「美人」の松之山(新潟県十日町市) 『森紀聞』第1回

日本列島は森の島々だ、と思う。
車窓からは「同じよう」、に見える森も、近寄ってみれば、歩いてみれば、
その表情の豊かさに驚かされる。

北から南、海岸から高山、街から山里、ふるさとの森、あこがれの森、
うるわしの森、不思議の森、見上げる森、たたずむ森・・・。
さまざまな風景に、いきものに、音に、人に、森で出会える。

スッとして

ある年の5月はじめ、20数年ぶりで松之山を訪ねた。
残雪のブナ林は固くて滑りやすい。慎重に歩いていくと、撒いたように茶色
が広がっている。芽鱗(がりん)だ。
若芽を寒さから守るため、冬のあいだまとっていた鱗片状の葉である。立ち止まって見上げると、冷たい霧雨の森はいっせいの若葉だ。

そんな景色に、また出会いたくて松之山「美人林」を訪ねた。「びじんりん」ではなくて「びじんばやし」と読むようだ。そういえば、東京郊外の美女木ジャンクションも「びじょもく」ではなくて「びじょぎ」だった。
で、「美人林」となにか。ウェブによると。

『ブナの立ち姿が美しいことから美人林と呼ばれるようになりました。昭和初期、木炭にするため全て伐採され裸山になりました。ところがあるとき、この山のブナの若芽が一斉に生えだし、野鳥の生息地として見直され、美人林が保護されるようになりました』

美人とは「立ち姿」にあるようだ。手元の辞書には「美人=顔・姿の美しい
女性」と記してある。たしかに、比較的傾斜の少ない場所に広がる美人林のブナは「スッと」している。80年生ほどという木肌は白くツルリとしている。撒き散らしたような芽鱗と若葉の残雪を歩いてみる。
この日も冷たい小雨が降っている。幹が曲ったもの、幹が数m上で二又に分かれたもの、倒れそうなものもあるけれど、ほとんどがブナだ。いろんな個性のなかにあるからこそ、「美人」は際わだつんじゃないのか、とも思う。杉だけ、桧だけ、桜だけ、山毛欅(ブナ)だけよりも、いろいろあっていい、とも思う。

どの幹の周囲も、まるく雪が溶けている。その根回り穴は、直径1m深い
ものは70cmほどもありそうだ。根回り穴がつながって雪溶けしている所が
ある。雪の白と顔を出した土の模様が、つくりかけのジグゾーバズルのようだ。完成は5月下旬だろうか。

15年ほど前、旧松之山町では、これらブナ林の保護を目的に「ブナ条例」
を制定し、10カ所を保全対象としてきた。これらのブナ林を調査したキョロ
ロ研究員によれば、松之山のブナ林には4タイプあるという。

その4タイプは、
1.美人林タイプ
2.美人林 熟女タイプ
3.子だくさんタイプ 
4.老齢タイプ、なのだという。

それぞれ、なんとなくイメージはふくらんでいくんだけれど、老齢は
「老麗」がいいんぢゃないのかなあ、などと思ったり・・・、つまらぬことを考えていると、美人の間に滑って転びそうになる。

30分ほど歩いて入口あたりにもどった。歩き始めたときに見かけた数人
の中高年男性は、三脚を立ててジッと美人を見つめ続けている。
3haの林に、年間10万人が訪ねて来るとか。美人は人を呼ぶらしい。

涼しげ

戻りは、木々の間に棚田を眺めながら20分ほど歩いた。バス停で、寒さ
除けのバンガローのような建物に座っていると、オバサンが一人やってきた。天気の話などを少しする、その場の空気が暖たかくなったような気がする。

観光協会「美人林」の説明には、こんな文章がある。
(夏の美人林のなかは)「外気より気温が2℃低いと言われております」。

美人はやっぱり少し冷たいようだ。いや、冷ややかだからこそ美人なんだろ
うか。二人きりのバスのなかで、そんなことを思ったりもした。 (2012年5月、中沢 和彦)

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 ★行き方  
   北越急行ほくほく線「まつだい駅」よりバスで15分
 ◎美人林(十日町観光協会)

 ◎十日町市立里山科学館 越後松之山「森の学校」キョロロ
 
 

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