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0144「献立」



 それ、ぼくの同居人かもしれないですね。詰め所で噂話に興じていた私たちの前を縫うように通って、タイムカードを打刻した一汰くんはそう言った。権藤さんがいつも行くスーパーの入口には、近隣の学校給食の献立表が月替りで掲示されていて、最近、その献立表を長時間眺め続けている不審な外国人がいるらしいのだ。一汰くんはいつも通り、ぼんやりした表情で私たちの前をもう一度通ってから振り返り、たぶん、たぶんそうだと思います、と言った。
 で、いま私の目の前に置かれたのはミートボールだ。それも、ホワイトソースがかかった、手作りの。
「ミートボールの豆乳ソースがけって書いてあったんで、なるほどな〜って」
 もしよければ、うちで今度ごはん食べませんか? パート先のホテルから同じ系統のバスで帰る一汰くんに誘われるがままに、いつも降りるバス停の三つ先で降り、一汰くんの住む三階建て一軒家の玄関に入り、同居人のアダムさんです、と二階のリビングで一汰くんに紹介され、その紹介されたアダムさんに、とりどりの手料理を振る舞われ続けている。「アダムさん、最近料理に凝りだしちゃって。ぼく食べきれないから。困ってたんです、地味に」「困ってたんか、イモリ〜」「はい、正直」「ていうか、普段行かないスーパーにノリで行ってみたら、入り口に献立表が貼ってあるのにたまたま気づいて、へ〜おもしろ〜ってなって、だから正確には、料理に凝ったっていうより、献立表にハマったっていう、よいしょ、そういう、あ、はじめまして澄川さん」「ああ、はい、はじめまして」「まま、座って」「座ってください、澄川さん」柿とレンコンのサラダ、車麩の卵とじ、はんぺんとししゃもの天ぷら、かぼちゃコロッケ、すいとん、豚の白味噌しょうが焼き、コールスローサラダ、ミニラザニア、アサリ入りミネストローネ、厚揚げとふきの炊いたん。一軒家らしい広々としたキッチンとはいえ、そのキッチンからその手数でいったいどうやったらこの品数を。私に考える余地を与えない勢いで一汰くんとアダムさんはニコニコと配膳や調理を続ける。このあと私は、主人と娘にごはんを……。しかし私のちっぽけな社会性を帯びた思考は、目の前の光景と配膳された品々からたちのぼる香りとそれら一品一品の粒立った美味しさに有耶無耶にされていく。私は食べ、食べ、食べ続け、結局その晩、我が家の食卓には、一汰くんとアダムさんの家から持ち帰った料理が所狭しと並ぶこととなった。

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