見出し画像

「身体」と「空間」を使って考える私たち――『Mind in Motion』(バーバラ・トヴェルスキー著、11月刊行予定)

オンライン講義だと、内容が頭に入ってこない。PCに向かっても、企画書のアイデアが出てこない。リモート会議で、うまく意図が伝わらない……。自宅で勉強・仕事をする機会が増えた昨今、こんな経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。けれど、ノートにメモを取りながら聞いたり、散歩をしながら考えたり、直に会って話したりすると、不思議とうまくいったりします。なぜでしょうか。

それは、私たちの理解や想像力やコミュニケーションが、「身体動作」と「空間」に根差したものだからかもしれません。『Mind in Motion:身体動作と空間が思考をつくる』(2020年11月初旬刊行)の著者である認知心理学者バーバラ・トヴェルスキー教授は、たとえばこんな「実験」を紹介しています。

実験をしてみよう。お尻の下に手を入れて座り、家からスーパーマーケット、駅、職場、学校への道順を説明してみてほしい。これはただの思考実験ではない。高度にコントロールされた実験として実際に研究室で行っているものだ。手をお尻の下に入れて空間的な関係を説明しようとしても、話すのに苦労する。言葉が出てこないのだ。(『Mind in Motion』第5章より、渡会圭子 訳)

このように、人の心は、身体を動かしながら考える習性をもっています。それどころか、私たちが抽象的な思考のために使う言語、記号、カテゴリーといった枠組みそのものが、身体動作と空間に根差しているとトヴェルスキー教授は言います。

空間についての話と思考は、他の多くのものについての話や思考の土台となっている。その土台は脳に組み込まれている。(『Mind in Motion』第6章より、渡会圭子 訳)

身体動作や空間はどのように私たちの思考を形づくっているのか。そして、そうした思考は、科学・デザイン・アート・コミュニケーションなどの各場面でどのように使われているのか。心理学や脳科学は、どれほどのことを明らかにしてきたのか。『Mind in Motion』は、「人間が生きること」を丸ごと学問してきた著者ならではの視点から、数多くの研究を挙げつつ、ユーモラスかつ情熱的に、これらの問いに答えていきます。

(…)「世の中にあるモノ・他者・場所の中で生活をし、身のまわりの空間で生身の身体を動かし、空間を活用し、行動することを通して世の中に働きかけながら、世の中を認識し、新しい意味や生きる目的を見出すべく考え、そして、その思考を外に表象して世の中に働きかける」ことが、生きることの全貌である。Barbara〔原著者〕はそう説いている。(諏訪正樹「解説」より)
生活上の様々な事例に言及し、生活に根差した事例――コミックやアート作品はその典型――を心理学実験や研究の場に持ち込んでいる。生きることにまつわる認知心理学としての矜持がそこにある。(諏訪正樹「解説」より)

リモート学習/リモートワークで思考が煮詰まりがちな方は(もちろん、そうでない方も)、自身の「身体」と「思考」の関係を考えなおすきっかけとして、本書を手に取ってみてはいかがでしょうか。

書影配置用

***

『Mind in Motion:身体動作と空間が思考をつくる』

バーバラ・トヴェルスキー(著)、渡会圭子(訳)、諏訪正樹(解説)

「…見事。読者自身の体験についてのガイドツアーでもある本書は、思考についての新しい思考法を示している。」――ダニエル・カーネマン(ノーベル経済学賞、『ファスト&スロー』著者)
「私たちの論理的思考、言語、文化に埋め込まれた空間的思考についての、世界的第一人者による、魅力的な探究。」――スティーブン・ピンカー(『思考する言語』、『21世紀の啓蒙』著者)
「この魅惑的な新著にて、トヴェルスキーは動作や行動や身体がいかに私たちの思考の土台となっているかを示す。身体と身のまわりのものを認知・操作する仕方を利用しながら、心は脳と体から拡張し、世界と環境へと広がる。非常に面白く、非常に重要。」――ドナルド・ノーマン(『誰のためのデザイン?』著者)

思考は言葉がつくる? ……でも、私たちは人の名前より顔のほうが覚えやすいし、ジェスチャーで想いを伝える。あるいは、近道をする、チェスをする、バスケをする、家具の配置を考えるとき、私たちは言葉を介さず抽象的思考を行っている。

言葉以前にあるもの、それは「空間」内で行う「身体動作」だ。心と脳の科学は、「身体動作と空間的思考が抽象的思考の基盤である」ことを発見し、裏づけてきた。本書では、一連の研究を牽引してきたバーバラ・トヴェルスキー教授が、何百もの実験を取り上げながら、その最新科学を案内する。

アイデアを練る、説明書を書く、漫画を描く、建物を設計する…。そうした活動すべての背後にも、身体・空間に根ざした思考がある。いかにそのメカニズムを理解し、日々生かしていくか。科学・デザイン・アート・コミュニケーションに従事するすべての人に、発見と示唆を与えてくれる一冊。

【目次と各章概要】
第Ⅰ部 心の中の世界
第1章 身体の空間:空間は動作のため
人間は自分の身体に対する内的な視点を持つ。それは自らの動作と感覚によって形成される。一方、他のものについては、外見による外的な視点を持つ。ミラーニューロンは他人の身体を自分の身体に関連付け(マッピング)、それで私たちは自分の身体を通して他者の身体を理解し、自分と他者の動作を協調させることができる。
第2章 身体をとりまく球体:人、場所、物
人がどのように、周囲の人々、場所、そして物を認識し、分類し、理解するかを考える。椅子とか犬といった日常的なカテゴリーの多くは、共通の特徴を持つものを入れておく容器であり、より似たカテゴリーとの区別も担う。しかし常に区別できるわけではなく、だからこそ私たちは違うカテゴリーに共通する面や特徴について、さらによく考えなければならない。
第3章 いまここ、そしてあのときのあそこ:私たちのまわりの空間
身体のまわりの空間と、ナビゲーション空間が、心と脳でどのように描かれているかを検証し、この本全体の前提――空間的思考は抽象的思考の基盤である――を支持する事例を提示する。
第4章 思考を変換する
思考の表象と思考の変換を区別し、空間の変換と、それが何に役立つのか(いくらでもある!)を分析し、空間(認識)能力とは何か、それをどう身につけるかを考える。
第Ⅱ部 世界の中の心
第5章 身体は別の言語を話す
身体、特に手の動きがジェスチャーとなり、自分だけでなく他人の思考に働きかけること、協力の基盤である社会的なつながりを生むことについて考える。
第6章 点、線、視点:会話と思考の空間
線形の言語が、一つの視点(身体中心の内的な視点であれ、周囲の世界が中心の外的な視点であれ)を用いて、どのように空間を説明するか考える。内的な視点については、他人の視点に立つことが、ときとして自分の視点に立つより簡単であるという、驚きの事実を提示する。
第7章 他のほぼすべてについての話と思考
点、箱、線、ネットワークといった単純な幾何学的形態が、空間、時間、数字、視点、因果、その他すべてのものについての思考を表現することについて考える。
第8章 人がつくり出す空間:地図、ダイアグラム、スケッチ、説明、コミック
マークを空間に配列することで、私たちがどのように思考を表に出し、いま現在を超える意味を生み出しているかを検討する。過去と現在の表現を行ったり来たりしながら、デザインや空間、時間、事象、因果、物語についての思考のためのツールを使ううえでの教訓を引き出す。きわめて創造的で、ユーモアを織り交ぜたストーリーテリングであるコミックに特に光を当てる。
第9章 ページとの対話:デザイン、科学、アート
線画を通して芸術と科学をつなげる。人がページに思考を描くことで言葉のない会話を行い、目や手やマーク(描かれた印・痕跡)を使ってものごとを理解し、考え、明らかにし、創り出すのを見ていく。その後、ページを離れて心に戻り、創造力にとって重要なことを明らかにする。
第10章 世界はダイアグラム
私たちの空間での動作が世界をデザインすること、そのデザインが抽象的パターンを生み、それが目を引きつけ、心へと伝えること、動作がジェスチャーへと抽象化されて思考に働きかけ、パターンがダイアグラムとなって思考を伝えることを見る。空間での動きが抽象を生む。このスパイラルを私たちはスプラクション(spraction)と呼ぶ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?