それで生き方あってるのか
最近の感覚
なんだか、ここのところ、目を閉じた時に漂う白いモヤを追いかけてみることが多い。
やや少し前の光や影の残像だったりする。それらがこれから今まさに何かへ変化する様を絵に描いたりして捕らえようとしている。
つまらないといえばつまらないし、「 楽しいのか? 」と訊かれれば「 楽しくない 」と答える。
あまり、「 おりてくる 」とか、「 みちびき 」とか、そういう感じ方が好きではない。
僕は、自分自身の五感でもって、この空間(世界)をスキャンしたいんだなぁとよく思う。身体性を疎かに見失うくせに第六感なんてものに飛びつく必要がない。全く必要がない。
視覚の復活はじまる
ここ、2年くらいか、失ったものは、少しずつ少しずつ戻って来た気がする。
今は、一日の中で1時間ほど本を読めるようになったし、痛くて目が開かない事も減ってきた。
サッカーワールドカップを12年ぶりに見ることができた。やっとこの日が来たのだと自分自身に感激した。
目を使えるという事にこんなにも歓喜し、五感の一部を取り戻しつつある事を心の底から湧き出るぬくもりだと感じている。
自分の底
ホントのホントに、なにも考えもしないでコピーandペーストのように発する言葉も嫌いだ。いったい君は誰なんだ。キラキラした世界も好きではない。これは、すごくいいチョイスだと思うよ。
幸せだとか不幸だとか何でもいい。どうだっていい。こっちは生きてるだけで十分なんだ。大きなお世話だ。
ネットにも綺麗な言葉にすり替えられた ” こじらせ ” が溢れている。よくわからないものを追い求めてるから目に見えないありがたそうなモノに取り憑かれるんだ。
今は、引きこもりの友に会いたいよ。自殺した友にも会いたいね。今の今を死にそうにもがいてる人の声が聞きたいね。
君の本当の声が聞きたいもんだね。重ねられた思い込みの霧や綺麗な空気から一歩だけ外に出た君の声を。
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