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『定理のつくりかた』

「こんな証明思いつかない…」
「この定理、どんなふうにしたら考え出せるんだろう…」

数学を勉強した人なら、だれでもこのような疑問に直面したことがあるのではないでしょうか?

たしかに、教科書に登場するような「定理」は、才能ある数学者の手によるものかもしれません。しかし、そういった「才能」や「ひらめき」以前に、数学を学ぶ人なら誰でも身に着けることのできる(けどそれほど知られていない)「普遍的なテクニック」があるのです。今回紹介する『定理のつくりかた』では、そうしたテクニックを現役の数学者がやさしくひも解きます。

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『定理のつくりかた』まえがき(一部抜粋)

著:竹山美宏

 この本の目的は,中学校程度の数学の知識を前提として

数学者はどんなふうに問題を立てたり,解いたりするの?

という問いに対する私なりの答えをお話しして,読者のみなさんと数学の研究の疑似体験をすることです。一部で,高校で学ぶ内容を使いますが,必要な事項については本文で詳しく解説しますので,多くの方に読んでいただけると思います。

 数学者が研究を進めるときの考えかたは,数学の何を研究するか(図形なのか関数なのかなど)によって異なります。また,数学者はそれぞれ独自の研究スタイルのようなものをもっています。ですから,数学の研究といっても具体的なありかたはさまざまです。その多様さに比べると,私が知っている範囲はどうしても限られてしまうので,数学者が使っている考えかたのすべてをこの本で説明することはできません。しかし,そのなかでも,数学者がとくに意識することなく使っている基本的な考えかたがあります。この本では,そのような考えかたに焦点を当てて説明します。
 さて,そもそも数学の研究とはどのような営みなのでしょうか。上で述べたように,数学の研究のありかたは数学者によってさまざまですが,研究の進めかたには共通する側面があると思います。ここでは,それを次のように言ってみます。

自分の数学的な興味や関心を,
具体的な問題の形にして,
それに対するよい答えを見つけ,
その正しさを他者とわかちあう。

 このなかには3つの段階が含まれています。まず,問題を立てる段階。次に,その問題を解く段階。そして,自分の答えを他者に示す段階です。3つ目の段階は,数学者が自分の研究成果を論文などの形にして公表することに対応しますので,この本では「答えを書く」段階とよぶことにします。以上の段階を経て,数学の新しい定理が生み出されます。定理とは,正しいと証明されたことがらのうちで,とくに重要なもののことです。ここで「重要」とは,多くの問題を解くのに利用できる,ものごとの本質を簡潔に記述している,意外な結論で興味深い,などの意味で,数学的な価値があるということです。読者のみなさんも「ピタゴラスの定理(三平方の定理)」という名前は聞き覚えがあるでしょう。学校で習うさまざまな公式も,定理の一種です。数学者の仕事は,このような定理を発見し証明することなのです。

 この本の内容をもう少し詳しく紹介します。最初の第1部では,定理をつくるための基本的な考えかたを説明します。上で述べたように,研究は3つの段階「問題を立てる」「問題を解く」「答えを書く」からなります。これに対応して,第1章では問題の立てかた,第2章では問題を解くための考えかた,第3章では答えの書きかたについて述べます。自分が立てた問題の答えを書き下すことができれば,定理をつくる過程としては一段落つきますが,数学者はそこから新しい問題をつくってさらに研究を進めていきます。そこで,第4章では,解けた問題をもとにして新しい問題をつくる標準的な方法を紹介します。
 第2部は,数学の問題を解くときに使われる独特の技法の解説です。ここでは,場合分け・数学的帰納法・対偶の利用・背理法の4つを取り上げます。このうち,場合分けと数学的帰納法は第3部でも使いますので,詳しく解説します。
 最後の第3部では,ある有名な定理を題材として,その発見から証明までの過程を,読者のみなさんと追体験したいと思います。
 題材とするのは,オーストリアの数学者ゲオルグ・アレクサンデル・ピック(Georg Alexander Pick)が1899年に発表した定理です。この定理は,結論の意外さと簡潔さがとても印象的であるため,その価値が多くの数学者に認められており,現在では発見者ピックの名前をつけて「ピックの定理」とよばれています。ピックの定理の内容を理解するには,小学校で習う算数の知識があれば十分です。また,その証明も,中学校程度の数学の知識と,第2部で説明する数学的帰納法を使えばできますので,それほどおそれることはありません。
 第3部は,ピックの定理の内容とその証明から,数学の研究の現場で用いられる考えかたを取り出して,定理の発見から証明に至る過程として配置した物語です。ただし物語と言っても,架空の登場人物が数学を語りあう小説のようなものではありません。本来なら,ピックの定理の発見から証明までの過程を語ることができるのは,ピック本人だけでしょう。しかし,それを私たちが聞き取り,学ぶことはできません。ピックは,1942年にナチス・ドイツによってテレージエンシュタットのゲットー(ユダヤ人強制居住区域)に送られ,その後すぐに亡くなったからです。ですから,第3部の内容はピックの定理の発見に関する歴史的な事実ではありません。その意味で物語なのです。この物語を通して,数学の研究の進めかたの一例を示すのが,第3部の目的です。
 巻末には付録として,数学における文字の使いかたの解説を置きました。必要に応じて参照してください。

 以上の内容に加えて,この本では,数学とはどのような営みであるのか,どういうことに価値を置くのか,それを守るために何を心掛けなければならないかについても,私なりにお話しします。そして,数学が,大学入試のように人間を選別するためのものではなく,本来は人々がともに生きていくことのなかから立ち上がる喜びに根差した営みであることを,改めて確認したいと思います。

出典:『定理のつくりかた』まえがき

竹山美宏(たけやま・よしひろ)
筑波大学数理物質系教授。専門は数理物理学。量子可積分系に関連する差分方程式・特殊関数・表現論・組み合わせ論に興味をもっている。著書に、『日常に生かす数学的思考法』(化学同人)、『線形代数』『ベクトル空間』(日本評論社)など。

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本書は、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の著者である新井紀子先生から推薦の言葉を頂き、Twitterでも「激推し」していただきました!

*新井先生推薦文*
本書に出会うことができた幸運な読者は、一緒にノートを買って帰ろう。
欲張らず、毎日一節ずつ読み進めよう。
最初に音読する。
次に、一段落ずつ読んで、何が書いてあるかを自分の言葉でノートに箇条書きしよう。
問題例は図とともにノートに写して、まず一人で考えてみる。
1時間考えてどうしようもなかったら、解説を読んでみよう。
そうしてこの本を読み終えたとき、あなたはそれまでまったく読めなかったはずの数学書を驚くほど読めるようになることだろう。

数学科の学生さん、小中高の数学の先生方はもちろん、数学を学ぶ方すべてにお勧めの一冊です。

【目次】
第1部 定理をつくるための考えかた
 第1章 問題の立てかた
 第2章 問題を解くための考えかた
 第3章 答えの書きかた
 第4章 新しい問題のつくりかた
第2部 数学の技法
 第5章 場合分け
 第6章 数学的帰納法
 第7章 対偶の利用と背理法
第3部 ピックの定理をめぐって
 第8章 問題を立てる
 第9章 問題を解く——公式を見つける
 第10章 問題を解く——証明する
 第11章 答えを書く

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