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竹取物語の源流:隼人と天皇

少し前に、「竹取物語」の解釈をテーマにした3つの投稿をしました。

本投稿は、直接、「竹取物語」の解釈とは関係なさそうなのですが、その背景として興味深い、「隼人」に関わる情報(海幸山幸神話、天皇、竹、月、九州王朝、丹波などを含む)を紹介します。

古代日本の南九州に住んでいた隼人は、竹文化、月信仰を特徴とし、「竹取物語」の祖型の物語も、隼人に由来すると思われます。

記紀の日向神話は、隼人と密接な関係があり、竹の要素も見られます。
日向神話には、「竹取物語」と類似する異類婚姻譚や、「竹取物語」と表裏の関係にある「浦嶋子伝説」に類似する異界訪問譚を取り入れています。
つまり、日向時代の天皇神話に、隼人由来の物語が取り入れられているのです。

ところが、隼人は、記紀では、天孫族であるとともに、蛮族であるという、ありえない矛盾を抱えた存在です。
「隼人」は、単に倭人ではない異種族を指す言葉ではなく、極めて政治的に作られた概念であり、九州王朝の勢力を指しているとする有力な説があります。

おそらく「竹取物語」は、こういった背景のいくらかを意識して作られているのでしょう。




隼人と竹・月信仰


「隼人」は、古代に九州南部、鹿児島県の大隅や薩摩に居住していたとされる人々です。

ただし、大和朝廷が「隼人」と呼んでいた時期は、天武期以降、8C前後の120年間だけと推測されます。
この時期は、律令国家としての「日本国」の誕生期であり、記紀の編集期です。
そのため、「隼人」という言葉は、極めて政治的な概念だったと思われます。

*この問題は、最後のパラグラフで扱います。


その一方で、この地域に独自な文化を持った人々がいた(いる)ことも事実でしょう。
この隼人は、説話の類型から、南洋系(オーストロネシア系)の文化を持つ海洋民族とされます。

彼らの特徴は、「竹取物語」との関係で言えば、竹信仰や月信仰を持っていたことがあげられます。

現在でも、九州南部には、中秋の名月である十五夜に関わる民俗が多数残っていますし、薩摩や大隅には月読命神社があります。
また、竹林が多く竹細工が盛んです。

沖浦和光は、隼人が「竹中生誕伝説」、「羽衣伝説」、「十五夜祭」を日本にもたらしたと主張しています。(「竹の民俗誌」)


天武天皇の時、多くの隼人が畿内に移住させられました。

隼人は、竹製品の製作を担いましたが、当時、竹には呪力が込められていると思われていました。
また、天武天皇の葬儀の時、隼人が誄(しのびごと:生前の業績・功徳を述べる儀礼)を行いましたので、祭儀においても隼人の呪力が重視されたのでしょう。


「竹取物語」の舞台である、奈良県北葛城郡広陵町、広瀬大社の当たりは、畿内各地の隼人の交通の交差点のような場所でした。(保立道久「かぐや姫と王権神話」)

また、かぐや姫の(前世の)モデルである迦具夜比売の出身地の山城国綴喜郡には、大隅の隼人が移住していました。

このように、「竹取物語」の背景には、何重にも隼人の影響が見え隠れします。


日向神話と隼人1


記紀の日向神話は、隼人と密接に関していて、竹のモチーフも現れます。


降臨した天孫のニニギノミコトは、大山祇神の娘のコノハナサクヤヒメを娶りました。
彼女の本名は、神吾田鹿葦津姫(神阿多都比売、カムアタツヒメ)ですので、彼女は鹿児島の阿多の隼人(後の隼人で当時は熊襲?)であると思われます。
つまり、天孫は隼人の姫を娶ったのです。

そして、その長男の海幸彦(日本書紀によれば火闌降命(ホスソリ)、古事記によれば火照命(ホデリ))が、隼人の祖とされます。

これが実話だったとは思えませんが、さほど力があったとも思えない辺境の異種族である隼人を、天孫の長男の子孫とするのは不可解で、隼人を重視する何からのか裏があるのではないかと思います。


「日本書紀」の一書では、コノハナサクヤヒメは子を生む時に、竹の刀で臍の緒を切り、その刀を捨てると竹林になったと記載されています。

また、山幸彦(日本書紀によれば彦火火出見尊(ヒコホホデミ)、古事記によれば火遠理命(ホオリ))が海神の宮に行く時に乗った船は、竹を堅く編んだ籠の船でした。

このように、日向神話には、隼人文化の特徴である竹のモチーフが現れます。


表裏関係にある羽衣天女伝説と浦島子伝説


「羽衣天女伝説」と「浦嶋子伝説」は、表裏の関係にある物語です。

「羽衣天女伝説」は、異界から来た女性が富や子をもたらし、異界に帰る物語(異類婚姻譚)です。
一方の「浦嶋子伝説」は、男性が異界を訪れて、そこで女性から富をもらい、もとの世界に帰る物語(異郷淹留譚)です。

「竹取物語」や豊玉姫の神話(地上での山幸彦の子の出産)も、「羽衣天女伝説」と同じ類型に属するでしょう。
一方、山幸彦の神話(海神宮訪問)は、「浦島子伝説」と同じ類型に属します。

両物語には、異界の者が富や子を与えるという点以外にも、共通点があります。

「浦嶋子伝説」でも、「竹取物語」でも、異界と地上では、時間の進み方が違い、異界の一瞬が地上の長い時間に当たります。
ですが、浦嶋子は玉匣(玉手箱)を開いて老化するのに対して、かぐや姫が残したのは飲めば若返る薬(不死の薬)なので、反対です。

また、玉匣を開くことは、「見るなのタブー」と同じ類型のモチーフです。
一方、前の投稿で書いたように、天皇が無理やりにかぐや姫の顔を見るのも、「見るなのタブー」の類型です。
豊玉姫の場合も、産屋の中を見るなという「見るなのタブー」があります。

「見るなのタブー」は、異界(自然や無意識)の創造性は、言語的な分別を加えてしまうことで失われる、という単純な比喩的表現です。

「日本書紀」の一書では、海幸彦は、竹の籠を船にして異界を訪れ、海神宮の門の前の木の下で様子を見ていました。

ちなみに、一書では、この木は杜樹(かつらのき)とされます。
桂は中国では月にある木とされるので、月信仰と結びついている、というか、海神の宮が月でもあるということでしょう。

一方、かぐや姫は、竹の木の中に異界からやってきて、竹の籠の中で育てられます。

このように、両者には、竹や木を媒介にした異界と地上の移動があります。


日向神話と隼人2


改めて、日向神話の中にある、「羽衣天女伝説」(異類婚姻譚)の類型神話と「浦嶋子伝説」(異郷淹留譚)の類型神話を見てみましょう。

まず、降臨したニニギノミコトは、山の神の娘(隼人の姫)のコノハナサクヤヒメを娶って子を得ました。
ですが、「古事記」によれば、その姉のイワナガヒメを娶ることを断ったため、ニニギノミコト以降の天皇は、死すべき存在となりました。

つまり、神から人間になったのです。
これは、不死なものを選ばず、可死なものを選んだことを理由にした「死の起源譚」の物語です。

ですが、コノハナサクヤヒメとイワナガヒメを一体と見ると、地上にやってきた異界(山の神の領域)の女性(コノハナサクヤヒメ)と結ばれて富(子)を得たが、彼女の真の姿(イワナガヒメ)を見て拒絶するというタブーを犯したため、彼女は去ってしまった、という異類婚姻譚の類型に属する神話になります。


次に、その息子の山幸彦(彦火火出見尊、火遠理命)は、異界(海神の宮)に行き、女性(豊玉姫)を娶ります。
この部分は、異郷淹留譚の類型に属する物語です。

ですが、豊玉姫が地上にあがって出産したが、産屋を覗くというタブーを犯したために、彼女は去ってしまった、という部分は、異類婚姻譚の類型に属する神話です。

両神話は、地上に降りた天孫族が、山(地上)と海の両方との結びつきを得たことを表現しています。
そして、山も海も、隼人に関わる領域とされています。

ですが、それは、両領域の富の一部を得ただけであって、すべてを得たのではないことも示しています。

政治的な書である記紀神話が、このような天皇の否定的側面を語ることは不可解です。
物語の論理を重視したからでしょうか?

理由は異なりますが、これらの神話は、かぐや姫が天皇を残して月へ帰ることの背景になります。


隼人と丹波


上記の沖浦は、隼人が日本に「羽衣天女伝説」、「竹中出生譚」の物語、つまりは「竹取物語」の元型をもたらしたと主張しています。

山幸彦の海神の宮訪問の神話が「浦島子伝説」の原型に関わるなら、「浦嶋子伝説」も隼人がもたらした可能性があります。

丹後の宇良神社(浦島神社)の伝承では、浦島は日下部氏の祖先とされていますが、この日下部氏は月読命の子孫であると伝えられています。
ですから、浦嶋子は月神とつながりがあることになり、このことも隼人とのつながりを感じさせます。

その丹後は、「丹後国風土記」に記載されているように、「羽衣天女伝説」と「浦嶋子伝説」の両方を伝えています。
丹後には浦嶋子を祀る神社が多数ありますし、丹後の豊受大神は降臨した天女とされます。

両伝説は、誰がどこからもたらしたのでしょうか。


かぐや姫の(前世の)モデルとされる迦具夜比売の出身地は、山城の綴喜郡です。
ここには、隼人が居住していました。
そして、ここは丹波国造一族の出身地です。

宝賀寿男は、丹波国造一族が綴喜郡の隼人から、「羽衣天女伝説(竹取物語の原型)」を受け取り、それを丹後にもたらしたと推測しています。(「神功皇后と天日矛伝承」、「越と出雲の夜明け」)


ちなみに、丹波王朝説を唱える佐藤洋太によれば、「隼人」は丹波系の王統の子孫です。
崇神王朝によって畿内から追い出されてから、四国を経て九州に逃亡したのだと。(「かぐや姫と浦島太郎の血脈」)


九州王朝と隼人


大和朝廷が、薩摩・大隅の人々を「隼人」と呼んだ時期(約120年間)は、記紀によれば、「隼人」の反乱・討伐の時期と、その後のしばらくの間です。

記紀、続日本紀から隼人の反乱があったと推測されるのは、700年、702年、713年、720年です。

天皇の祖(山幸彦)に、「隼人」の祖(海幸彦)が従がったとする海幸山幸神話は、この8Cの政治的背景で作られた(作り変えられた)もので、ここには「隼人」に対する支配を正統化する目的があったと推測されます。

ですが、それだけなら、「隼人」を天孫の直系とする必要はありません。
記紀の「隼人」は、天孫の長男を祖としながら、蛮族とされる、ありえない矛盾を抱えています。

実際にも、「隼人」は蝦夷や南島人とは扱いが異なり、服従を示す風俗歌舞(隼人舞)を宮中で奏上させられ、また、守衛や呪術的儀礼などの王権守護の役割をさせられました。


九州王朝説の論者によれば、「隼人」は、「日本国」の前王朝、つまり、「倭国」である九州王朝の抵抗勢力を指しています。

万世一系の原則で編集された記紀は、九州王朝の存在を隠したため、これを「隼人」と記しているのです。

ちなみに、「隼人」を九州王朝とする説は、江戸時代からあります。
国学者の鶴峯戊申は「襲国偽僭考」(1820)で、隼人は九州で千年以上に渡って王を名乗ったが、720年に西征によって滅びた、と主張しています。

ですが、九州王朝の存在、正当性を否定しきれなかったため、あるいは、「隼人」が九州王朝であることを暗示するため、「隼人」の祖を天孫の長男としたのでしょう。


九州王朝説の論者によれば、8C初頭に、近畿の朝廷は九州王朝を討伐して王朝交代を成しました。

まず、九州王朝の勢力を近畿から追い出し(692年)、その後に北九州の本拠を攻撃(699-700年)した後で、「日本国」を誕生させました(701年の大宝律令)。

その後、九州王朝最後の拠点である薩摩を攻め(712年)、その残存勢力を滅ぼした(720年)のです。
記紀は、この最後の戦いを「隼人の反乱」、「隼人の討伐」と記しているのです。

ただし、例えば、712年の隼人討伐戦については、記紀は直接には記さず、勲功だけを記し、続日本紀は恩賞も記さず、天下大赦と諸国の免税のみを記して、隠しています。

ですが、万葉集には、万葉集学者の中西進が言うように、長田王が隼人討伐のために薩摩まで派遣されたことを記しています。

九州王朝の最後の元号である「大長」が終わったのはこの712年であり、この年に大和朝廷は大隅国を置きました。


九州王朝と海幸山幸神話


海幸山幸神話には、二子しか登場しません。
記紀でニニギノミコトの子が三子になっているのは、記紀が近畿天皇の祖(ヒコホホデミ=ホオリ)を二子に付け加えて、それを山幸彦としたからでしょう。

おそらく、記紀が改変する前の神話では、山幸は九州王朝の天子の祖とされていたのでしょう。

つまり、大和朝廷が九州王朝の王朝起源神話を奪ったのです。


九州王朝論者の服部静尚は、この海幸山幸神話は、もともとは九州王朝の中の二系統の王統の争いを反映していたとの説を唱えています。

「宋書」が語る倭の五王の姓は「倭(ヰ、ワ)」ですが、「隋書」が語る倭王(俀王)の多利思北孤の姓は「阿毎(=天=海、アメ)」です。

服部は、倭姓が日本の発音では「ヤマ」であり、山幸の王統、そして、阿毎姓が海幸の王統であると推測します。

この2つの王統の交代は何度かありました。

海幸山幸神話は、倭姓(山幸)の王統の王朝交代による起源神話でした。
ですが、多利思北孤の時代には阿毎姓の王統に交代していました。

ところが、九州王朝末期には、また倭姓の王統に交代しました。
天智天皇の妃だった倭姫王が倭姓だからです。
大和朝廷によって最後に討伐された「隼人」は倭姓の王統だったのです。

同じく九州王朝論者の正木裕は、天孫族が降臨する(九州に上陸する)前の、壱岐、対馬の一族が海幸彦、九州に渡った一族が山幸彦だと解釈しています。

私は、邪馬台国は「山側の(ヤマ)大きな(タ)倭国(ヰコク)」の意味で山幸彦、それに対する海側の委奴国、伊都国が倭国(ヰノ国)で海幸彦だった可能性もあると思っています。

また、豊国王朝説を唱える福永晋三によれば、倭の五王の倭姓は実際は紀氏で筑紫王朝、阿毎姓が豊国王朝となります。

一方、多元的な九州王朝説を唱える佃収によれば、倭の五王の倭姓は実際は卑弥氏で、阿毎姓は実際には物部氏です。

*このパラグラフと前のパラグラフの主要参考文献は、古田史学の会「倭国から日本国へ」(明石書店)に掲載の下記の論文
・正木裕「「王朝交代」と消された和銅五年(七一二)の「九州王朝討伐戦」」
・正木裕「「王朝交代」と「隼人」」
・服部静尚「海幸山幸説話」


*タイトル画像の「隼人の盾」は、wikipediaより


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