森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】聖なる怠け者の冒険の巻

私は、年上のパートナーとの東京と京都の遠距離恋愛に耐え切れずに京都へ移住してから京都を離れるまで、祇園祭の宵山見物は毎年欠かさなかった。

7年ほど前だっただろうか。おそらく私は、24~25歳だったはずだ。
ある宵山の日の朝、私とパートナーは本能寺のそばにある喫茶店で朝食をとった。
充実した土曜日の朝は、熱い珈琲とタマゴサンドウィッチから始まるのだ。

その日の私は、濃紺の浴衣を着ていた。
パートナーはワンピース姿。
アンバランスな二人で並んで歩きながら、いつもとは様子が違う京都の街をさまよった。
鼻血が出るほど充実した週末が過ごせる予感に「土曜日が始まる!」とコーフンしていたのを覚えている。

柳小路に鎮座する八兵衛明神にお参りをし、同じ柳小路のカレー店で昼食をとって、忍者カフェに仕える忍びに取り囲まれてから殺陣を繰り広げ、獅子舞に頬骨をしっかり噛まれ、新京極公園で一服し、和雑貨店で狸柄のがま口財布を購入した。

その和雑貨店で品物を物色しているときのことだ。
気だるそうなおっさんがパートナーに近寄ってくる。
手提げかばんを重たそうにぶら下げ、たいして和雑貨に興味がなさそうに、一つ手にとってはすぐに棚に戻していた。

ふと気になって、パートナーごしにカバンの中を覗いてみると、
何やら黒い電子機器と赤いランプが見えたのだ。

こちらの視線には、おっさんも気づいていたらしく、目が合った瞬間に駆け出した。

私も慌てて駆け出す。

とはいえ、下駄を履いていてはどうも走りにくい。

それでも、おっさんと私との距離は簡単には開かなかった。

四条寺町の界隈は人でごった返していたのだ。
おっさんだって行き交う人をかわすのに必死だった。

そんな人混みの中を必死で追いかけるおっさんと、浴衣で追いかける若者。
一人の屈強なスキンヘッドのおじさんが異変に気付いてくれた。

「どうしたんだ、あんちゃん!」
「そいつ、捕まえて!」

私の声を聴いたスキンヘッドのおじさんは、おっさんに向けてタックルをかますと、そのまま地面に叩きつけるようにしておっさんを取り押さえた。

「こいつ、なんかしたのか」
「盗撮を……僕の恋人を盗撮していました」
「なんだって! このクソじじい! ×××××(自主規制)!」
「捕まえてくれてありがとうございます」
「なんだ、いいんだって。それより、彼女のことフォローしてやるんだぜ」

おじさんから差し出された右手を私は握り返した。外国人みたいに大きな手で、すごく頼り甲斐のある手だった。

その後、そばの交番におっさんを突き出し、あれやこれや事情を聴かれたり、書類を書いたりしてから、あとはお巡りさんにお任せして交番を出た。

一言お礼を言うつもりだったが、一連を終えた頃にはスキンヘッドのおじさんはいなくなっていた。

その後、歩行者天国が始まる瞬間を目にしてから宵山見物を満喫し、
歩行者天国が終わる瞬間を四条烏丸交差点で眺めた。
こころの中では、BaseBallBear「祭りのあと」が流れていた。
そうやって、夏の日の一ページは過ぎていったのだった。

次回、『森見登美彦氏とわたし【聖地に住む編】有頂天家族 二代目の帰朝の巻』



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