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『ミカンの味』チョ・ナムジュ著を読んで

 チョ・ナムジュ著 矢島暁子訳 朝日新聞出版 2021年出版

 中学校の4人の仲良し組が高校に上がるまでのお話。その4人が出会って仲良くなるまでに、一人一人が歩んできた人生を章立てしていって話が進む。出だしは、高校入学試験の時に、偽りのメールが来て、面接に行けなくなってしまうストーリーが出てきて、誰の仕業なんだ、というミステリー調の話なのかな、と思ったら、そうではなく、4人組の仲良い女子の青春物語だった。いや、確かに、それがオチになっているのであるが、それ以前に年頃の中学生少女たちの対人関係、家族関係、学校、塾、そういったものが手に取るように分かるように記述されていて、韓国の若者文化を知ることができる。そんな小説だった。

 私が特に良いなと思った描写は最後の方で、ある一人の母親が自分の仕事の転勤を考えていて、そこでの葛藤が子どもを抱えた女性が抱く不満、社会への葛藤などが垣間見えて、このチョ・ナムジュさんは、こういう描写がとても色鮮やかにかけていてうまい。『82年生まれ、キム・ジヨン』という小説で大ベストセラーになった作家さんだが、その小説もそうだったが、なんでもない普通のことでも、おかしいという視点を持てていて、さりげなく小説に取り込んでいる。社会的な問題をさらっと言ってのける。この小説はそんなところがたくさんあった。

 また、韓国の食文化を知るのにも良い小説だと思った。中学生が買うトッポギ、チキンの描写は圧倒的だ。お母さんが、みんなで食べなよ、と買ってくるフライドチキンを分け合って食べるところなど、本当においしそう、と思った。学校帰りに食べるアイスクリームなども、若者が友達と食べるシチュエーションが読了後でも頭にこびりつく。

 中学校時代の友達の陰険なイジメ、おばあちゃんとお母さんの会話、お父さんの男というものはこう、という分からずやな発言、小さいことが、掬い取られていてそれらが寄せ集まってひとつの小説になっている。

 もう大人になった私にとっては、やたら涙する生徒に歯がゆさを感じたり、もうちょっとほろっとでる涙も分かるようになってくれ、といいたくなるような気持にもなった。青春時代の浅い付き合いでおわるんじゃないか、とも思いたくなったが、若者が抱える友達関係で生じる淡い心の動きがこの小説はよく表現できていて、ぜひ、若者に読んでもらいたいと思った。


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