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2024.8.11 相葉裕樹が贈る「黄金風景」 朗読&トークショー at船橋市民文化ホール


広い舞台の真ん中にポツンと置かれた椅子。
颯爽と出てきた相葉は椅子に座り、おもむろに太宰の小説を読み始める。
侍戦隊シンケンジャーのシンケンブルー役でおなじみ、俳優や声優として活躍する相葉裕樹が太宰治の小説「黄金風景」の朗読を始めた。

【黄金風景あらすじ】
「私」は子どもの頃、いつものろくさい女中のお慶をいじめていた。
ある時などお慶を蹴り、「一生覚えております」とうめくように言われたこともある。
時を経て成人した「私」は、家を追われ生活に困窮し、なんとか人の情けで小さい家を借りたが、疲れ果てていた。
そんな折、戸籍調べの巡査がやってきて、たまたま同郷だった巡査はお慶の話をする。
「お慶はいつもあなたのお噂をしていますよ」
20年前、のろくさかった女中に対して行った悪行の数々をはっきり思い出し、耐え難い思いをする「私」。
そして後日、巡査がお慶を連れてやってくる。
お慶は品のいい中年の奥さんになっていて、子どもと夫を連れて、絵のように美しく並んで立っている。
居ても立っても居られなくなった「私」は「用事があるから」とその場を逃げ出し、町をさ迷い歩く。
心のどこかから「負けた、負けた」と聞こえてくる声。
再び家に戻った頃、家の前の浜辺でお慶親子3人が海に石投げをして、笑いに興じている。
「あの方は目下のものにもそれは親切に、目をかけてくださった」…お慶の話す声が聞こえてくる。

……「負けた」……

立ったまま泣く私。
でもお慶の家族の勝利は私にも光をくれた。

小説内に出てくる夾竹桃は船橋市市民文化ホール庭に植えられている

あらすじも知らないまま始まった朗読だが、先の展開が読めないまま、ハラハラしながら聞き入ってしまった。
相葉の語り口で情景が鮮明に浮かんでくる。
聞きやすいスピード感、耳に心地よい落ち着いた低めのトーン、大げさな抑揚はないのにたまにあるセリフが際立ってくる声の調子、「私」の感情が微細に伝わってきて、聞いているこちらまで嫌な気持ちになったり、惨めな気分になったり、気持ちのざわざわを掻き立ててくるところは、さすがプロだった。
小説は昔の言い回しがあったり、丁寧な説明がなく情景が変わったりするのだが、観客は置いてけぼりにされることなく、最後まで心地よく映像が浮かぶような朗読だった。

これは昭和14年に書かれたのだが、こういう気持ちわかるなあ、という心理描写の鋭さがあって、この小説自体、非常に興味深い題材だ。
昔はお坊ちゃんだったのに今は落ちぶれて食うや食わずの生活をしている「私」と、昔はのろくさい女中だったのに、今は立派な奥さんになっていて、家庭を持ち、絵に描いたような幸福を手に入れているお慶。
やり切れない「私」に対する、お慶の明るいほがらかさ。
「私」のように、のろくさい人間に意地悪する気持ちとか、「あんなことしなければ良かったのに」と後悔しながら思い返すときとか、状況がひっくり返って惨めな気持ちを覚えることとか、共感できるところがいっぱいある。
「私」は今の暗澹たる状況が恥ずかしく、お慶を羨望とまぶしさと後悔の念でいたたまれなく思っているが、最後の「負けた」は悔しさと諦めを超えた、救いと希望の光があった。
お慶に許されて、光を見出す「私」。

「私」のように冷たくて思いやりなく相手に仕打ちをするような、ドロッとした心持ちを誰でももちろん持っていると思うが、願わくばお慶のような心のおおらかさと人間としての成熟味を育みたい…
小説のさわやかな後味が、そんなふわっとした理想を思い起こさせた。
相葉の好青年らしい透明感が小説の爽やかな後味とぴったり合い、夏の暑さすら和らげるような朗読会。
行って良かった。


市のイベントなのでグッズ販売などは一切ないが、この3体だけ飾られていた

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