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【徒然和菓子譚】その10

今日は粽のお話です。

粽は五月五日端午の節句にはつきもののお菓子です。男の子の成長を願い、やはり厄除けの意味を持ちます。日本での起源は奈良時代と言われていますが、さらに元を辿ればやはり紀元前の中国まで遡ります。紀元前3世紀頃、楚の詩人、屈原(くつげん)は為政者「壊王(かいおう)」の乱行を諌めようと忠言をなしましたが、聞き入れられずに失意のうちに泪羅(べきら・中国の川)の淵に自死してしまいます。人々はこれを悼み、その鎮魂のため五月五日の命日になると竹の筒に米を詰めて蒸したものを川に投げ入れて供養しました。しかし、この竹筒のコメが泪羅に住む蛟竜にみな食べられてしまうので、かわりに米を茅萱(ちがや・イネ科の多年草)の葉で巻き、五色の糸でしばって神前に供えるようになりました。このことから「茅巻き」という呼び名が生まれ、粽の起源となりました。

粽の由来となった中国の故事はこのようなものですが、時代を経て、それは季節の節目に行う厄払いと重なり合っていきました。中国の古い暦では五月は午の月であり、午の月の午の日を忌日として、災厄から免れ、不浄を除く祓いの行事を行う日とされていました。ちなみに「端午」とは「午の月の初め(端)の午の日」の意となります。これが日本にも伝わり、平安時代には宮中にて端午の儀式として粽が供えられて、食されたと言われています。さらに下って江戸時代には、同じく厄払いに使われるこの季節の菖蒲が飾られるようになり、この菖蒲が「尚武」に通じることから、武家社会では男の子の節句として定着していったと言われています。尚、今だに粽を丸い円錐形に巻くのは先述の陰陽道の影響かと思われます。

次は蓬ヶ島のお話です。ご覧いただきありがとうございました。

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