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基礎事項から近年の発展まで俯瞰的に解説――近刊『時系列データ解析』まえがき一部公開

2022年2月中旬発行予定の新刊書籍、『時系列データ解析』のご紹介です。同書の「まえがき」の一部を、発行に先駆けて公開します。

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まえがき

社会にある多くのデータは、時間とともに変動する時系列データである。本書は、このような時系列データの統計解析の理論を数理的な観点から解説するとともに、実際の解析例を紹介することで、読者に理論および応用の両面で時系列解析の分野を理解してもらうことを目標としている。

本書は、2部で構成されている。第I部は連続値時系列と称し、時系列解析における古典的な基礎理論および解析手法を記載している。第I部の内容は、慶應義塾大学理工学部数理科学科の学部4年生向けに開講されている講義「時系列モデル」の講義録をもとにしている。

第1章では、時系列(データ)の定義および分類を紹介するとともに、時系列分析の考え方を紹介している。また、時系列データが得られた際にはじめに行う分析として、時系列プロット、トレンドと季節成分の除去方法などを紹介している。

第2章では、時系列データの背後にある確率モデルである確率過程を定義し、時系列の最も重要な性質の一つである定常性や、時系列の変動の特徴を表す自己相関の数学的定義を与える。同時に、データから自己相関を抽出する手法を紹介している。

第3章では、時系列の変動要因の一つである循環変動(周期変動、サイクル、cycle)の構造を明らかにする手法であるスペクトル解析を紹介し、スペクトル密度関数およびその推定量であるピリオドグラムの定義や性質を紹介している。第4章以降は、時系列解析の中心となるモデリングを考える。

第4章では、時系列モデルの中でも基本となる線形定常過程を紹介し、このクラスに含まれるAR(自己回帰、AutoRegressive)過程、MA(移動平均、Moving Average)過程およびARMA(自己回帰移動平均、AutoRegressive Moving Average)過程を紹介する。

第5章では、観測された時系列データを使って、第4章で紹介したARモデルのパラメータを推定する手法、およびその推定量の漸近的性質である一致性、漸近正規性、漸近有効性を紹介している。

第6章では、時系列解析のモデリングに関する全体的な手順を俯瞰している。Box and Jenkins流のモデル作成手順は、モデルの同定、パラメータの推定、モデルの診断という三つのプロセスによって構成されており、とくにモデルの診断について重点的に記載している。

第7章では、前半で時系列モデルの予測についての基本的な考え方および手法を紹介し、後半でモデル選択規準を用いて次数選択をする手法を紹介している。

第8章では、第4章で紹介した1変量線形定常過程を拡張したVARMA(Vector Auto Regressive Moving Average)モデルなどの多変量モデルや、ARCH(AutoRegressive Conditional Heteroscedastic)モデルなどの非線形モデルを紹介している。

第9章では、第8章まで紹介した定常過程だけでなく、非定常過程も扱うことができる状態空間モデルを紹介し、その解析手法であるカルマンフィルタおよび粒子フィルタを紹介している。これらの手法により、予測などの統計解析が可能となる。

第10章では、空間データを扱った統計手法を紹介している。空間データとは、個々の値と並んで、それが観測された空間的位置情報が付け加わったデータを指し、時間情報が付与されたデータである時系列データの拡張と解釈することができる。本章では、とくに、地球統計学(geostatistics)とよばれる分野の中心的手法であるクリギングに焦点を当てて紹介する。

第II部は、最近注目を集める離散値時系列について、近年まで提案されているモデルやその解析手法および理論的結果を紹介している。

第11章では、離散値時系列の分類を紹介し、その一つのクラスである整数値時系列について、現在まで提案されている各種のモデルを紹介している。

第12章では、第11章で紹介したモデルの一つであるINAR(INteger-valued AutoRegressive)モデルについて、パラメータの推定手法および推定量の漸近的性質を紹介している。

第13章では、第11章で紹介したモデルを拡張した三つの整数値時系列モデルである、回帰モデル、隠れマルコフモデル、離散ARMAモデルの定義およびその解析手法を紹介している。

第14章では、整数値時系列以外の離散値時系列であるカテゴリカル時系列の定義およびその解析手法を紹介している。

また、付録では、理論的補足として、確率空間、確率変数、期待値などに関する数学的な定義や性質を記載している。本文にある理論的な定理の証明を理解するのに必要となる、基礎的な道具は用意したつもりである。

なお、本書では、応用面への配慮として、いくつかの章でRによる数値例という節を設け、解析例を紹介している。この例を実行するために必要となる、Rについての基本的な操作方法および本書で利用する関数の説明については、ウェブサイト(https://www.morikita.co.jp/books/mid/008251)で閲覧できるようにしている。また、本書で記載している図や解析結果のプログラムも、このウェブサイトから確認することができるので、参考にしていただければ幸いである。

(中略)

前述のとおり、本書の一部は慶應義塾大学理工学部数理科学科の講義資料がもとになっている。しかしながら、講義の限られた時間で時系列解析の理論体系および解析手法をすべて説明することはほとんど不可能であり、本書はそれを簡潔に俯瞰できるような参考書になっていると考えている。また、第II部で紹介している離散値時系列についての書籍は、2021年8月現在、著者の知る限り、少なくとも日本にはほとんどない。そのため、本書をこの分野の研究を始めようと考えている研究者や大学院生に、先行文献や理論背景を調査する参考書として利用していただければ幸いである。

(後略)

***

著:白石博(慶應義塾大学 准教授)


時系列データの解析は、経済学、工学、社会学、医学など、さまざまな分野で活用されています。過去のデータを分析して将来の予測をするために、さまざま特徴をもった数学的なモデルが開発され、研究されています。

 本書では、時系列データ解析の基本的な考え方から始めて、さまざまな数学的なモデルや解析手法を俯瞰的に解説します。

 さらに、Rによる具体的な計算例も紹介しており、自分の手で簡単に試すこともできます。

 はじめて学ぶときだけでなく、知識を整理したいときや、より発展的な手法について学びたいときにも役立つ1冊です。

【目次】
第I部 連続値時系列
 第1章 時系列
  1.1 時系列とは
  1.2 時系列プロット
  1.3 時系列データの前処理と変動分解

 第2章 定常性と自己相関
  2.1 定常性
  2.2 自己相関分析
  2.3 Rによる数値例

 第3章 スペクトル解析
  3.1 スペクトル解析とは
  3.2 スペクトル密度関数
  3.3 ピリオドグラム

 第4章 ARMAモデル
  4.1 ARモデル,MAモデル,ARMAモデル
  4.2 AR(1)モデルの定常解
  4.3 因果性
  4.4 可逆性

 第5章 ARモデルの推定法
  5.1 ARモデルの推定法
  5.2 ユール–ウォーカー法
  5.3 最尤法
  5.4 最小二乗法
  5.5 ホイットル法
  5.6 各推定量の一致性
  5.7 各推定量の漸近正規性
  5.8 漸近有効性
  5.9 Rによる数値例

 第6章 時系列モデルの診断
  6.1 Box and Jenkins流のモデル作成手順
  6.2 モデルの同定
  6.3 モデルの診断(残差系列の無相関性)
  6.4 単位根検定

 第7章 時系列モデルの予測と次数選択
  7.1 予測
  7.2 次数選択
  7.3 Rによる数値例

 第8章 多変量モデル,非線形モデル
  8.1 多変量モデル
  8.2 非線形モデル
  8.3 非線形モデルの推定

 第9章 状態空間モデル
  9.1 状態空間モデル
  9.2 カルマンフィルタ
  9.3 長期予測と固定区間平滑化
  9.4 非線形・非ガウス型の状態空間モデル
  9.5 粒子フィルタ
  9.6 Rによる数値例

 第10章 空間統計学
  10.1 空間データモデリング
  10.2 バリオグラムモデル
  10.3 クリギングによる空間予測
  10.4 Rによる数値例

第II部 離散値時系列
 第11章 整数値時系列モデル
  11.1 離散値時系列モデルとは
  11.2 INARタイプモデル
  11.3 INARモデルを拡張したモデル
  11.4 INGARCHモデル
  11.5 多変量整数値時系列モデル
  11.6 Rによる数値例

 第12章 INARモデルの推定法
  12.1 パラメトリック法
  12.2 セミパラメトリック法
  12.3 INARモデルの同定と診断
  12.4 INARモデルの予測
  12.5 Rによる数値例

 第13章 さまざまな整数値時系列モデル
  13.1 回帰モデル
  13.2 隠れマルコフモデル
  13.3 離散ARMAモデル
  13.4 Rによる数値例

 第14章 カテゴリカル時系列モデル
  14.1 カテゴリカル時系列とは
  14.2 カテゴリカル時系列の解析
  14.3 カテゴリカル時系列のモデリング
  14.4 Rによる数値例

付録 理論的補足
参考文献
索引 


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