見出し画像

イラストレーターが、著作権を譲渡しながらリスクを低減する契約方法


※この記事は、『イラ通・スクール』の講義「著作権譲渡問題02 著作権を譲渡しながら、リスクを低減する契約方法」を転載したものです。

■ 著作権譲渡を行った場合のリスク

著作権譲渡契約を回避する交渉術」でも書きましたがーー
改めて、著作権譲渡を行った場合のリスクを箇条書きにしましょう。

1)イラストレーターが知らないうちに、様々な媒体・商品・サービス等で勝手に使われる可能性がある。

2)著作権を買い取った企業が、全く違う事業で使用する可能性がある。

3)著作権の再譲渡、転売、倒産、会社の合併吸収などにより、譲渡した企業とは別の企業(あるいは団体・自治体)が使う可能性がある。

4)著作権を買い取った企業が、フリーまたは格安の素材として、不特定多数に提供する可能性がある。

5)イラストレーターは、十分な報酬が受け取れない可能性がある。

6)思いがけないバッティングで、イラストレーターが損害賠償を求められる可能性がある。

もっとも怖いのはーー
「6)思いがけないバッティングで、イラストレーターが損害賠償を求められる可能性がある」でしょう。
個人のイラストレーターが背負うには大きすぎる金額になる可能性があります。

しかし実は、著作権を譲渡しながらこうしたリスクを回避する契約方法があります。
考案したのは、10年ほど昔です。
当時、著作権関連の書籍を数十冊と読んでみましたが、どこにも載っていませんでした。
著作権譲渡に困っている会員が多いことに心を痛めていた私が、独自に考案しました。
その後、顧問弁護士にアドバイスをいただいて完成させました。
これまで「イラ通」の会員と「イラ通・スクール」の受講生のみに教えてきましたが、今回初めて一般公開することにしました。
1人でも多くのイラストレーターの役に立てることを願っております。

■ リスクを低減する契約条件

こうしたリスクを低減するためには、次の六つを条件に著作権譲渡の契約をするといいでしょう。

1)著作権を譲り受けるものは、その著作権を再譲渡しない。

2)著作権を譲り受けるものが破産・解散・廃業等となった場合は、その著作権は著作者に返還される。

3)著作権を譲り受けるものが吸収・合併・買収された場合は、契約内容を引き継ぐ。

4)その著作物の利用範囲を、特定の商品・サービス、あるいは特定の事業・業種に限定する。

5)著作権を譲り受けるものは、その著作物の利用を第三者に許諾しない。ただし、4)で定めた商品・サービス・事業・業種の宣伝・紹介には、例外的に許諾して構わない。

6)著作者が競合他社で生涯に得るであろう収入に匹敵する額の報酬を支払う。

1)の解説:

再譲渡を禁じます。再譲渡は、思いがけない商品(またはサービス)で使われ、バッティングが発生する原因となります。再譲渡を禁じることで、そのリスクを回避できます。

2)の解説:

著作権を買い取った企業等が破産・解散・廃業となった場合に、思いがけない第三者に著作権が渡ることを防ぎます。破産した企業に現金がない場合、債権者が著作権を差し押さえることも可能です。そうした事態を防ぐことが可能となります。


3)の解説:

著作権を買い取った企業等が、吸収・合併・買収された場合に、契約内容が変わってしまう可能性を防ぎます。ポールやジョンもこうした理由で、ビートルズの楽曲の著作権を失いました。この文言により、こうした事態となることを防止できます。

4)の解説:

著作権を譲渡したイラストレーションが、思いがけない商品やサービスに使われるトラブルを回避します。これによって不測のバッティングが発生することを防止できます。

5)の解説:

著作権を買い取った企業等が、思いがけない第三者に使用を許諾するトラブルを回避できます。ストック・イラストレーションへの使用も防ぐことができます。ただし、許諾している商品(またはサービス)が雑誌やWebで紹介されることは、許可しています。これは、多くのクライアントが希望すると思います。その商品が売れることに貢献することこそが、イラストレーターの役目です。「こうした紹介記事に関しては、許可しておきたい」と、私は個人的に考えています。

6)の解説:

十分な報酬金についてです。著作権譲渡の場合、必ず十分な報酬金をいただくようにしましょう。

どんな仕事であろうと、最低でも100万円だと思います。

これは、作品1点の値段ではなく、このお仕事で描く作品全ての報酬を合わせた金額です。

10点描くのなら、10点で100万円ということです。

このお仕事で描くのが1点だけでも、100点でも、今後競合のお仕事ができない影響は同じです。

点数に関係なく、100万円程度はいただくことをお勧めします。

報酬金額は、そのイラストレーターが今後競合他社の仕事ができなくとも損害が出ない金額にすべきです。

妥当な金額は、イラストレーターによっても違うし、使用される商品にもよります。

その業種で毎年10万円程度の売り上げがあるイラストレーターなら、その後現役で活躍しそうな年数分をいただくべきです。

その後30年は活躍するのならーー
10万円x30年=300万円
なのでーー
300万円程度はいただきたいですね。

しかし、それだけの報酬を支払ってくださるクライアント様は稀でしょう。 「それだけの報酬を支払ってでも著作権譲渡が必要なのか?」「利用許諾だけでも十分なのか?」クライアント様の希望を確認しましょう。

そして、十分な話し合いを持ちましょう。


■ この契約方法の「クライアント様」「イラストレーター」双方のメリット

私が考案したこの契約方法でも、クライアント様にとっての著作権譲渡のメリットは、ほぼそのままになります。

クライアント様は、この商品・サービス、あるいは特定の事業・業種限定ではありますが、自由に使えるようになります。

おそらく、多くのクライアントはこれをしたいからこそ著作権譲渡を希望すると思われるので、クライアントの望む使い方はできるはずです。

一方でイラストレーターの知らないうちに、ちがう商品・サービスなどで勝手に使うことができません。

書籍カバーとして描いたものを著作権譲渡したとして、それが知らないうちに不動産業の広告で使われることがなくなるわけです。

普通に著作権譲渡した場合に一番怖いのは、全く違う商品や事業の広告に使われて、思わぬところでバッティングになってしまうことです。

一般的な著作権譲渡契約ではそれが起こり得ます。
そうなると多額の賠償金を支払うことになる可能性もあります。
そんなことになってくると、怖くて広告の仕事ができなくなります。
だから「著作権譲渡をするべきではない」といってきました。

「他では使わないよ」と口約束していても、トラブルになった時は「言った」「言わない」で揉める可能性が高いです。

だとすれば、契約書で他では使えないように、定めておくのがいいと思ったのです。

おそらくほとんどのクライアントが望む使い方はこれでできるはずで、「これがいやだ」というクライアントは、関係ない商品やサービスでも使えるようにしておきたいのだと思います。

そうなると、とても危険なので、その仕事は断るのが正解です。

目の前の仕事欲しさに、自分のイラストレーターとしての未来を潰さないようにしましょう。


■ 実際の契約書での文章の例

一般的な契約書では、「著作権を譲り受けるもの」や「イラストレーターの名前」を「甲」や「乙」で表記することが多いです。

もし、「著作権を譲り受けるもの」を「甲」、「イラストレーターの名前」を「乙」で表記するのだとすれば、契約書の文章は次のような感じになるでしょう。(※注1)

1)甲は、その著作権を再譲渡しない。

2)甲が破産・解散・廃業等となった場合は、その著作権は著作者に返還される。

3)甲が吸収・合併・買収された場合は、契約内容を引き継ぐ。

4)この契約で甲が著作権を譲り受けたイラストレーションの利用範囲は、〇〇(商品名)のパッケージ、およびその商品の宣伝・広告、〇〇(商品名)を紹介する新聞・雑誌・Web等の記事に限定する。

5)甲は、この契約で甲が著作権を譲り受けたイラストレーションの利用を第三者に許諾しない。ただし、〇〇(商品名)を紹介する新聞・雑誌・Web等の記事においては、例外的に、甲は、その新聞社・雑誌社・Webサイト運営会社等に、このイラストレーションの利用許諾をおこなって構わないものとする。

6)本業務の対価として、甲は乙に金1,000,000円(消費税別)を支払う。

という感じになるでしょう。


ここで使っている番号は、あくまで、この箇条書きのためのものです。

実際の契約書では、他の条文もたくさんあるはずで、番号はその内容に合わせる必要があります。

ここでは、報酬額が6番目にきていますが、通常は、最初の方に報酬額が入ります。


■ 契約書は、大概の場合クライアント側で書いてくださる

大概の場合、クライアント様の内部に法務部等があります。
通常は、そこで契約書を書いてくださいます。
おおよその文章を伝えれば、清書してくださるでしょう。
クライアント様が書いてくださった契約書にそのままサインしてはいけません。
イラストレーター側のチェックが欠かせません。
精読しましょう。問題があれば、クライアント様に修正をお願いします。
「ここはこういう理由で受け入れ難いです。こういう内容に変更していただけませんか?」という感じです。
書き直していただいたら、またチェックしましょう。
問題があれば、何度でも修正をお願いします。
これを繰り返して契約書は完成します。


■ 契約書を自分で書かなくてはならなくなったら

ごく稀なケースだと思いますがーー
クライアント様の内部に専門家がいない場合は、イラストレーターが契約書の作成をお願いされることがあるかもしれません。

私は契約書の作成をお願いされた経験がないのですが、そういう話も時折あると聞きます。

そうした場合は、「イラストレーションの著作権譲渡契約書」の雛形をもとに、その仕事内容に合わせて作り替えましょう。

「イラストレーションの著作権譲渡契約書」の雛形は、ネットを検索するといくつか見つかるはずです。

例えばこちら:

https://kaisha-seturitu.net/contract/sample35.html

https://topcourt-law.com/intellectual-property/copyright-transfer-agreement

https://www.bizocean.jp/doc/detail/539874i/

「イラストレーションの著作権譲渡契約書」の雛形が載っている書籍もあります。

『駆け出しクリエイターのための著作権 Q&A 』https://www.amazon.co.jp/dp/476831385X/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_HTK1XKFYJ9YRBHY12HH1

『著作権で迷った時に開く本 Q&A』https://www.amazon.co.jp/dp/477820249X/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_ZT5GCZJBP1X9ZN5W06HZ

この2冊はイラストレーター向けの著作権解説本として、お勧めです。

契約書の文章はやたらと難しい表現であることが多いですが、そういう決まりがあるわけではありません。

わかりやすい文章でいいのです。

ただし、違う意味で読み取る可能性がまったくない、正確な文章である必要があります。

曖昧な表現は避けましょう。

全ての文で、主語を必ず入れましょう。

自分で書いた場合は、専門知識のある人にチェックしていただいた方がいいでしょう。

書いた契約書をクライアント様に見せると、修正の要望がくることもあります。

イラストレーターも納得のできる修正依頼であれば、応じましょう。

イラストレーター側にとって受け入れることが難しい場合は、クライアント様と話し合い、お互いの希望をすり合わせる必要があります。

自分で契約書を書くのは、少々難易度が高いかもしれません。
書く前に、契約書ついて勉強することをお勧めします。
参考になるのは次の本です。

『ビジネスパーソンのための契約の教科書』https://www.amazon.co.jp/dp/4166608347/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_D49EMHSRS3208H5K4TW2


■ 著作権譲渡のリスクを回避する秘策は、最後まで取っておきましょう

著作権譲渡を回避する交渉のコツとして、このリスクを回避する秘策は、最後の最後まで取っておきましょう。
著作権譲渡契約を回避する交渉術」で解説した交渉方法をまずは行って下さい。
まずは、「著作権譲渡の問題点」をしっかり伝えるべきなのです。
これが、イラストレーターの生活を破壊し、日本文化の衰退を招く、違法な行為であることをしっかり認識させるべきなのです。
それを飛ばして、いきなり今回解説した契約方法を提案してしまうとーー
クライアント様は「自分がしていることが悪いことだ」と認識できません。むしろ「わがままなイラストレーターのたわ言」だと思われてしまい、交渉はうまくいかなくなるでしょう。

前回の講義で行った手順を踏んで、それでもどうしても著作権譲渡契約する必要がある時に、今回のリスクを回避する秘策を提案するとーー

「イラストレーターにとってとても大事な著作権を譲っていただく」という認識がクライアント様の心の中に芽生えます。

するとクライアント様は「大きく譲ってもらったのだから、イラストレーターにも何かしてあげないと」という気持ちが自然に芽生えます。

こちらが大きく譲ると、相手も「何かを譲ってあげよう」と思っていただけるのです。

これは、いろんな交渉術の書籍でも紹介されている、交渉で自分の望む条件を相手に認めてもらうためのテクニックの一つです。 「まず先に、著作権譲渡の問題点をしっかり伝え、なんとか著作権譲渡を回避しようと努力する姿勢をクライアント様に見せること」は、「リスクを低減する契約方法」をクライアント様に呑んでいただく伏線ともなるわけです。

皆さんが幸せにイラストレーターとして活動できることを願って、著作権譲渡を求められた場合の対応方法を講義しています。

ぜひ、熟読し、どうしても著作権譲渡を要望された場合に、この内容を活用して下さい。

※注1:

「甲乙」表記による契約書をよく見かけますよね。
しかしこれに法的な意味があるわけではありません。
「甲乙」で表記しなくとも、契約書としての効力は変わりません。
むしろ「甲乙」表記は、取り違えによる事故の可能性があり、危険ですらあります。
イラストレーターが自分で契約書を作成するなら、「甲乙」表記は避けるべきだと考えます。
「甲乙」で略さず、「クライアント様の名称とイラストレーターの作家名」そのままで契約書を作った方が断然わかりやすいし、間違いがないでしょう。略するとしたら、クライアント様の「株式会社」を省く程度がいいと思います。
イラストレーターの作家名がペンネームである場合は、カッコで本名も入れましょう。「森流一郎(本名:森隆一)」という感じですね。例えば、契約書の初めに、こんな感じで書くといいでしょう。


株式会社◯◯(以下、「◯◯」という)、および森流一郎(本名:森隆一)(以下、「森流一郎」という)は、次のとおり契約(以下、「本契約」という。)を締結する。

これなら「甲乙」を取り違えてしまう事故は起きないですし、わかりやすいでしょう。
自分で書くならこの方法をお勧めします。

「甲乙」表記に関する参考ページ:https://www.cloudsign.jp/media/20210319-kouotsu/

「イラストレーターズ通信」は経済的にとても苦しく、森流一郎は借金をしてなんとか運営を続けております。もしよろしければ、サポート(投げ銭)をお願いします。団体の活動資金とさせていただきます。