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昔話 ライター修行外伝 8

うそつきナナ、大号泣。作戦大成功


 当時 "フリーター" という言葉が、ぼちぼちと使われるようになっていたが、それは大学中退や大学を卒業したナナよりも少し年上の人たちの生き方だった。

「ナナは、やっぱりおうちに帰るのが一番だと思うよ」
 私の考えをつたない言葉で説明したあと、こういうと、ナナがポツリとつぶやいた。
「私だって、おうちに帰りたいよ。本当は……」
 ナナが自分を「私」と呼ぶのを、このとき初めて聞いた。

「そかそか。じゃ、帰りなよ」
「でも……。ママはきっと家に入れてくれない」
「怒ってる?」
「ううん。『ナナは悪いコだから、いらない』って。はっきり言われたんだよ、ナナ。ママは小学生の妹が一番大事だし、パパはお仕事が一番大事。ふたりともナナのせいでパパに悪い噂が立つのをすごくイヤがってるんだ」

「そんなことないよ。ナナが突っ張ってるだけじゃない。ご両親はナナが素直に謝って、がんばっていい子になるのを待ってるんだよ」
 私のこの言葉に、ナナはとても敏感に反応した。
「あかねさんって、幸せに育ったんだね。世の中って、そんなに甘くないよ!」

 まるで、自分より年下で青臭い人生論を語る子供に、老人が残酷な現実を語るように、うすら笑いを浮かべながらナナは言い切った。

「うちの親は、いい子になるのを待ったりしない。1度、悪いコになったら、もういらないって感じ? たぶんね、ナナがうまい具合に事故かなんかで死んじゃえばいいと思ってるよ。そうすれば、自分たちには悪い噂も立たないし。

 スポーツ選手と元モデルのカッコいい結婚生活を見せびらかすのが、パパとママの生きがいなんだから。それをジャマするナナは、いらないコなの。家出だって大歓迎だよきっと。できればこのままずーっと、家に帰ってきて欲しくないんだよ。だってね、うちの親、ナナが何度家出しても、1度だってナナを探したことないもん!」

 ナナのお母さんの電話口での様子を思い返すと、ナナのいうことも半分くらいはあたっているのかなあ、と思う青い森下。というよりも、ナナとさっぱりわかりあえない理由を、ナナの育ってきた環境のせいにしようとしていたのかもしれない……。
 森下あかね、26歳、この状況を乗り切るだけの経験値ナシ。

 しばらくの沈黙後、力無く聞いてみた。
「それで、ナナはどうなの? 帰りたくないの?」

 ナナの顔から、私をバカにしきった薄ら笑いが消え、今まで見たことがないほどくしゃくしゃの泣き顔になるまで、どのくらいかかったのだろう……。数秒だったのかもしれないし、30分はかかったのかもしれない。
「帰りたいよっ! 帰りたいに決まってるじゃない!」
 その場にへたり込んで、幼児のように泣きじゃくるナナ。それを見つめる森下も、一緒に泣きじゃくりたい気持ちだった。

 大人びていて、気まぐれ。常識なんか気にもせず、世の中をナメてかかっているつかみどころのないナナ。そのナナが初めて素顔をさらけだし "家に帰りたい" と、泣きじゃくっている。

 取材で知り合ったナナを、ひょんなきっかけから居候させてしまい、結局は手に余って放り出し、やれやれと思ったところにナナが舞い戻ってきて、このありさまだ。

 泣きじゃくるナナを見ながら、森下は困惑しきっていた。
『もうこれ以上、ナナに関わり合わない方がいい』
 心の中の警報ブザーは、さっきからMAXの音量で鳴り響いている。

 けれど、
『このままナナを適当になだめて、放りだしてしまっていいものか』
『ナナは、私に助けを求めているのに』
 という、良心のかけら(身の程知らずの青い正義心、ともいう)もうずいていた。困った、本当に困った……。

 一方ナナは、そんな私の困惑どころか、最後にはナナに再び巻き込まれてしまう森下の間抜けっぷりまでも、ちゃあんと見抜いていた。

 私の前で泣いてしまったのは計算外だったかもしれないけれど、ナナがここに舞い戻ってきたのは、もう1度うちに居候するためではなく、ナナの家に戻るための「作戦」だったのだ。さすが家出常習犯。完敗、である。

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