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近刊『ベーテ仮設の数理』まえがき公開

2021年5月下旬発行予定の新刊書籍、『ベーテ仮設の数理』(著:坂本玲峰、アナトール N. キリロフ)のご紹介です。
同書の「まえがき」を、発行に先駆けて公開します。

ベーテ1

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まえがき

古典力学であっても量子力学であっても基礎方程式を厳密に解くということは例外的な場合を除き不可能である。人類が基礎方程式を手にしたといっても、実際にそれらを解くという問題は多くの場合数値計算によっても十分な結果が得られないほど奥深い問題である。この広大な宇宙を有限な存在である人類が理解しつくすことなど不可能な話であるので当然なことといえるが、学問の進歩という観点からはいくつかの選択が必要となる。本書で追求する方針は、量子力学の基礎方程式であるシュレディンガー方程式に対して例外的に厳密な解が得られるような場合を深く研究するという方針である。

あるモデルの基礎方程式が厳密に解ける、ということはそのモデルには何らかの例外的に良い性質が成り立っていることを意味する。したがってそのような系について深い解析をするとさまざまな良い数学的性質を発見できるし、また他のモデルにも拡張できるような実用的な知見を得ることもできるという二つの御利益がある。本書で題材とするモデルは、磁性体の量子力学的なモデルとして最も典型的なものの一つである1次元ハイゼンベルグ模型である。

1次元ハイゼンベルグ模型の厳密解は1931年にH.A.Betheによって導出された。彼の導入した手法は現在ベーテ仮設法とよばれ、深い研究がなされると共に広範な拡張がなされている。実際ベーテ仮設法によって解かれた重要な模型は数多くあり、その意味でこのモデルの研究は他のモデルにも拡張できるような実用的な知見をもたらした。本書の第I部は1次元ハイゼンベルグ模型に対する代数的ベーテ仮設法の解説である。注意しなくてはならない点は、この最も典型的な例においてすら実際には問題が完全に解かれてしまった訳ではない点である。そこで本書の記述ではこの場合のベーテ仮設法のどこまでが確立された内容であり、未解決な点はどこにあるのかという点を明らかにすることに努めた。筆者らの研究も含む最新の理論を数多く扱っていることは国内外問わず本書の特徴といえる。

一方本書の第II部ではハイゼンベルグ模型の深い解析によって知ることのできるさまざまな良い数学的性質について触れる。実は第I部においてもかなり詳しく議論するとおり、ハイゼンベルグ模型の研究は表現論との深い関わりをもっている。通常のハイゼンベルグ模型に対するベーテ仮設法はリー代数の最高ウェイト表現の具体的な構成を一般的に行う、という数学上の問題と考えることも可能である。第II部ではその点をさらに推し進めて量子群の結晶基底との関連を追求する。一般的なハイゼンベルグ模型の文脈では未解決問題が山積している非常に困難な問題であっても、結晶基底の文脈で考えるとある程度手が付けられる場合が多い。そうして得られる理論はまさに豊穣な世界であり、最先端の表現論、代数的組み合わせ論や各種の数理物理学の理論が織りなす広大な世界が広がっている。このような結果を見ていくと厳密に解けるモデルのもっている驚くべき深い世界の一端に触れることができる。

そのような意味で本書では数理物理学の一つの典型例をご紹介することとなる。ここで数理物理学という言葉は人によって大いに異なる意味で使用されているようなので一言説明を付け加えたほうがよいかもしれない。数理物理学者とよばれる研究者のうちある人たちは物理学者の仕事においてあいまいにされていた点をきちんと研究し、確固たる数学的基盤を築くことを目的としているようである。一方で筆者の観点は興味深い物理的模型や理論を深く解析してまったく新しい世界が見えることを目標としている。しばしばこの両者の違いについて、前者をrigorous、後者をexactという単語でいい表すことがある。もちろんrigorousかつexactであれば申し分がないのであるが、現実的には両者の間のギャップは巨大であることが多い。

本書の第I部は坂本とKirillov両名の共著であり、第II部は坂本による単著である。Kirillov氏の所属は数学系、筆者の所属は物理系ということで、形式的な面からも内容的な面からも本書は物理系、数学系のどちらの読者にとってもそれぞれに有益な部分があると思う。そのような広い範囲の読者を念頭になるべく基礎的な部分から書くようにした。場合によって耳慣れない内容に出くわすかもしれないが、その場合はあまり気にせずに読み進めるなり、本文中のキーワードを使ってネットで調べるなりしていただければと思う。わからない部分で悩んで長時間消費してしまうより、本文中の例をいじったりして何となくの感覚を作りながら先に進む方が有益な読み方であると思う。なお第I部と第II部は独立して読めるようになっている。また文献表も第I部、第II部それぞれ独立に作成されているのでご注意いただきたい。

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著:坂本玲峰  アナトール N. キリロフ

量子系の厳密解を構成するために有用なベーテ仮設法。
基礎理論からその背後に広がる数理までを最新の研究に基づき解説した一冊。厳密に解けるモデルのもつ驚くべき深い性質を堪能し、最先端の表現論・代数的組み合わせ論・各種の数理物理学が織りなす広大な世界の一端に触れる。

第I部では基本となる1次元ハイゼンベルグ模型を題材に代数的ベーテ仮設法を解説する。これまで未知であった部分も含め、最新の研究によって明らかにされた全体像を紹介する。その上で解明されている部分と未解明な部分とを明確に示した。

第II部では量子群の結晶基底を用いると第I部の理論の組み合わせ論的類似が構成できることを見る。結果として得られる理論は無限次元代数や代数的組み合わせ論における強力な道具を提供する。ここでは箱玉系とよばれるソリトン系との緊密な関係が鍵となる。

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【目次】

ベーテ目次1

ベーテ目次2

ベーテ目次3

ベーテ目次4

ベーテ目次5


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