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商売が苦手なイラストレーターのための仕事のつかまえかた~第1章

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第1章

◆商売をしていますか?

 ・イラストレーターは商売が下手?

いまこの本を手に取っている方の多くが、イラストレーターを目指している、またはすでに活動しているけれども、「なんだかうまくいっていない」という悩みを持っている方ではないでしょうか。
僕は「BUILDING」というグラフィックアーティスト(以下:イラストレーター)のコーディネートエージェンシーを運営しています。

25年にわたって個人のクリエイターと関わってきた僕の経験から言わせてもらうと、イラストレーターはこうしたビジネス系のハウツー本を手にする機会があまりないのではありませんか。にもかかわらず、少し勇気を出して本書を手に取ってくださったことに感謝を申し上げます。

この本には、フリーランスのクリエイターなら誰にでも当てはまる「商売の基本」を書いているつもりですが、テーマや具体的な事柄については特にイラストレーターにフォーカスしています。

じつは僕の仕事の半分は広告制作であることから、イラストレーター、グラフィックデザイナー、カメラマン、モデル、ヘアメイクアーティスト、ミュージシャンなど、BUILDING所属ではないさまざまなジャンルのクリエイターとのおつき合いも長くあります。
そんななかでもとくにイラストレーターに対して「商売の基本的なことがわかっていないな」と感じることが多いのです。

BUILDING所属のイラストレーターはじめ、一定以上の商売スキルをお持ちの方はもちろんいます。
しかし業界全般を見渡すと、誰からも商売のことを教わらないまま、小さなボートに乗り込んで「フリーランス」という名の大海をよろよろと漕ぎ出しているイラストレーターがいかに多いか。気の毒になるのと同時に、このままでは日本のイラストレーション産業が健全な経済活動を続けられずに衰退してしまうような気がしてなりません。

僕は旅が好きで、この十数年だけでも30カ国近くを訪れていますが、「日本ほどイラストレーションを多用する国はない」といつも感じます。
漫画やアニメ、ゲームはもちろんのこと、屋外広告(駅の看板からバスの車体まで)や雑誌や書籍の挿絵、商業施設のキャンペーン広告、果ては地方自治体や公共機関のマスコットに至るまで、日本においてはイラストレーションを目にすることなく一日を過ごすのが難しいほど。しかも、どのイラストもクオリティが高いのです。「技術」という観点ではダントツに世界のトップだと思います。
ということはイラストレーターを目指す若者も諸外国に比べて日本には多いはずで、そのためイラストレーションを教える専門学校や美術大学も数多く存在します。にもかかわらず、クリエイターのなかでもとりわけイラストレーターの商売スキルが低いと感じてしまうのはなぜなのでしょうか。

クリエイターのなかでも商売のセンスが長けていると僕がつねづね感じているカメラマンとグラフィックデザイナー(以下:デザイナー)とを比較して、その理由を考えてみます。


-仮定1:美大にプレゼンテーションのスキルを磨くためのカリキュラムがない
日本の美術系の大学は、「アカデミズムを探求する学び舎」という理念のもと、「いかにクライアントに選んでもらってお金を稼ぐか」という「商売のスキル」に関することを教えるのは、なかばタブーのように忌避されていると聞きます。卒業後の「就職率」を上げることも学生獲得の大きなファクターとなっていますから、「フリーランスとしてどう生き延びていくか」を考えること自体、求められていないのかもしれません。

一方で欧米の美術系の学校では、「自分はどういう者で、なぜこの作品をつくるのか」のプレゼンテーションを学ぶ授業が、カリキュラムに組み込まれていることが多いそうです。

知人のイラストレーターは、アメリカの美術系学校に通っていたとき、学生同士のグループセッションで自分のプレゼンを同級生に激しくダメ出しされ、「心がボキボキに折れて泣きそうになった」と言っていました。
欧米がマーケットの主導を握る現代美術界では、アーティスト自身のステートメントや作品のコンセプト、つまりテキストベースのプレゼンテーションが重要視されます。
商業クリエイティブの現場においても、デザイナーが選んだフォントやラインの線幅について「自分がなぜこれを選んだのか」、クライアントをロジカルに説得する必要があります。欧米の学校がプレゼンテーションのカリキュラムを取り入れるのは当然のことでしょう。

でも、日本のカメラマンもデザイナーもイラストレーター同様、ビジネススキルを学校で教わったわけではありません。ということは、イラストレーターの商売のスキルが低い理由は、ほかにありそうです。

-仮定2:クライアントに「作品の個性」とは別の「商売(サービス)」の部分で評価される機会があるか
カメラマンやデザイナーは一般的に、クライアントから寄せられるさまざまなオーダーに対して、じつに幅広い選択肢からグラフィック要素を提案することで仕事を獲得しています。

たとえばデザイナーなら「自身で組むグラフィックやタイポグラフィのみ」で画面を成立させるのか、「イラストレーターを起用する」のか、「カメラマンを起用する」のか、という選択肢がまずあります。
次に「テーマに合った素材を創ることができるのは何(あるいは誰)なのか」を探して提案します。

カメラマンなら、ロケ場所やスタジオでのバック紙の色、ストロボの光の角度や柔らかさ、小物の置き方などを、デザイナー(アートディレクター)の代わりに提案することもありますし、ロケ場所で取材先との円滑なコミュニケーションなどが問われることも頻繁にあります。
そうした過程でクライアントの要望を汲み取って提案する能力が培われ、その能力の高い人が生き残っていく。この「相手の気持ちを察し、それを満たす提案をする能力」こそが、クリエイターに限らずすべての「商売のスキル」の本質なのです
また仕事の性質上、クライアントと直接会う機会が多いため、コミュニケーションをとる回数が多く、必然的に自分を売り込むチャンスも増えます。

一方でイラストレーターは、クライアントの要望に対して「自分の作風(スタイル)のなかから」提案することになるため、「提案の選択肢」はどうしても狭くなりがち。また、クライアントのほうもイラストの修正を回避するために、はじめから「具体的な指示」をすることが多くなります。つまり、相手の望みを汲み取ろうと努力しなくても問題なく納品できてしまうことが多いのです。

さらにイラストレーターはメールと電話だけで仕事が完結することが多いのも、「クライアントとのコミュニケーションの醸成」という点では不利となります。
でもこれは逆にいえば「世界中どこにいても仕事ができる」という大きなメリットでもあります。


-仮定3:徒弟制度(組織)があるか
カメラマンもデザイナーもスタイリストもヘアメイクも、まずは「アシスタント」として始まるキャリア形成がメインです。
アシスタントは給料も安く、労働時間も不規則で長いなど、「労働環境」という観点では大変厳しいシステムですが、厳しい競争を勝ち抜いてきた諸先輩の技術や商売のやり方を間近で学ぶことができる、いや、叩き込まれる大きなチャンスです。
また、たとえやる気はあっても、クリエイティビティと商売の合計点が基準に満たない場合にふるい落とされる「フィルタリング機能」もあり、専業としてやっていく能力がないのに無駄に続けることで人生を棒に振ってしまうリスクを未然に防いでいるともいえます。

イラストに関しては漫画やゲームに、アニメのプロダクションでは分業システムとして、こうした機能があるかもしれません。
しかしこうした分業システムにまで組織が拡大すると、
→クライアントと直接やりとりをして
→トラブルが起きる現場をなんとか乗り越え
→自分に任されたクリエイティブの責任の範疇を全うする
というクリエイターとしてのダイナミズムを丸ごと経験するのは難しいのではないかと思います。
つまり、イラストレーターがフリーランスとなる場合には商売の経験も知識もなく「いきなりプロの現場に放り込まれる」ケースが多いのではないでしょうか。

最近ではアシスタントを経ずに自由な創作活動をしている写真家やイラストレーターがInstagramで人気を博し、「いきなりプロ」になるケースも多いと聞きます。
これぞまさにテクノロジーの恩恵であり、個人的にはこうした流れを歓迎したいところですが、「個性」だけでクリエイターとしてのキャリアを続けるのはとても厳しいでしょう。
個人作家は「うまくつくれたもの」だけを発表していけば良いのですが、クライアントのリクエストに応じて制作物を提供するコミッションワークでは、どんな要望があってもトラブルが起こっても「つねに85点以上を出し続けられる」だけの引き出しの多さ=経験がなければ生き残っていけません。
「85点」というのは僕個人の基準なので、人によっては「95点」かもしれませんが、いずれにしても「クライアントの期待に応え続けられる実力」を備えていなければ、束の間のブームを乗り切ることはできないのです。

-仮定4:経営者としてのスキルと矜持が求められるか
前の項目で挙げたように、ほかのジャンルのクリエイターはアシスタントを抱えるなど、小さくとも「組織」作りが必要となることが多いため、「投資」と「人材育成」のスキルが否応なしに求められることになります。
デザイナーやカメラマンは事務所(スタジオ)を構え、機材を購入し、アシスタントを雇うための投資が必要となるので、
「どれだけの金額の投資をすればそれに見合うリターンを得られるか」
「そのために必要な営業活動とは何か」
を事前に見越さねばなりません。
この時点で、ほかの産業の経営者と同じ視点を持つことになるわけです。
投資をするためには借金をすることになるかもしれないし、アシスタントを雇えば事務所とともに固定費が発生するため、やりたくない仕事でも取りに行き、発注者を満足させながら納品し続けなければならない。こうした過程で経営者としての矜持や胆力が磨かれるため、商売の能力が必然的に備わっていくのです。

一方のイラストレーターは、スタイルによっては紙とペンだけで始められます。これはほかのジャンルのクリエイターからすると、まるで錬金術のようです。もちろん仕事をするならパソコンやスキャナなど最低限の設備は必要ですが、投資金額としてはとてもささやかなもの。
そのせいか、創作にかかる時間ではほかのクリエイターよりも多いにもかかわらず、イラストレーターはクライアントからその価値よりもギャラを低く見積もられがちだし、イラストレーター側も安価で提示しがちです。

ついでに言うと、イラストレーターはほかのクリエイターに比べて儲からない仕事だなとつくづく思います。絵を描けるようになるまでに必要なトレーニングの期間、受注してから納品するまでの手間と時間、手がけた案件の展開中は同業他社の仕事を受けにくいというハンデ(作品に明らかな個性があるため。モデルなども同様)等々を考えると言わずもがなでしょう。
たとえば、あなたの周囲でポルシェに乗っているイラストレーターは何人いますか? 自身のギャラだけで都内に一戸建てのマイホームを建てたイラストレーターは?
カメラマンやデザイナーなら、そういう人はたくさんいます。今どき、たくさん稼いだからといってそんなお金の使い方をするのは時代遅れかもしれませんし、僕はポルシェも都内の一戸建ても全く欲しくはありませんが、あくまで参考として。
デジタルの進化でカメラマンとデザイナーのギャラが凋落していることを考えると、そのうちイラストレーターのギャラと逆転する可能性もありますが、それでももっとイラストレーターが提供する価値が認められるべきだと僕は考えています。
→BUILDINGが考えるイラストレーターの立ち位置

しかしその一方で、「人生のリスクを負って時間と費用を投資し、クリエイティブ以外の商売の努力をしてまで専業クリエイターの道を選択する価値があるのか」ということも慎重に考えるべきだと思います。
だって人生は、楽しいことに没頭できたほうが良いじゃないですか。

MEMO:まとめ
・イラストレーターはカメラマンやデザイナーと比べて、「商売」より「作品の個性」で仕事を得ている側面が大きい
・だから商売のスキルを磨く機会がほとんどなかった
・そのせいで高い報酬を得られる仕組みをつくることがなかったのかもしれない
・現役引退の高齢化とITの革新により、これからもっと仕事を得にくくなる
・イラストレーターの商売のスキルを底上げしないことには、日本のイラスト業界の未来は厳しい
・非常に大変な「フリーランスのクリエイター」を選ぶべきか?は慎重に考えよう

 ・商売の基本を知らずに仕事をすることは、交通ルールを知らずに車を運転するようなもの

コミッションワークの基本工程は、
→クライアントから依頼を受ける
→条件交渉をする
→受注をして指示書を受け取る
→指示内容を理解してラフを作成、提出する
→ラフのフィードバックを理解する
→締め切り日までに発注者の期待以上の作品を納品する
です。

これが問題なくできないことには、そもそもプロになる資格はありませんし、下手をすれば損害賠償請求されてしまうかもしれません。

もちろんあなたがプロを自認するなら、納品までは無事に終えられるはず。車の運転にたとえるならば、「クライアントと一緒に目的地にたどり着いた」というところでしょうか。

そこで考えてほしいのは、果してクライアントは「安心して」「快適に」ドライブできたのかということ。
もしクライアントがあなたの運転に対して
「危なっかしい運転だな」
「想像していた道より遠回りをしたようだ」
「赤信号に気づいていなかった」
といったぐあいに不安を感じたなら、今後あなたに仕事を発注することはないでしょう。「安心して」「安全に」「楽しく」「快適に」道路を走ってくれるイラストレーターは、ほかにいくらでもいるのですから。

さらに、クライアントがあなたの運転に疑問を持ったとしても、ダメ出しをしてくれることはほとんどありません。
何事もなかったように支払いがなされ、ただ、リピートされることはないというだけ。もちろんあなたのことを誰かに紹介してくれることはおろか、場合によっては「要注意リスト」に入れられてしまうかもしれないのです。

こうして右も左もわからず「フリーランスのイラストレーター」としてビジネスの道路を走り出し、そして静かにこの道路から離れていく人が多いのです。

もしかしたら、良い出会いに恵まれたり、作風が流行に乗ったりすることで、苦労せずに多少売れるようになる幸運もあるかもしれません。しかし、基本的なビジネスのルールを知らないままでは、そのうちに失速したとき、どう加速してまた道に戻れば良いのかわからず悩むことになるでしょう。
それどころか、仕事が減ったと気づいてふとあたりを見回したとき、あなたの振る舞いに気を悪くして「もう二度と一緒に仕事をしたくない」と考えている人ばかりかもしれないのです。だとしたら、あなたがまた仕事をうまく回していける可能性はかなり低くなります。
行列ができるほど人気の出た飲食店が、忙しさにかまけて接客レベルが低下してクレームが頻発、挙げ句の果てに食中毒を起こしたところを想像してみてください。

商売で失った「信用」を取り戻すことは至難の業なのです。

本書ではあなたと同じ道路を走るクライアントがどんなことを求めていて、あなたのどんな振る舞いに対してポジティブ、あるいはネガティブに反応するのかを、できるだけ多く記載しました。
もちろん、ただ知識を入れるだけではスムーズに運転できるわけではありません。でも知識があれば、予め事故を回避することもできるし、「何を練習してどう上達につなげれば良いのか」要領を得ることだってできるでしょう。

MEMO:まとめ
ビジネスパートナーが求めること、嫌がることを知らなければ、その商売のフィールドで生き残れない。

◆商売をできますか?

 ・あなたにとってクリエイティブは「商売」なのか「趣味」なのか問題

冒頭から「商売を理解していないイラストレーターが多い」前提で話を進めてきましたが、そもそも「クリエイティブに商売的な要素は必要か」ということを改めて考えてみましょう。

あなたは「いらすとや」をご存じだと思います。
「いらすとや」が登場した頃は、イラスト作品を無料で使用して良いというインパクトはもちろんのこと、イラストのシチュエーションの豊富さや時事ネタを取り入れるスピードの速さ、ネット民もクスッと笑えるブラックユーモアの感度の高さなどで評価されました。
その一方でイラスト業界からは、「無料でイラストを配布するとは、市場を破壊する気か」といった否定的な意見も噴出して議論になりました。

僕も当初から「いらすとや」が創ったマーケットの現象を興味深く観察しており、そのビジネスとクリエイティビティのセンス、そして驚異的な制作数に感服していました。
「無料で使用可能→アクセスとリーチを拡大して別のモデルで収益を回収」というビジネスモデルそのものは、他産業では「フリーミアム」として広く知られた形態ですし、同じイラストでも「いらすとや」とBUILDINGではそもそもマーケットが異なり、競合の恐れがないことも客観的に観察できた要因です。

両者には、

・「いらすとや」
ストック型ビジネス。おそらく収益源はWEBサイトのアフィリエイト
→はじめに多量のイラストを生産し、薄利多売で利益を積み重ねるモデル

・BUILDING
コミッションワーク(受注型)。収益源は発注者からの支払い
→発注者の要望に応えて制作、少数生産で付加価値を高めるモデル

という違いがあります。

登場時には物議を醸した「いらすとや」ですが、いまでは官公庁から企業まで、WEBサイトから路地裏の掲示板まで、日本中がそのイラストで覆い尽くされています。それどころか、大手企業とのタイアップ(コミッションワーク)まで実現しました。

「いらすとや」は、イラスト業界に新たなビジネスモデルを創出しただけではなく、既存のコミッションワークのフィールドでもトップクリエイターになったのです。

売れずに困っているイラストレーターから僕が相談を受けたときには、
「『いらすとや』とまったく同じビジネスモデルを、違う作風でやってみたら?」
と提案することがあります。

冗談で言っているわけではまったくありません。
「いらすとや」のビジネスモデルはすでに確立されているし、どこを見ても「いらすとや」のイラストだらけだということは、別のテイストを求めているユーザーも多いはず。ニーズが明らかならば、あとは「いらすとや」に負けない数をアウトプットすれば良いだけです。
めでたく利用者と露出とアクセスが増えたら、収益化の手法としてアフィリエイトビジネスに参入をしても良いし、LINEスタンプなどのキャラクター展開も視野に入ります。まだ競合が少ない段階なので、やるならいま!なのです。

でも、僕のアドバイスを真に受けてくれた人はこれまでいません。
「いいですね! 私、明日から『いらすとしょっぷ』に改名して毎日10個ずつイラストをアップします!」
と目を輝かせて帰った人はひとりもいませんでした。

多くのイラストレーターは、
・自分が「好き」だと感じるテイストで
・自分が「描ける範囲」のなかから
・自分の「オリジナルだと思い込んでいる」作品が
・いつしかマーケットにも「認められて売れっ子」になる
のを、ただ、夢見ているのです。

たとえばSNSのアカウントを作って作品をアップし、オリジナルグッズ通販で販売をすることくらいはしているかもしれません。とりあえずやってみるのは良いことだとは思いますが、これは家の前の道端にゴザを敷いてポストカードを売っているのと同じ。昔ながらの趣味のスタイルをオンライン上に移しただけです。
道ゆく人々が「何を求めているか」を考えずに「好きなもの」を置いているだけでは、そのポストカードが手に取られることなど、ほとんどないのです。

ビジネスという戦場で生き残っていくため、他社の成功モデルを焼き直して追随することは、ファッションでも飲食でも通信でも、どの業界でも当たり前のように行われます。イラスト業界においても「いらすとや」の二番煎じをするのは間違いではありません。
でも、「そうしたくない」というクリエイター気質のあなたの気持ちもよくわかります。「それなら会社員として他人が作ったものを売ったほうが良い」と思うでしょうから。

写真にしろ、デザインにしろ、イラストにしろ、何かしらの「創造物」をつくり出すのがクリエイターです。でも、どれだけ優れた創造物を生み出せたとしても、対価を支払ってくれる客がいなければ、職業としては成立しません。

たとえおいしいラーメンを開発したとしても、
・客が支払える料金内で(=生産計画)
・満足した気持ちで食べてもらえる店を用意し(=内装と接客)
・自分の店を知ってもらい(=宣伝~媒体露出)
・「食べに行きたい」と思わせ(=宣伝~訴求ポイントの策定)
・いつでも同じ味を提供することで(=品質管理)
・気持ち良く支払ってもらい(=期待以上のサービスを提供)
・また行きたいと思わせる(=リピーターの獲得)
を「一連の仕組み(システム)」として兼ね備えること。

このなかのどれかひとつでも欠けていると、商売はうまく回らないのです。いや、むしろそれくらいのことは常識で、「普通に良い」レベルではリピーターを獲得するのは難しくなっています。どの段階でも、ライバルより少しでもポジティブサプライズを加算していかなければ、総合点で負けてしまうでしょう。

MEMO:まとめ
・人の求めに応じて制作して対価を得る活動では、「作品」ではなく「商品だ」
・自分の商品は果して求められているのか?と客観的に捉える
・良いものをつくるだけでは商売にならない
・趣味でやるなら、面倒な商売のことを考えなくてOK!

 ・絵は人生を豊かにしてくれるが「なくてはならないもの」ではない

「ゲームは生活必需品ではないから、いつお客さんが離れてもおかしくない。私が入社したときからずっとそう言われ続けてきた。それはゲーム、エンターテインメントビジネスの宿命であり、その危機感はつねに持っている。そういう意味で、とても厳しいビジネスである」
2020年1月5日の日本経済新聞で、任天堂社長の古川俊太郎氏はこのような主旨の発言をしていました。

僕が広告代理店に勤めていたときの先輩は、ちょっとここでは書けない単語を使って「地位の低い仕事だぞ」と自分たちのやっていることを表現していたし、株式会社パルコに転職してからは、宣伝関係の先輩からことあるごとに「時代が違えば、自分たちの仕事はない」と戒められたものです。

諸先輩方が後輩に口酸っぱく諭していたのは、当時、花形だった広告業界に就職して浮かれ、まだ実績もないのに勘違いの選民意識を持たないようにする配慮だったのかもしれません。でも、先の言葉はクリエイティブ業界という仕事を表すひとつの真理でもあります。

「時代が違えば」とは、たとえば「戦時下なら」という意味です。芸術やデザインなどの「クリエイティブ≒エンターテインメント産業」は、人々が食うに困らない余裕があるから成立する産業です。
歴史を振り返ると、中世では芸術は貴族の「お抱え」で、権威の誇示や興味の探求のためのアイテムとして、近代以降は広告も芸術も国家戦略のプロパガンダのツールとして利用されてきました。明日の命もままならない状況では、金銭的にも心情的にも、デザインや絵画を楽しむ余裕などないのは、現代においても同じこと。

つまり生きるための必需品ではないもの(イラスト、グルメ、ファッションなど)は、余暇を彩るものなのであり、それらを買ってもらうための行為はすべてサービス業だと認識するべきです。

「相手の人生を豊かにするためのものを売る」
そのためには「買う行為を通じて相手に気持ち良くなってもらわなければならない」

のです。

MEMO:まとめ
イラストレーターはサービス業であることをつねに自覚しよう。

 ・絵を描けるって、すばらしい

世界のトップに登りつめたオーケストラの指揮者や映画監督は「巨匠」と呼ばれます。組織を勝利に導いたスポーツの監督や企業の経営者は「名将」と呼ばれます。
どちらも尊敬と賞賛を集める存在ですが、呼称が異なるのはなぜでしょうか。「巨匠」は誰も正解を知り得ない芸術の分野で人々の魂を揺さぶったことへの畏敬を表現しています。対して「名将」は、負ければ(現代では経済的な意味で)命を落とすかもしれない真剣勝負の果てに勝利をもぎ取った手腕への評価だといえるのではないでしょうか。
戦いに勝ったことへの賞賛は「自分の遺伝子を後世に残したい」とDNAにプログラミングされた動物の本能から湧き起こるものです。ところが人間は、ときには勝利への希求よりも強く芸術を求める生き物で、だからこそ「巨匠」に惜しみないスタンディングオベーションを送るのかもしれません。
つまり、「絵を描くこと」は人類にとって崇高な領域であり、「絵が描けること」は人生を豊かにできる能力だと思います。たとえ他人に評価されなくとも、創作と向き合うこと自体が人間にしかできない高度な営みなのですから。

しかし、イラストレーションを仕事にするのであれば、経済活動のなかで他者に勝ち続けなければなりません。イラストの市場規模が一定だと仮定すれば、あなたが仕事を得たということはつまり、ほかの誰かが仕事を得られなかったということになるのですから。
仕事の受注は、命がけの椅子取りゲームだと考えるべきなのです。

 「絵を描く」という商売を人生のメインの事業に据えて、一生それをやり続ける覚悟があなたにはありますか?

・自分の描きたい作風をマーケットから否定(無視)されたことを理解し
・それをマーケットからのフィードバックだとポジティブに捉えて
・それをバネに作風をブラッシュアップ、ときには新たな作風を開発する

この一連の流れを何度も繰り返しながら描き続ける、ということを。

MEMO:まとめ
「絵を描けることを楽しむ人生」は、絵を自由に描ける人だけが手にすることができる特権のようなもの。
「絵を描くことを職業にする=商売の商品にする」
ことが、果してあなたにとって幸せな選択なのかどうかを慎重に考えよう。

 ・イラストレーターはバンドメンバーのようなもの

商業イラストレーションは、エディトリアルにおいてはテキストや写真、広告ではタイポグラフィをはじめとするさまざまなグラフィック素材、そしてそれらを統合するグラフィックデザインとのコラボレーションで成立することがほとんど。
まだイラストレーターが自身のWEBサイトやSNSでの情報発信手段を持っていなかった15年ほど前までは、仕事をオファーする際にクライアント名を告げると、良い仕事をしているイラストレーターほど、ギャラよりも何よりもまず、誰がアートディレクターなのかを尋ねられたものです。「自分のイラストレーション(とキャリア)を生かすも殺すもデザイン次第」ということをよくわかっているからです。

イラストの発注時や指示書には、イラストに求められる役割とともに、どんな素材と共存することになるのかが記されています。ほかの素材との主従関係(どちらがメインか)は案件によって異なりますが、いずれにしてもイラスト単体で成立する仕事はないと考えたほうが良いでしょう。
発注者のデザインやクライアントの商品、雑誌の記事などをイラストが引き立てるためには、相手のことをよく知る必要がありますし、ときにはイラストがトーンを抑えて引き立て役に徹することも重要です。

そう、「イラストレーターはソロミュージシャンよりもバンドメンバーに近い存在だ」と理解することが重要なのです。
いま奏でている音楽を構成する自分が、まわりの楽器に耳を澄ませてともにグルーヴをつくり出すことができるかどうか。そしてほかのメンバーに「グルーヴを生むために必要なメンバーだ」と認めてもらえるかどうか。そのためには知識と経験、そして人柄が大事になってくるのですが、それらはそのまま「商売に必要なこと」だともいえるのです。

MEMO:アドバイス
バンドメンバーに気を使わずソロミュージシャンとして自由にやりたいなら、ストック型のビジネスも視野に入れよう。
ただしストックイラストも、ユーザーの声(ニーズ)に鋭く耳を澄ませて新作をつくり続ける必要があります。

 ・二足のわらじも良いのでは?

日本は経済界と政府が揃って「副業(=パラレルキャリア)」を認める方向へと急速に舵を切っています。これはもはや日本でも「ひとつの仕事(会社)だけで生計を立てていくことは難しい」というお上からのメッセージだと受け止めるべきでしょう。

諸外国に目を向けると、「二足や三足のわらじを履いて」生計を立てている人たちは当たり前のようにいます。
イギリスのヘヴィメタルバンド『アイアン・メイデン』のヴォーカリストであるブルース・ディッキンソンは、航空会社のパイロットでもあり、ビールの醸造所の経営にも関与していることはよく知られています。彼の場合は経済的な理由でパラレルキャリアを選択しているのではなく、溢れ出る好奇心がそうさせているのでしょう。

クリエイターがユニークなアウトプットをするためには芸の肥やしになるようなインプットが必要なため、クリエイターこそさまざまな仕事の経験をしておいたほうが良いという考えもあるでしょう。
またフリーランスについても、年金受給年齢がどんどん高齢化し、世界中からネットを通じて参入してくる時代ですから、これからますます仕事を得るのが難しくなるはずです。
少なくとも僕はそう思っているので、BUILDINGが運営しているメディアCAT'S FOREHEADのYouTubeチャンネルでは、パラレルキャリアをポジティブに実践しているクリエイターのコンテンツの展開も始めています。

とはいえ、パラレルキャリアを築くためにも、商売の基本を知ることは不可欠
そうでなければ、「ただ趣味が多い人」になるだけです。

それでも「商売が苦手」というのであれば、会社員とイラストレーターを掛け持ちする人生も良いのではないでしょうか。イラストは自分が良いと思うスタイルで、自分が描きたいときにだけ描く。絵を描くことが純粋に楽しめる人生を送ることができるでしょう。
ただし、二足のわらじでビジネス的に成功したイラストレーターは、そんなにいないのではないでしょうか。一文なしになるかもしれない恐怖感と戦いながら必死で創作し、営業するまで追い詰められないことには、競合に勝てるクリエイターにはなれないかもしれません。また、依頼に即時応えられる状態を保っていなければ、実際のところ仕事としては成立しにくいでしょう。

MEMO:僕の場合
僕も会社の創業時からつねに二足以上のわらじを履いてきました。これからもどんどん増やしていくつもりです。だから「二足のわらじを履く」ことを「恥ずかしい」とか「後ろめたい」とか思う気持ちは1ミリもありません。売れる商品を開発するためには時間も投資も必要であり、その間にはどんなことをしてでも稼いで生きていかなければならないのですから。
→財布はいくつか持とう
→もうひとつの財布を入れ替える

 ・仕事のやり方は真似できる

純粋なクリエイティビティという意味では、超天才を前にして、凡才以下の才能(人類の99.99%がそうです)がどれだけ努力をしたところで絶対に適いません。これはもうはっきり、きっぱり諦めましょう。

でも、仕事のやり方においては、成功者の真似をすることで、ある程度はそこに近づくのは可能です。
「学ぶ」の語源は「真似ぶ」ともいい、ファストフードやコンビニエンスストアなどのフランチャイズビジネスが成立するのも、「マニュアル通りにやっていれば、ある程度は商売として成立する」ことの証です。

コンビニエンスストアのようにビジネスの仕組み自体に競争力がある業界とは異なり、クリエイティブの世界では、商売のなかで最も大切なのは「商品開発」と「生産」の工程であって、ほかのファクターに高度なスキルは必要ありません。
だから、イラストレーターが商売をするためにどんなことに気をつければ良いかがわかれば、真似をして実践をすることはさほど難しくはないのです。

ただし本書には「この通りやれば良い」という答えはありません。
「商売のフィールド」によって手法が異なり、有効な手段が見つかったとたんにいっせいに皆が同じことを始めるため、すぐにその手段が陳腐化するからです。

MEMO:補足
まずは自分の理想像を探して、研究して、真似しよう。
それすらできないなら、イラストレーターに限らず、どんな商売もやっていくのは難しい。

 ・現在地を理解して、未来予想図をつくる

本書で述べる商売の基本について、すべての項目を満点で実現する必要はないし、実際、そんな離れ業を成し遂げるのは不可能です。つまるところ、総合点の高さで勝負することになるのですが、まず大切なのは
「自分がどの位置にいるか」
を認識することです。

・足りない部分はどこなのか
・足りない部分は、がんばれば実現できるのか
・そこまで無理してやれるのか

立ち位置が把握できれば、自分に合った方法を見つけることができ、今後の人生、つまり未来予想図との向き合い方がわかるようになるのではないでしょうか。

フリーランスの専業イラストレーターが向いていないとわかれば、インハウスのイラストレーターを目指しても、商売的な部分のマネジメントを委託する方法を模索しても良いでしょう。
副業しながら自分が創りたいものだけを創る人生もまた、正解のひとつです。

MEMO:アドバイス
本書で提示する項目ができなさそうだと感じて、いちいち落ち込む必要はありません。
まずは客観的に「自分の商売に足りないこと」を見据えること。
「足りない」部分をどうクリアしていこうか?と思うことができたら、あなたは商売に向いています。

>>>第2章はこちら

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