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森山至貴作品個展Vol.1 

札幌で活動する混声合唱団リトルスピリッツのみなさんが、私の合唱作品だけを集めた演奏会を開催してくださいました。作曲家として、これほどに光栄なことはありません。これ以上は望むべくもない、というような名演の数々に、ああ、作曲家を続けてきてよかったな、と感じる幸福な一夜を過ごすことができました。

演奏者のみなさんへのお礼と、演奏会に来られなかった方への演奏曲紹介などを兼ねて、簡単に各ステージの感想を書きます。個展が開かれることなど一生でそう何度もあることではないので、ちょっと自慢げなところは大目に見ていただければと思います。

演奏曲目

オープニング 「最初の質問」

もともとは合唱団3団体によるジョイントコンサートのために書いた曲で、オリジナルの伴奏はパイプオルガンです。今回の演奏がピアノ伴奏版初演です。

舞台上の数名の語りによる問いかけからはじまり、客席から歩きながら舞台に上がる(歌い手もいる)演出があるなど、「演奏」と「入場・整列」を効率よく同時に達成してしまおう、という狙いの曲ですが、終盤の4声体で歌い上げるセクションまで無理なく音楽のテンションを高めていく音楽作りにより、単なる飛び道具ではない真摯な音楽としてこの曲が聴衆に届いたのではないかな、と思います。

「オープニングから泣いた」とのお客さまの感想、うれしかったなあ。

第1ステージ『太陽と海と季節が』

混声4部div.なし、中高生でも歌える平易な曲ですが、初演が比較的大人の団体(混声合唱団鈴優会)であったこともあり、抑制の効いた快活さが実は求められる曲でもある、と私としては思っています。

ぜひリトスピの演奏でこの曲を聞きたい、と思い演奏をお願いしましたが、メロディとハーモニーの魅力を最大限に引き出す、細部まで完璧に磨き上げられた歌い口の演奏で、お願いしてよかったと心から思いました。

「水平線に沈んだ太陽が」選手権があるなら世界新記録で優勝間違いなしの男声に、最大級の賛辞と感謝を捧げたいです(「海の記憶」のクライマックスのことです。男声ユニゾン、気持ちよく歌うと暴発気味になり、かといって音量をセーブすると曲のテンションが失われる、やっかいな箇所なのです)。

第2ステージ『さよなら、ロレンス』

朝日作曲賞の受賞作で、私としても思い入れの強い曲なのですが、四元康祐さんのあまりにも独創的な詩句、高い難易度ゆえ全曲再演の少ない曲です。

リトスピの演奏は、音楽的な課題をすべて難なくクリアしたうえで、曲がもつグロテスクさやえげつなさを、まるで聴衆に襲いかかるかのように表現するもので、私自身「こんなに強烈な曲を書いたのか私は」と思い知らされました。初演や再演で歌ったことのあるお客さまが、一様に絶句するかのように「おそろしい名演だった」とおっしゃるのが印象的でした。

正直、これを越えるロレンスの演奏はもう出てこないんじゃないか、と思ったことをここに告白しておきます。この曲で私が表現したかったことのすべてが、しかしその「すべて」を遥かに凌駕する形でそこにある、そんな演奏でした。

第3ステージ 男声・女声曲から

休憩を挟んで単声ステージ。

男声曲は「どのことばよりも」男声版と『始原の蛇』から「きみの、そしてぼくの」。前者は風通しのよい爽やかさ、後者は深みのある疾走感を出す必要がある、難易度的にも曲調的にも異なる志向性をもった2曲です。それぞれの魅力の背後にしっかりと男声合唱に求められている安定感を感じる、耳に心地よい演奏でした。

女声曲は『おてんきのうた?』より「傘立てに」と「地球の午後」。いずれもシンプルな曲ですが、浮足立たない若々しさが必要とされている点で、実はじっくり聞かせようと思うと音色の選択などが悩ましい曲です。リトスピさんの歌い手の世代や音楽の方向性とこの曲の目指すところがぴたっとハマる快演で、大変にうれしく感じました。

第4ステージ『新しいすみか』

大崎清夏さんの同名の詩集から4編を選んで作曲した、今回の演奏会のための新作です。「ラップを取り込んだJ-Pop」を横目に見ながら合唱の作曲家は何を書くべきなのか、という問いに取り組んだ曲で、いくつもの記譜法上の工夫を駆使しながら語りと歌をシームレスに繋ぐことを狙いました(曲自体はまったくヒップホップ調ではないです、念のため)。

語りと歌の同居の最大の課題はタイミングの設計ですが、リトスピのみなさんは非常に楽譜を丁寧に読み込み、練習を重ね、ある意味演劇的とも言えるこの曲を、非常に高い精度でリアライズしてくださいました。

大崎さんの詩を非常にパーソナルなものとして、私自身に引き付けて読んだためか、曲自体は非常に甘やかで切ないものになっています。リトスピさんの感情表現の豊かさによって、この「自伝的」な作品に、繊細で温かい息吹を吹き込んでいただきました。素晴らしい初演でした。

大崎さんにも初演をお聞きいただけたこともうれしかったです。余談ですが、打ち上げでスピーチの代わりに大崎さんがこの詩集から「ウムカ」という詩を朗読してくださったんです。これが、歌に精魂を込める人々への詩人からのねぎらいのようにも感じられ、私、ちょっと泣いてしまいました。詩集をお持ちの方はぜひお読みになってみてください。

アンコール

1曲目は北海道にちなんだ名曲のアレンジを、ということで、私編曲の「1/6の夢旅人」。北海道のみなさんにとって大事な曲を私に預けてくださったこと、本当に光栄でした。

2曲目は「この世界のぜんぶ」。個展vol.0(があったんです。なのでvol.1は実は2度目の個展)で初演された曲で、前日練習で「vol.0からバトンを引き継いでのこの曲の演奏なんだ」と指揮の北田悠馬さんがおっしゃっていたのが忘れられません。積み重なって、縁がつながって私は音楽家として生かされているんだなあ、と強く感じました。

演奏は2曲とも、底抜けに明るく多幸感に満ちたもので、私の書く譜面をこんなに面白がって楽しんでもらえたんだ、本当によかった、と深く安堵しました。お客様にも最高に幸せな気分で帰路についていただけたのでは、と思います。

おわりに

長文になってしまいました。最後にもう一つだけ、改めてリトスピのみなさんにお礼を言わせてください。

合唱団にとって、ひとつの演奏会を丸ごと特定の作曲家の作品で構成することは、大きな賭けだと思います。だってお客さまが「この作曲家、苦手だな」と思った時、他の作曲家の作品を演奏して「演奏会全体としては悪くないでしょ」とアピールすることができないのですから。

だから、どちらかというと一筋縄ではいかない曲ばかりを書いてきた私にとって、リトスピのみなさんが個展をしてくれることは本当にうれしかったけれど、勝ち目の少ない賭けを強要することになっているのだろう、と、実はかなり申し訳なくも感じていました。

でも、本番の演奏を聞いて、そんな逡巡が私の杞憂であったことを痛感しました。私の曲の中に眠る、私も知らない私の曲のさまざまな魅力を、鮮やかにリトスピのみなさんは引き出してくださったのでした。

打ち上げで指揮の北田さんに「僕は個展向きの作風の作曲家ではないと思う」とこぼしたときに、北田さんが「そんなことはない、こうしていろんな方向性の曲を書いているじゃないか」と言っていただけたこと、本当にうれしかったです。そう思ってくれている人が引っ張ってくれたからこそ、この個展はこれほどまでの成功を収めたのだと思います。

北田さん率いるリトスピのみなさん、共演者のみなさん、本当にお世話になりました。「今度はこういう違うテイストの曲も書いたんだね、じゃあ演奏してみよう」とまた思っていただけるよう、これからも誠実に、丁寧に新しい曲を書いていくことを誓います。本当に、ありがとうございました。

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