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昔話 ライター修行外伝 4

うそつきナナは手帳をご所望


 そのころのナナは、高校を自主休学状態。その代わりに本業ではないものの、雑誌のモデルやナレーターコンパニオンとして小遣い稼ぎをしていた。

 私以上に朝に弱く、ねぼすけのナナは、翌日仕事がある日は徹夜することに決めていた。もちろん私にも同じような経験があるのだが、ナナの徹夜方法は過激そのもの。

 薬局でカフェインの錠剤やドリンクを買ってきて、それを何錠も何本も飲み、目が血走るような興奮状態で必死で起きているのである。

「ナナ、私がけっ飛ばしてでも起こしてあげるから、寝れば? その目じゃ、明日の撮影帰されちゃうよ。ウサギみたいな目で瞳孔全開。あやしすぎるって」
「平気、平気。そういうときはね、コレ」
 と、バッグから取り出したのが外国製の目薬。

「これね、つけるとパッと白目が白くなるの。ママに教えてもらったんだ。あかねさんも使う? ママもモデル時代、使ってたんだって~。カフェインもママに教わったんだよ」
 自慢げなナナを見つめつつ、こんなことを教えてしまうナナのママのぶっ飛び加減に驚愕する森下だった。

 ナナは、私にお金をねだることはほとんどなかったが(モデルのバイト代を日払いでもらっていたこともあって)、ある日、妙な借金を申し込んできた。

「ナナ、モデルじゃなくて、ちゃんとしたバイトをした方がいいと思うの。ハンバーガー屋さんとか、スーパーとか、喫茶店とか。18歳らしいバイト」
「そうだね。そういうの大事だね」
「そのためにはね、バイトの約束とか、キチンと管理できるように、手帳が欲しいの」

「うんうん。じゃ、え~と(ゴソゴソ)、これ使えば?」
 どこかのイベントに取材に行ったときにもらった、イラストつきのかわいい手帳を渡すと、ナナはぶんぶんと首を振る。

「ファ○ロ・フ○ックスとか、いいと思うのね。(当時、若者が猫も杓子も持ち歩いていたシステム手帳。やたらに分厚くて、でかいしろもの。なめし革やリザード、エナメルなど、ゴージャスな表紙のものをこれ見よがしに持って歩くのが、一種のステイタスだった。

 もちろん、お値段も立派で、平気で3~4万円した。かくいう森下も、もちろんブームに乗せられて1冊持ってました。getしたときは「これさえあれば、もう無敵」って本気で思ってたし。恥ずかし~!)ああいうのって、一生ものじゃない? ナナ、どうせ持つなら、ちゃんとしたのが欲しいの。バイト代で必ず返すから、あかねさん、お金貸して!」

「……。ナナ、ハンバーガーショップでバイトしたいんだよね?」
「そう。地道なヤツ。マジメにやりたいんだ」
「そういうところの時給ってさ、いくらか知ってる? 毎日、せっせとバイトにいっても、1ヶ月めはたぶん、ナナが欲しい手帳代分のバイト代は稼げないよ」
「うん、でも一生ものだから」

「ナナは、システム手帳が持ちたいだけなの? それともマジメにバイトしたいの? どっち?」
「もちろんマジメに地道にバイトしたいんだよ、だからシステム手帳が必要なの!」

 ナナはあくまで本気だ。大まじめ。手帳代と偽って、他の物を買おうという魂胆はどこにもない。システム手帳がないと、バイトができないと本当に思いこんでいる……。

 本物志向といえば、聞こえはいいのだろうが、あくまでカタチ(それも最上級の)から入りたがるナナの「価値観」は、いったいどのようにして生まれたんだろう。

――どこまでも噛み合わない会話が延々続いたが、私はどうしてもナナにシステム手帳代を貸す気になれなかった。

「じゃあ、ナナ、こうしよう。とりあえず、この手帳(イラストつきのタダ手帳)をあげるから、1ヶ月間、ちゃんとバイトしてごらん。それで手帳代の半分がたまったら、残り半分を貸してあげる。それで買えばいいでしょ?」

「……。だから、その手帳がないとバイト、できないの」
「できなくないよ。ハンバーガーショップのアルバイトの人が、全員、システム手帳を持ってるわけじゃないでしょ? システム手帳を持つなとは言わないけど、まずは働いてから欲しがらないと」
「…………………」

 まるで火星人とのやり取りみたいな、不毛すぎる押し問答を何度も繰り返した。口をへの字に曲げて、横を向くナナ。せっかくやる気だったのに、私にそれをジャマされたとでも思っているらしい。

 結局ナナは、ハンバーガーショップの面接にすら行かなかったようだ。でも、もしシステム手帳を買ったところで、たぶん、元を取る前にヤメてしまったと思う。

「あの仕事は私に向いてないみたい。もっとやりがいのある仕事がしたいのね」
 とか、なんとかいいながら……。

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