仲間を探す
仲間が欲しくなったので問屋へ行ってみた。
それは昭和の頃に作られた古い橋の下にひっそりと建っていた。レンガ造りの小さな建物で、ピザを焼く竈と言われても納得できそうだ。
全体が蔦やなんかでめちゃくちゃに覆われ、近くには幅の広い川が流れている。流れも速い。ネットの情報によると、大河ドラマなんかでたまに使われるらしい。
赤いドアは薄汚れている。誰もここを掃除しようだなんて思ったりしないのだ。ガラスは中が見えないように直接模様が入っている。鍵が開いているのか分からない。
それだけで引き返す理由には十分だった。でも家に帰ったからといって、他にてっとり早く仲間を作る方法なんて分からない。結局僕はドアを押す。
開けるとからんからんと音がする。元は喫茶店か、バーだったのではないか。
中は意外に片付いている。クリーニング屋みたいな感じだ。正面にカウンターがある。コンビニみたいに明るい。そこには髪の長い、ちょっと訳ありという感じの女性がいる。20代後半くらい。右目を髪で隠している。
僕と彼女以外に人はいなかった。狭い部屋だったし、四人も入れば満員だろう。
近づいても、彼女からの挨拶も何もない。僕の言葉を待っているようだ。後ろの壁にもなんの張り紙もない。メニューとか値段とか初心者おすすめとか、そういうものがあってもいいだろうに。裏に通じるドアがあるだけだ。
「あの」
と、僕は仕方なく声を発する。
「はい」
彼女が反応する。
「仲間を探しているのですが」
するとどんな仲間が欲しいか尋ねられた。
でも僕にはそれをうまく言うことができなかった。
「なんでもいいんですよ」
と、彼女が言う。僕みたいな客はよくいるんだというように。
「ええと、例えば?」
試しに僕はそう聞いてみる。すると彼女はとても大きなため息をついて、思い切り髪をかき上げる。私って、つくづくこんな面倒な客ばかり来るのよねとかなんとか。
「例えば、一緒にどこかに行きたいとか、自分が悪いとき味方になってもらいたいとか」
僕は首を横に振る。
「別に知らない誰かと行きたくないですし、自分が悪かったらすぐ謝ります」
味方になんてなられたら、そのときはよくても、あとでもっとややこしいことになるだろう。弱みを握られる恐れだってある。
「ならなんであなたは仲間が欲しいんです?」
そう言って僕を見る彼女の目は、一週間分くらい溜まった洗い物の山を見るような感じだった。
とにかく、と僕は言う。「知らない人は嫌です。でも僕のことを知っている人も嫌なんです。そんな仲間が欲しいんです」
もちろんそれ相応のお金は払う。
「それは有名人とか、そういうことなんでしょうね」
僕はその言葉を少しだけ考えて、やがて静かにうなづく。
それで彼女は何やらその要望を白い紙に書き綴る。
「それで、お求めになるのはそういう友だち、ということでしょうか」
ともだち、と、僕はそこでまた考え込んでしまう。
「すみません。友だちではないと思います。僕が欲しいのはあくまで仲間なんです」
「ではあなたのおっしゃる仲間と友だちとの違いはなんです?」
テキパキとメモを取りながら、女性が尋ね る。
「僕だけの価値観でいいんですね?」
と、僕は一応そう前置きしておく。また溜まった汚れ物を見る目で見られたくない。
どうぞというように彼女は作業を続け、それから無言で髪をかき上げる。
「僕にとっての友だちというのは、どんどん仲良くなって、なれなれしくなって、最終的に嫌になるものです」
彼女は小さくうなづく。正直僕はそこで何か反対意見が出ると思っていた。でも彼女はそれを黙って聞いてくれていた。
続ける。
「でも仲間はそうはならない、いや、もちろんそうなる可能性もあるんですけど、なりづらくはあります」
「つまりあなたは何かのビジネスパートナーを求めてここへやってきたと」
まあそんなところだと、僕はうなづく。「でもビジネスではないんです。そういう仲間が欲しいんです」
「利益の追求はなし」
僕はうなづく。もしそういうことをしたければ、ハローワークへ求人を出すなり、転職サイトを頼るだろう。
「わかりました」
と彼女は答える。それから僕の名前と住所と連絡先を紙に控える。それを持って左側の壁にあるノートパソコンに向かう。
「そういうお客さん、多いんですよ」
「そうなんですか」
彼女は小気味よくキーボードを叩く。
「手配できました。明日から発送できますよ」
「どんな人が来るんです?」
「人ではありません」
「え」
彼女はパソコンを持ってきて、僕に見せる。そこには大きな熊が両手を挙げて映っている画像がある。
「熊です」
言っている意味が分からない。
「そういうときは人よりも動物がいいんですよ」
「え、いえ」
「今ちょっと猫や猿が品切れでして。でも大丈夫です。この子はサーカスにいたので、人を襲ったりもしません。彼は完璧にあなたの求めるお仲間になれるでしょう」
「い、いや、でも。いきなり家に熊を寄越されても。アパートですし」
だが女性は引き下がらない。
「まあ人ではないですけど。有名ですよ。ほとんどの人が彼のことを熊だと存じています」
いや、トンチじゃないんだから。
彼女はなおも説明を続ける。
「それに、ご飯の上げ方次第では、友情関係の調整もできます。もし完璧に服従させたいのなら、何日もご飯を抜いて、死にそうになったところにちょっとずつ与えてあげればいいんです」
なんて言いながら、彼女はカタカタキーを叩き続ける。
「ではクレジットカードを貸してください。それとも現金でしょうか」
「いや、だから!」
僕の声も少し荒くなってくる。
「熊と一緒に寝ると温かいですよ」
「いい布団を買うよ」
ちっと彼女は舌打ちする。わかってきたけど、この女は見た目や言葉だけは丁重な感じに取り繕ってはいるが、本当は客のことを家畜かなにかだと思っているに違いない。
「こんなのがお仲間にいると、心強いですよ」
もう僕は返事もしない。「違う人を紹介してくれないなら帰ります」
結局彼女も熊の発送を取り消して、なんとか僕の要望に応えるような人を選びだした。
後日やってきたのは、痩せた男だった。髪が肩まである。
入り口で彼は問屋の紹介状を渡す。でも何も言わない。僕の部屋に上がり込んで、担いでいたリュックから何やら専用のペンとタブレットを取り出して、机の上に設えていく。
見ていると、それを使って絵を描き始めた。
描いているのは漫画のようだ。
彼がトイレ立ったときチラッと見たけど、少年誌で見るような絵で、素人目にもそれがすごくうまいことが分かった。
SNSで発表している人気の漫画家というのは後で知ったことだ。
彼は僕の問いかけにも一切答えなかった。ヒトの机に陣取り、黙々と原稿を上げて行く。たまにトイレに行く以外移動はない。
お昼はウーバーイーツを頼む。むろん彼一人分だけだ。
それで夕方五時になると机を片付け始め、家を出て行く。
翌朝8時に彼はやって来た。
そしてまた同じことを始める。
押し問答をするのも面倒だったので、僕は彼を置いたまま仕事へ行った。帰ってくると彼はいなくなっいてた。
そういう日がずっと続いた。休みの日は一緒にいる。
これが仲間なのか。いや、少なくとも僕の求めていたものではない。だが、僕があの女性に要求したものではある。
それに限りなく近いことは確かだ。
だから返品しようにもうまい文句が思いつけない。まあだが熊よりはいい。
そうやってズルズルと、僕と仲間の生活が始まった。
彼は僕のことなんてまったく気にかけないし、一言だって口もきかない。
ただし、できた漫画の最新号を見るのだけは許してくれた。
ウーバーイーツが来たときそっとタブレットを僕に渡すのだ。そうして彼がオムライスやらブロッコリーやらを食べている間、僕は黙々と漫画を読むことになる。
それですっかり彼の作品の虜になってしまった。
でも彼は依然と口を聞いてくれなかった。
作品は評判で、週刊誌の依頼が来た。何故か僕の携帯電話に。
僕は彼とメールでやりとりをして、連載の打ち合わせをした。そうやっているうちに編集者との橋渡し役になった。
やがて僕は仕事を辞めて彼のマネージャーになった。僕以外にやる人がいないのだ。彼は相変わらず一人でずっと描いていたし、おまけに僕の仲間なのだし。
彼の本がさらに売れるようになると、編集部の勧めで会社を作ることになった。それで僕は一人女の子を雇った。彼女が雑用をしてくれたので、僕の仕事は楽になった。
そうして新しくオフィスを借りた。さすがに今のアパートだと、防犯上問題があったから。
問屋の女性は、熊の紹介を断った腹いせにこの漫画家を紹介したのだろうと思う。でも僕にとっては中々良い仲間だったようだ。
彼女には今度うまい羊羹でも送ってやろうと思う。
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