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夜に駆ける

就職活動をまともにやらなかったおかげで、内定をもらったのは12月も中旬を過ぎた頃だったと思う。
志望してた放送局や広告代理店が軒並み不採用で、なんだかやる気を失ってダラダラしていたところ、見かねた母親が小さな新聞の求人広告を切り抜いて持ってきた。
事務所は西新橋にあるオフィスビルの1フロアで、社員30人ほどの広告会社が新卒の営業職を募集していた。
面接を受けた数日後に採用通知と入社に際して提出する書類が届いた。
母親もホッとした事だろう。
本人としても年を越さなくて良かったと思いつつ、その実、もうこれ以上就職活動をしなくて良くなった事が嬉しかったのを覚えている。

入社してすぐにわかったのだが、ちょっとアレな会社だった。
今風に言うとブラックってやつ?
当時の都立高校生のトレンドとして、卒業したら浪人して予備校に進むってのがあり(ホントか?)ご多分に漏れず俺も1浪組なんだけど、4人いた同期のうち3人は2浪だった(つまりおれ以外全員)
まぁ学歴不問、人物本位で採用するスタイルと言えば聞こえはいいが、師走も押し迫った時期に俺なんかが採用された事にも合点がいった。
その年の秋には「お前と違って俺達には時間が無いんだ」との謎の理由で、同期の3人は会社を去った。
そんな会社。

会社は中途採用者がほとんどなんだけど、社長としては毎年新卒を採用したかったらしく、2期上までは残党が数名いた。
仕事終わりに新橋の安い居酒屋で会社の悪口を言うのがルーティーンだったんだけど、もともと酒が弱かったのと、別の駅を利用してたのでほとんど参加したことは無かった。
まぁプライベートな時間にまで仕事の話をしたくなかったってのが本音だけど。

2013年撮影

「お前さ、バニーガールのいる店に行ってみたくない?」
突然のお誘いに真意を測りかねつつも、バニーガールなんてイレブンPMとか漫画でしか見た事が無かったから興味津々である。
「や、行きたいです」
「よし、じゃぁ金曜日にいつものところに集合な!」

たぶん、先輩としても心細かったんだろう。
仲間は多い方が安心だよね。
そわそわ、わくわくしながら日々の仕事をこなし、いよいよ当日となった。
三々五々会社を出た俺たちは先輩たちのたまり場の居酒屋に集合した。
5人くらいいたような気がする。

そこでちょっとした問題が起きた。
「おい、アラキさんが来てんじゃねーかよ」
アラキさんと言うのは中堅社員で、年齢的には30台半ばから後半。
カンニング竹山から覇気と生気を抜いたような、平たく言えばうだつの上がらないイメージの社員だった。
ぼそぼそと独特のイントネーションで話すもんだから、何を言ってるのか聞き取りづらく、そんなだから営業成績も芳しくない。
そのくせ妙にプライドは高かったから、後輩たちからは疎まれていた。
先輩たちは、アラキさんに一緒に来られると場がしらける、下手をするとバニーちゃんを怒らせちゃうんじゃないかと危惧していた。
アラキさんが俺たちのバニーちゃん計画を知っているのか、知らないのか不明だ。
本当は居酒屋ではバニーちゃんネタで盛り上がりたかったんだろうけど、計画を悟られまいと普段通りの会社の愚痴に終始した。

「じゃぁ今日はそろそろお開きにしますか」
リーダー格の先輩が気づかれないように目配せをする。
「お疲れさまっした」なんて言って立ち上がろうとするとアラキさんが
「お前らこれからどこに行くんだ?」と聞いてきた。
知ってる!
それは確信に変わった。
それでも「いや、別に、今日は解散ですけど」とリーダーが応じると「ふーん」と怪訝そうな顔をする。

駅前で解散した俺たちは暗黙の了解でそれぞれのルートで銀座に向かう。
だいたいの場所は聞いていたから、うろうろしてれば見つけてくれるだろうと思った。
当時は携帯すらない時代だから、待ち合わせは大変だったのよ。
新橋から有楽町方面へと抜ける大通りでうろうろしていると、ひとりの先輩と合流できた。
週末の夜の銀座は人通りも多く華やかだ。
初バニーちゃんとの出会いに思いを馳せると胸も躍る。
しばらくすると他の先輩たちも合流し後はリーダーを待つばかりだ。
と、銀座方面から歩道を爆走してくるリーダーが見えた。
本気の走りだ。
「アラキさんが来るーっ!」
リーダーの後方、10メートルくらいの位置に鬼の形相で走ってくる小太りのおっさんが見えた。
「走れっ!まけーっ!」あっという間に俺たちの前を走り抜けるリーダー。
状況を悟った先輩たちも踵を返して走り始める。
当然俺も追随する。
怖い!

まさか社会人になって全力疾走するとは思わなかった。
しかも銀座で。
何やってんだろ俺!とか思いながらも、先輩たちとはぐれないように必死に走った。
どこをどう走ったか記憶はないが、無事にアラキさんをまく事は出来たと思う。
初冬なのに大汗をかいている。

数十年前の出来事です。
その後のバニーちゃんの事は全く覚えてないけど、少し後傾姿勢で必死の形相で迫ってくるアラキさんの事は覚えている。
なんか皆疲れ果てて、あんまり盛り上がらなかったような気もする。

アラキさん元気でいるのかな?
先輩たちはどうしているのかな?
ふとそんな事を思い出しました。

あの夜、銀座の街を全力で疾走した全員に幸あれ!


創るのが好きな妄想系中年。写真、旅、映画