ウルトラマンデッカーを観た

ウルトラマンデッカー全25話を観終えました。ウルトラマンシリーズを観たのは、昨年初代ウルトラマンを観て以来でした。

地球人が地球を守る

ウルトラマン視聴歴はかなり浅いのですが、改めてウルトラマンは地球人が地球を守るお話だと感じました。ウルトラマンというヒーローはいるけれど、デッカーで言うとTPUやガッツセレクトという組織がある。

現れる敵性のキャラクターも、いわゆる悪の組織と言われるものではなくて、あくまで怪獣であって、それらが地球を襲う。そして、地球人はそれに対抗する。

スーパー戦隊や仮面ライダーなどの東映特撮は、この10年位観てきましたが、そこでは特定のヒーローがいて悪の組織と戦う構図が中心を占めているかと思います。

今まで自分の中にあった、そうしたヒーロー物に対する印象とは異なっていたので、とても新鮮でした。

ウルトラマンという謎のヒーローがいて、地球の防衛隊は暗黙のうちに協力関係を結んでいて、言葉を交わさずとも知らず知らずに共闘している。
大抵は、地球の防衛隊の誰かがウルトラマンになっていて、視聴者は当然その図式は理解しているけれど、作中のキャラクターたちは知る由もない。そこで描かれる暗黙の信頼関係みたいなものが、ウルトラマンの魅力なのだと感じました。

孤独なウルトラマン

シン・ウルトラマンの主題歌、「M八七」(米津玄師)に”痛みを知るただ一人であれ”という歌詞があります。

同作は、初代ウルトラマンをオマージュしたものだけあって、物も言わず人知れず怪獣を撃退するウルトラマンの孤独感が歌われているように思います。実際、初代に出てきた科特隊のハヤタ隊員は、自身がウルトラマンであることを知られることなくその使命を終えました。

デッカーにおいても、物語終盤まではガッツセレクト内でその存在を知るのはハネジローのみで、リュウモンは他のメンバーよりも早いタイミングでその事実を知ることとなりましたが、寸前までそうと知らずにいたイチカは、一人で抱え込むなとカナタに対して激昂しました。

その際の、カナタの切り返しが印象的でした。
デッカーとして戦っているときも、一人で戦っているとは思わなかったと。リュウモンやイチカ、仲間がいたから戦ってこれたと。

シリーズを通して、ガッツセレクトの隊員としての連帯感や信頼感が描かれていたからこそ、初めてウルトラマンという未知の存在との繋がりが感じられてクライマックスにふさわしいシーンでした。

また、ウルトラマンのヒーロー像を考えるうえでも、心に刻まれる場面だったように思います。

ウルトラマンとSF

ウルトラマンはヒーロー物としてはもとより、単純にSFとしても楽しめるのだなと実感しました。

そもそもカナタが変身する契機となったのは、未来のカナタの子孫が関わっていましたし、バズド星を滅ぼした地球と、カナタたちのいる地球は別の時間軸にあることも描かれていました。

この数年はSF小説を読めていないのですが、時間物や並行世界が背景になっているお話は特に好きです。それに加えて、ヒーローが交わってくるとなるとなおの事楽しいですね。

終わりに

2月23日には、最終章が映画館及びTUBURAYA IMAGINATIONで配信されるとのことで、まだまだ楽しみは続きます。

余談ですが、この情報はアイカツ!の劇場版を観に行ったときの予告で初めて知り、しばらく頭が混乱しました。

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