森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】四畳半神話大系の巻

東京と京都との遠距離恋愛に耐えかねたわたしが、京都の恋人宅へ転がり込むように移住したことは、これまでに書いてきたとおりだ。

転がり込んだ先は、某西日本の最高学府のご近所で、まさしく『四畳半神話大系』の聖地であった。

東一条通りに、わたしたちのライフを支える大型スーパーができるまでは、出町桝形商店街へ食材の買い出しをしていた。
とはいえ、まっすぐ行って、まっすぐ帰るなんてことはなかった。
加茂大橋を渡ることもあれば、鴨川デルタに立ち寄ることもある。

ある時、一匹の我がちょうど加茂大橋の真ん中あたりで羽ばたいていた。糺の森を発生源として、大群をなして京都の街を貫いていったという我の群れに置いていかれてしまったらしい。
欄干から身を乗り出して川面を眺めてみたって、橋から転落した悪友なんてものはいなかったけれども。

またある時、生ものやパートナーお気に入りのアイスなどを買い込んだ夏の夕方。
鴨川デルタの先端が空いていた。
あそこは、いつ行っても先客がいたのだ。
冷蔵冷凍を要するものが詰まった買い物袋を片手に持っていることなんて忘れて、わたしはデルタの先端でぬるい川面に足を沈め、ごろんと地面に寝転がった。
夕方になって弱まった日差しと、依然として湿った生ぬるさをはらんだ風に包まれながら、わたしはいつの間にか眠りに落ちていた。
心地よい眠りの中で、どこからともなくマンドリンの音が聞こえていた気がする。

河原で昼寝をし、肌寒くなって目を覚ませば、どこかから芳しい香りが風に乗ってくる。
香りに誘われるまま、屋台ラーメンへ吸い込まれたことは一度や二度ではない。
なんでも、猫でダシを取っているとの噂のラーメン屋があったのだ。

街を歩けばほんわかしていない人に勧誘されたり、
自転車を店舗に停めておけばにこやかでない人に回収され、
木屋町で占いの老婆に話しかける勇気なんてなく、
借りた本はしっかり返した。

同い年の悪友とのワーストコンタクトなファーストコンタクトもあったし、
京都を離れてから木屋町にできた秘密結社「福猫飯店」へは、昨年の宵山の日に行って以来行けていない。

頻繁に夢に見るほどに、京都への想いは募るばかりだ。

長年暮らした京都を離れる決断をしたのは自分だけれど、あの日の決断が違ったら。
もしもあの運命の時計台で違った道を選んでいたら、わたしは違った人生を歩んでいたことだろう。

次回
「森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】夜は短し歩けよ乙女の巻」

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