に行われたし、Youtubeもポテトチップスも無くならなかった。無くなったのは自動車と暴走族くらいだ。

工場関係がすべて止まってしまったので、労働人口の半数が農地開拓や水耕栽培やエネルギー生成の仕事に転職した。もちろん賃金がもらえるということはないのだが、農地開拓を進めたおかげで新鮮な地場野菜、肉、穀物はどの家庭にも無償で提供されるようになった。

通貨を使用したトレードがほとんど成立しなくなったので、飲料メーカーやテレビ局、医療機関は国家の公社となり無料で使えるようになった。

さらにエメルヒは人類の教育の推進にも着手した。
成人前の児童を労働力として使うには効率が悪いし、エメルヒは人類が地球の環境を整備、保全するために作り出す技術は自分たちのためになると考えていた。そのため、既存の教育カリキュラムをすべて撤廃し、環境保全、宇宙開発、エネルギー生成、生産性向上のための実証実験など、直近の課題解決を目的とした自由な教育制度を導入した。試験や採点がない代わりに、研究成果の発表と検証が条件となるため、小学校で大学院の研究のような教育をほどこされることになった。


第四章

一番幸せなのは、幸福なんて特別必要でないと悟ることだ。

William Saroyan

話を静岡県に戻そう。
侵略を進めるエメルヒも各国の各地域に担当者を配置していた。東海エリアの静岡担当のエメルヒはユーモアと哲学と思いやりがあるとても良い奴だ。EDROの同僚でさえ、これだけ好感が持てる人間はいなかった。監査役というよりは、僕の頼れるパートナーと言ってもいい。

彼の名前はベベーベ。(と地球では発音する)ある日の休憩時間に、ベベーベは好物の(好物の鉱物)花崗岩をボリボリ貪りながら言った。
「卓也、お前のおばあちゃんを見てると、母星にいるおふくろを思い出すよ。」
ベベーベの星では主食が鉱物なのだが、幼少期は硬すぎる鉱物が咀嚼できないため、砕いてかき混ぜる作業を必ず母親がするらしい。祖母が畑を耕している姿が、ミニチュアサイズのお母さんが子供のためのご飯を作る姿にオーバーラップするのだとか。

ベベーベはいろんな話を聞かせてくれた。
「俺の星も元々は侵略された。俺たちが地球人と違うのは、話し合いがなされた事だ。お互い物騒な兵器はたくさん持っていたけど、とりあえず最初はお茶でも飲もうかという話になったんだ。」

エメルヒは12の部族で構成された連合国家だが、3つの部族が同盟を結んだことでそれに追随する形でエメルヒの規模が拡大したのだという。ベベーベはその中でも3番目の星の出身だった。エメルヒの中で人口や武力の規模は違えど、そのに序列は存在しないのだという。

「エメルヒがどうしてこれだけの規模と技術を持っているか分かるか卓也?それはエメルヒが他の惑星を生かす事ができるからだ。」

たしかにそうだ。エメルヒは自分たちが欲しいものを地球と人類に強要しているだけなのだが、結果的には人類にとっても必要なものが与えられている。
化石燃料やレアメタルを血眼で採掘し、オゾン層を破壊し、薬液で川を汚し、鉄を精錬し、そうやって生み出したものを貨幣に変え、税金として国が徴収する。それを兵器やラゼンダーズに湯水の如くつぎ込んだ結果、人類は一体何を守ったのだろうか?必要最低限の衣食住?SDGs?人類の矜持?種の保存?愛?
それらは人類にとって必要なことだったんだろう。正しい道を突き詰めたら間違ったゴールに辿りついてしまった。

怒りで怪力の巨人に変身するスーパーヒーロー、メキシコのバルコムが岩盤工事の支援で静岡に来たことがある。わずかに残ったラゼンダーズはその能力を使って大規模な工事が必要な現場に投入された。特殊重機のような役割だ。
浜松の天竜川上流の開発工事の時だった。バルコムは朝からはつらつとした表情だった。杉の大木をまるでケーキから蝋燭を抜き取るように引っこ抜いていった。
お昼の休憩時間。僕はバルコムに「土木作業は楽しいですか?」と質問してみた。「楽しいね。元々私はラゼンダーズに入る前は建築会社にいたからさ。それに土木作業ならエメルヒにボコられることもない。」

ベベーベがとなりに座りバルコムに話しかけた。
「悪気はなかったなんて白々しいことは言わないが、すまなかった。」
バルコムは歯を見せて大いに笑った。
「エメルヒはそんなことを気にしてたのか?先に喧嘩をふっかけたのはこちらだ。謝らなきゃいけないのは我々の方だよ。」
そういうと、バルコムは少しだけ表情が曇った。
「私が暴走するトラックをショートアッパーで止めた時、私に向けられたのは拍手ではなく銃口だった。普通の人間から見ればエメルヒもラゼンダーズも同じだ。なのに私はエメルヒに銃口を向けたんだ。」

エメルヒのラゼンダーズも葛藤を抱えながら戦っていた。地球の資源を守り増やすというプランと人類の平和を守るという大義名分がぶつかり合った結果、地球も人類も多くの犠牲を払わなければならなかった。エメルヒもラゼンダーズも自分が何と戦っているのか見えていなかったのかもしれない。

地球がエメルヒの統治下となった2年後、ノーベル平和賞の受賞者で作家の根本川尻水(ねもとかわしみず)がこのような詩を残している。

すぅはぁと息をするのも疲労なれど
螺旋だ螺旋だ 命のように続く螺旋
目を凝らしても見えぬのに 壊れてみたら見えるもの
地面も螻蛄も皆微笑める日を

根本川尻水



我が家の愛犬、ダックスフンドのマッケンローはベベーベが大好きだ。
マッケンローが猫と喧嘩をして顔をケガした時、ベベーベはエメルヒの治療薬と栄養価の高いレーションのようなものをくれた。餌の効果が出すぎてしまって、ライオンくらいのサイズまでの成長を遂げた。マッケンローの顔は母の胸の高さになる。彼がゴムまりで遊ぶたびに家が揺れて戸板や壁が壊れるので、仕方なく庭に特注のプレハブ小屋を作った。
身長290cmのベベーベからすれば、ライオンサイズのダックスフンドは小型犬のようなものだろうけど。

そのような事情から、僕は現場に行くときに必ずマッケンローを連れていくようにしている。というかマッケンローの背中に乗って出勤している。




お父さん、小さくて可愛かったマッケンローは僕らの膝の上に収まらないくらいたくましくなった。一日4キロの豚肉を食べるよ。
お父さんが作り直そうとしていたケープタウンは今はブドウとオリーブの畑になっているそうだ。

スーパーヒーローはいまでもスーパーヒーローだ。
キャプテン・エスパニアは大地を揺るがすパンチでアルゼンチンの鉱山を掘っている。雷光神ライトニング・シャーリーは海底ケーブルや新エネルギー実装に大きく貢献している。スズキユウタは製鉄の会社でがんばっているよ。

不思議だね。
スーパーヒーローがお父さんと同じ仕事をしているんだ。
今は巨大なハンマーも持ってないし、タングステンのスーツも着てない。
だけど、彼らはスーパーヒーローだ。お父さんと同じようにね。




#宇宙SF

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