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昔話 ライター修行 その2

★ 島倉千代子さんと人生ゲーム①


「今度『スターと遊ぼう』っていう企画やるんだけどさ~、なんかおもしろいテーマないかな~」
 女性週刊誌の編集者・大川さんにこういわれたのは、ライターをはじめて2年ほどたったころだった。

 入稿あけ(朝の4時半ごろ)に、大川さんのおごり(正確には出版社のおごり)で出版社近所の中華料理屋でうま煮かけ丼をごちそうになっている真っ最中のこと。

 それはお仕事の依頼というよりも、ちょっとした雑談という雰囲気だったので、新米の私もリラックスして(というより責任感のかけらもなく)、思いつきを口にした。
「ん~、そですねえ(もぐもぐ)……。島倉千代子と人生ゲーム、なんてどうかなあ(むしゃむしゃ)……」

 当時、大ヒットしていた「人生いろいろ」に引っかけた冗談。とても実現するとは思えなかった。島倉千代子は、幾多の不幸なできごとをくぐり抜け、曲のヒットで第2の黄金期(第1があったかどうかは、私自身、よく知らない)を迎えていたところだった。テレビ、雑誌を問わず引っ張りだこの彼女が、こんなおふざけ企画に登場するとはとても思えなかった。

 ただの軽い冗談で終わるはずだった。がははは、と笑ってくれるはずだった大川さんが急に顔を輝かせて「それ、いこう!」なんて言い出すまでは。思わず口に入れたごはんを喉に詰まらせそうになっている私を尻目に、大川さんはしゃべり続ける。

「そうだよな。せっかく『スターと』ってタイトルがついてる企画なんだから、売り出し中のジャリタレと遊園地に行く、なんてつまらない。やっぱ島倉さんクラスでやんなくちゃ。うんうん」

 軽はずみに口にした思いつきが、どんどんふくらんでいくのを見ているのは、とても恐いものだということを、身をもって実感した瞬間だった。でも一方、『島倉さんが、これを受けるハズがない』というもくろみもうっすら私にはあった。ところが……。


「島倉さんのスケジュール押さえたから。いっしょに遊ぶ読者の女のコはふたりくらいでいいよね。かわいめの子をモデル事務所で頼んどくわ。悪いんだけど、当日までにおもちゃ屋で人生ゲーム買ってきて。じゃ、よろしく」
 電話がかかってきたのは、翌日の夕方。電話を切った私は、あまりのスピーディーさに、頭を抱えてしまった。

 なにしろそのころの私は、本当にまだまだ駆け出しだった。キャリアだけは一応、2年ほどあったものの、ほとんどは学生時代で、ほとんどバイト感覚のお気楽気分。プロを自覚して仕事をはじめたのは、ほんのちょっと前。

若さと脚力だけを頼りに、流行物やお店の取材をこなしていた私に、いきなりの「島倉千代子」。重い、重すぎる。小さなインタビューすら、2、3回しかしたことがないのに……。

 いつもは、編集者が適当に振り分ける仕事がほとんどだが「持ち込みのプランは、そのライターに担当させる」という暗黙の了解を、大川さんは律儀に守ってくれたらしい。でも、あの「思いつき」まで持ち込みだと考えてくれちゃうなんて……。

感激する前に「よけいなお世話」という言葉が胸に浮かぶ罰当たりな私。今考えてみても、大川さんはそうとう無謀だったと思う。そのころの私の「実力」(つまり、ほぼゼロ)を一番、知っていたのは彼だったんだから。


 さて、当日。
 赤坂のホテルに、人生ゲームが入った紙袋を抱えて入っていくと、読者の女のコふたりと大川さん、カメラマン、そして大川さんと同じ編集部の高木さんが待っていた。ん、なぜ高木さんがここに……?

 その理由はすぐにわかった。今回の冗談企画を島倉さん側に話をつけてくれたのは、芸能班(芸能情報専門チーム)の高木さんだったのだ(ちなみに大川さんは、企画班。読み物系の記事を担当していた)。

「森下ちゃん、今回は、高木さんが島倉さんを口説いてくれたんだよ」
 先輩の高木さんを持ち上げる大川さんに合わせて
「すいません。お手数おかけしまして」
 と、お礼を言うと、高木さんは得意満面の笑顔でこう言い放った。

「いやぁ、お千代とは昔からのつきあいだからね。オレが電話したらふたつ返事で受けてくれたよ、あっはっは~。なにしろ、お千代を紅白に復活させたのは、このオレだからさ」
……はあ、なるほど。

 先に取材場所のスウィートルームに入り、人生ゲームをテーブルに広げながら、このホテルのディナーショーに出演中の島倉さんを待つ。ドキドキ、ドキドキ。

「ええと、質問事項はノートに書き出してある。テレコの電池は新品に交換したし、テープもちゃんと入れた、と」
 心の中で、取材の段取りを確認しながら、
「やだぁ、島倉さんとゲームするなんて、信じられな~い」
「お母さんにいったらびっくりしてたんですぅ~」
 はしゃぎながら化粧直しに余念のないモデルの女のコたちと、上の空で雑談していると、そこに島倉さんが入ってきた。

 ディナーショー用のきらびやかな芸妓さん姿。赤い蹴出しが妙に艶めかしい。そしてなにより、後光が差しているような華やかさ。「オーラが出ている」という言葉の意味を、初めて目の当たりにした瞬間だった。なるほど、これが「スター」というものか……。

 さっきまで島倉さんを「お千代」呼ばわりして、ソファーにふんぞり返っていた高木さんは、誰よりも素早く立ち上がると
「島倉さん、お忙しいなか、お時間をさいていただきまして、ありがとうございますっ! さささ、こちらへ……」
 と、腰をかがめてご挨拶。緊張したムードは、私はもちろん、さっきまできゃぴきゃぴはしゃいでいた女のコたちにも、あっという間に伝染した。
                             (続く)


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