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2019年れいわ祭り 島田雅彦氏のスピーチ

 島田雅彦です。友達、少ないんですけど、山本太郎さんは、非常に親しい友人なので、ここに参りました。

 国民が生まれてから死ぬまでに払う税金の総額ってのはどれくらいなのか、という問題があって、所得税、住民税、相続税、消費税、喫煙者はタバコ税、酒飲みは酒税、自動車税、固定資産税など、さまざまな名目で払われていますし、これに、厚生年金と健康保険料とか、雇用保険の料金を加算しますと、年収500万くらいの人で年間120万円くらい払うことになります。同じ年収のまま40年間働いたとして、退職金2000万もらったとして、生涯賃金は約2億2000万ほどになりますが、税金は累計で4500万円以上になるでしょう。生涯に稼ぐお金の2割以上は税金で持っていかれてしまうんですね。ヤバいですね。

 これは政府に搾取(さくしゅ)されてるといっても、過言ではないほどの税負担を強いられてるということです。ですから、国民はもっと税金を公平に、有益に使え、と政府に要求する権利があるはずです。年金資金を博打まがいの株式運用にまわして損失を出したのだから、年金返せと言うべきなんです。防衛上は、ほとんど意味のないミサイルを配備したり、演習にしか使わないポンコツの戦闘機を爆買いしてアメリカに無駄金を貢いでることに、もっと怒っていいんです。

 さらに政府は消費増税をし、家計を圧迫し、なけなしの預貯金さえも搾り取ろうとしています。そんな泥棒政権をのさばらせていいんですか? 若者は定職を奪われ、将来の夢は早くから諦めなければならず、結婚や子育ての余裕もなく、年金も充分にはもらえず、その年金をもらう前に、飢え死にする心配もしなければなりません。三位一体化した政治家と官僚と大企業経営者は、仲間うちで利益を融通していくことにしか興味がなく、追い詰められた若者の境遇など一顧だにせず日本の未来を食いつぶしています。

 彼らは税金を私的に乱費(らんぴ)し、国民の財産を盗みましたが、本当の宝は奪えません。その宝とは、「私たちの良心」です。
一方、彼らが私たちから気前よく買ってくれたものがあります。それは「私たちの恨み」です。私たちの良心を奪えぬまま、恨みばかり買ったので、彼らは悪事を全うできず、再来週には断罪されることになるのです

 政府は、国民から完全に乖離しています。為政者はほんのひと握りの国民だけを優遇し、その他大勢をネグレクトしているのです。政府が絶対多数の国民に全く関心を払わないのだから、何を言っても無駄と諦めが支配してしまっています。国民は政治的無関心に誘導され、日本がどうなろうと知ったことかと思わされています。首相や閣僚、その不愉快な仲間たちがどんな不正を働いても国民は知らんぷりしてくれる、まさにそれこそ政府が望むところで、白紙委任状を受け取ったつもりでやりたい放題やってるのです。

 増税すれば生活にさらに余裕がなくなるのに、仕方ないと諦めてませんか? 原発を稼働するといえば電力供給のためだと目を瞑(つむ)っていませんか? 何の役にも立たないポンコツ戦闘機とミサイルを爆買いしても、自分とは無縁だと黙認していませんか? いよいよ戦争することになっても自分が戦うわけじゃないから、勝手にどうぞと判断停止していませんか? すべてを拒みたいのに服従するしかない状態に置かれていませんか? 国民は虐待されている子どもですか? 

 私たちは大人なのだから、この不愉快極まる現状を変えなければなりません。私たちには良心の自由もあれば、恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利もあるのだから、今、それを使わずにいつ使うんですか? 早くしないとその自由と権利を奪われてしまいます。投票に行きましょう。現政権の横暴を止めるために、山本太郎に、れいわ新選組に、あるいは野党共闘の候補者に一票を投じましょう。

 有権者が無知で無関心でいる限り、悪政は続くでしょう。礼儀正しく、大人しく、他人を攻撃せず空気を読む。そんな人々の沈黙の同意によって、不正や陰謀が見過ごされるのです。政治には期待しないとか、何を言っても無駄だ、などと言ってる場合では、もはやありません。投票に行かずにいると、自動的にならずものが権力を独占してしまうのです。ナチの専制を許したのも、そうした無関心の共謀だったじゃないですか? 政府が公益に奉仕することをやめたとたん、権力者を豊かにするシステムだけが、機能するようになります。政権与党は官僚と組んで巧妙に汚職を合法化し、国益を略奪することに専心するのです。経済は権力に従属し、公平な競争によって発展する市場は、機能しなくなります。行政機関は、政治に寄生する一部の権力者と官僚、その下請けを担う企業だけが潤うようにできているのです。民間の経済がいくら疲弊し、損害が出ようとも関知しないのです。公益と正義は口先だけで、多数派に同調し、国会では何も発言せず裏でこっそり私腹を肥やす、そんな連中をいくら国会に送っても税金の無駄です。

 良識ある議員は、今や少数派です。「太郎とそのなかまたち」は最後の頼みの綱なのです。太郎さんは、現在の悪政を正し、若者や子どもたちに押し付けられる負債を減らそうと奔走しています。こんなにコスパのいい議員が他にいますか? こんなお得な男がいますか? この国が辿る没落への道筋を修正しなければなりません。そのうち何とかなるという状態では、もはやありません。今すぐ始めなければ、個人資産を差し押さえられ、くだらない奴が威張り散らし、偽りを述べる者が愛国者と讃えられ、真実を語る者が売国奴と罵られた時代に逆戻りです。いや、もうそうなっています。政府はあたかも経済や外交も順調で、原発も無事であるかのように国民を騙し続け、ひたすら現実逃避をおこなっているのです。政府が紡ぐファンタジーを鵜呑みにしていると、戦時中と同じように国民は財産を、家族を、友人をそして、自分の命まで失うことになります。

 報道機関は、今でも真実を伝えることに及び腰で、政府の顔色ばかり見ています。その結果、政権批判や日本が直面する、暗い現実は穏便に改変されてしまい、危険なファンタジーの宣伝に協力してしまっているではないですか?

 そんな中で、山本太郎と勇気ある当事者たちが、覚悟を決めて立ち上がってくれました。やっと期待をかけられる人々が現れてくれた、そんな思いです。彼らには、お金はありませんが、しがらみもありません。市民の代表には、彼らのような当事者意識を持った、普通の人々こそがふさわしいのです。彼らの憂鬱、彼らの怒り、彼らの悲しみ、そして彼らの希望を共有してくれる人が、思ったより遥かに多いと信じます。ただすれ違うだけだった相手が、今まで言葉を交わしたことのなかった隣人が、住む世界が違うと思っていた他人が、互いに同じ未来や理想を見ていたことに気づいたとき、新しい世界、新しい国が産声を上げるのです。心の中には、すでにあった理想の国が、突然、出現するでしょう。「そうなって欲しい」が、「そうなった」ということは、歴史上いくつも前例があるのです。

 理想主義者、私たちを含む理想主義者に向かって、「現実を受け入れろ」と、したり顔で言う人は見えないところで、こっそり舌を出してるものです。今ある現実に充分満足している人は、必ずズルをしています。

 まんまと人を出し抜いたつもりでいる現実主義者たちに言いたい。人は現実だけでは生きられない。だから、現実を変える自由と権利を行使するのだ。

 政権与党の人々も、官僚も決して本当のことを言わず、曖昧な態度をとり続けています。誰も正解を知りませんし、そもそも正解があるのも確かではない。もう誰も真実に関心を持たなくなり、それが何のことか理解できなくなったころ、私たちは遅まきながら悟るのです。裏切ったのは誰で、ごまかしたのは誰か。嘘がどれだけ重ねられ、その嘘を覆い隠すために、さらにどれだけの嘘が加算されたか、私たちの耐えた従順さ、無関心と沈黙がどれだけ高くついたか。

 私たちが最後に手にするものは何か? それは恥、憤懣(ふんまん)、後悔、絶望です。日本を私物化してきた連中は何ひとつ責任を取らないでしょう。もう、待ったなしです。骨になる前に抵抗しなければなりません。大化の改新ならぬ「れいわ」の改新を実行するのです。それができるのは、山本太郎とその共闘者たちです。私は、もう投票を済ませてきました。もちろん「山本太郎」と書きました。れいわ新選組には、希望的に1500万票獲得してほしい。友人を誘って投票所へ行き、奇跡を起こすのを手伝ってください。ありがとうございました


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