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ある臨床医の生き方ーー最相葉月著『中井久夫 人と仕事』を読んで

 最相葉月著 みすず書房 2023年出版

 中井久夫さんが亡くなってこの本が出版される、という情報をどこからか入手していたんだが、いよいよ今年出版されたので購入して読んだ。

 最相さんの本は、『絶対音感』と『セラピスト』を読んで、結構読みやすいルポを書く人だと思っていて、結構期待してたんだが、なんだか、その二冊に比べてこの本は読みづらい文章だった。なんでだろう。「中井久夫集」の解説を集めて書き直したものだからだろうか。

 この本は、中井さんがやってきた仕事と、彼の人柄のような人間付き合いのようなものがエッセイ風にまとめられている。

 「いじめは人間の奴隷化であり、被害者は「孤立化」「無力化」「透明化」という三つのプロセスを経て追い詰められていく、と分析したいじめの三段階論は、統合失調症の寛解過程論がそうであったように、つかみどころのない対象に目鼻をつけたいと願う精神科医としての深い洞察眼と被害者への共感がにじみ出ており、発表後、とくに少年事件を扱う教育関係者や法曹関係者によく読まれた。」p. 79

 というところが、考え深かった。統合失調症は寛解過程が重要とされているが、それを分かりやすく言葉にしたのは、中井久夫さんであると思っていたが、そういった人間の曖昧な境目をつけられないようなところに、言葉を与えるのが本来の研究者や学者がすることだと思う。中井久夫さんは、臨床医だという認識が私にはあって、臨床医で、研究者で、なおかつ文学者でもあった、という人だからこそ、こういう精神科の世界に実績を残せるような人だったんだと思う。要するに、医者は机上の研究者や学者、つまり大学の中に収まっているような人ではいけないし、そういう人の中から中井久夫さんのような人は現れない。

 中井さんが亡くなったニュースを観て、どれだけの人たちが喪失感を味わっているんだろうと思っていたが、なかなか新聞やテレビのニュースでは取り上げられなかった。阪神大震災の時のボランティアや彼の活動を考えると、中井さんのことを尊敬しながらどれだけの人たちが彼のような人間味のある活動していきたいと思って動いていたんだろうと思うが、彼と関係のある人が、中井さんの死後、あまりメディアに現れなかった。なんでだろう、とちょっと思うが、騒がない気持ちも分かる。でも私としては、そういった中井さんと関係があった人たちの話をもうちょっと聞いてみたいと思った。これからそういった声がどこかで聴けることを願っているし、そういう人たちと出会いたい。


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