古神道の言霊学
「言霊学」は、国学や古神道、霊学の中でも、重要な分野の一つです。
「言霊学」は、神秘主義的言語観によって、日本の五十音の意味や、その宇宙生成論的役割を研究するものです。
このページでは、少し長くなりますが、「言霊論」とは何かについて、そして、主要な言霊家である山口志道、中村孝道、平田篤胤、大石凝真素美、川面凡児、出口王仁三郎の言霊論を簡単に紹介します。
言霊学とは
国学が古語や五十音の研究をしているうちに、秘教的な傾向を強める中で、「言霊学」が生まれました。
古神道、霊学における「言霊学」は、神秘主義的な言語観を持っています。
ですから、単に、言葉に霊が宿る、発した言葉は実現する、邪心から嘘言を発すると神罰が当たるといった、「言霊信仰」、「言霊思想」ではありません。
言語を、創造力を持った宇宙的存在、神的原理として捉えます。
宇宙生成論と言語の生成論が同時であり、一語・一音ごとに意味があり(音義説)、神の言語と人間の言語、そして、宇宙や自然の言語が同一のものであって、それらに照応関係を見出します。
このような神秘主義的言語観は、「セフィール・イエツラー」以来のカバラや、スーパー・シーア派、インドのタントリズム、密教、シュタイナーの人智学など、世界的に存在します。
日本には、古来「言霊思想」がありますし、もう一方では、密教や空海の言語哲学がありました。
密教の「阿字」から宇宙が生まれたとする「阿字本不生」の思想や、空海の「声字実相義」の「五大は皆な響き有り、十界に言語を具す、六塵は悉く文字なり」という言葉も良く知られていました。
そのため、日本に「言霊学」が生まれるのは必然であったと言えます。
「言霊学」の本質は、言語=神的原理=象徴体系を研究するものです。
「言霊学」は、50音や75音の象徴体系として構築されますが、中でも母音など特別視する場合は、そこに階層が生まれます。
象徴体系の階層は、宇宙の階層説であり、宇宙生成論と一体です。
ちなみに、日本語の特殊性としては、子音を表す文字がないことでしょう。
神との関係では、言霊を司る神や、言葉と神との関係を探求する神論となります。
言語には、「意味」と「音声」と「形象」があります。
「意味」面は音声との結びつきを考える音義論となり、「音声」面は音声論や音韻論となり、「形象」面は文字論(神代文字論)となります。
さらには、文学論や、記紀の真意を探る解釈学にも発展します。
「言霊」は象徴体系なので、その実践面では、占いや呪言などとしても利用されます。
言霊学の流れ
国学者として有名な平田篤胤も「言霊学」の先駆者の一人です。
ですが、言霊論の先駆者としてより重要なのは、篤胤とほぼ同時代人である山口志道と中村孝道です。
志道は、言霊の文字という形象面を中心にして探求し、火/水の二元論で考えました。
一方、孝道は、音声面を中心にして探求し、軽/重や始/終の軸で考えました。
二人の「言霊学」は、大石凝真素美や大本教の出口王仁三郎らに継承され、統合、発展されました。
また、彼らとは異なる「言霊学」の流れとして、川面凡児らがいます。
平田篤胤
国学(古道、復古神道)の「四大人」の一人である平田篤胤(1776-1843)には、先行する荷田春満、賀茂真淵ら国学者らから継承し、発展させた言霊論(神秘主義的言語・音声・文字論)があり、後の古神道霊学者の言霊論に影響を与えました。
彼は、「真の古伝」を伝える祝詞が、本来は「神世文字」で書かれていたと推測しました。
日本古来の文字である「神世文字」の存在は、新井白石や僧諦忍が肯定していましたが、篤胤の師の宣長は否定していました。
そして、篤胤は、1839年の「古史本辞経―五十音義訣」で、言霊宇宙論を展開しました。
その中で、篤胤は「ウ(宇)」の音声を最初にして宇宙が生まれたとして、「宇字本不生」論を主張し、真言密教の「阿字本不生」論を否定しました。
篤胤によれば、五十音は「五母韻」と「十父声(いわゆる子音)」の交合で構成されます。
また、「ア・イ・ウ・エ・オ」が「初・体・用・令・助」という性質を持ち、宇宙(天地)の5つの場所と対応するとしました。
・ア:天津国(高天日の御国)
・イ:天の八衢
・ウ:顕国(宇都志国、現世)
・エ:泉津平坂(黄泉平坂)
・オ:泉津国(月予美国、黄泉国)
この考えは、後で述べる中村孝道の言霊論と似ていて、その影響を受けている可能性もあります。
篤胤の宇宙生成論では、まず、産霊神から「ウ」である「一の物」が生まれ、それが分かれて「ア」である「高天日の御国」と「ウ」である「宇都志国」になります。
さらに、そこから分かれて「オ」である「月予美国」が生まれます。
また、上昇する「イ」として「天の八衢」が、下降する「エ」として「泉津平坂」が生まれます。
このように、「ウ」は、原初の「一の物」でもあり、それから生まれた現世でもあります。
さらには、人間の霊魂(霊性)である産霊神の分霊の音でもあるのです。
また、篤胤は、「ア」である父=伊邪那岐=天照大神=直毘神の系列と、「オ」である、母=伊邪那美=月夜見=禍津日神の系列は、親しく通うのだとも書いています。
山口志道
山口志道(1765-1843)は、安房国出身で、山口家には代々「布斗麻邇御霊」という言霊秘図が祀られていました。
そして、彼は、荷田春満が伏見稲荷で発見したとされる「稲荷古伝」が、「布斗麻邇御霊」から発展したもので、その解明に役立つと考え、これに基づいて自身の「言霊学」を構築し、「水穂伝」(1834)を著しました。
彼は、「布斗麻邇御霊」に描かれた7つの図形(原文字)が宇宙生成論を表現していて、それらの意味は、「稲荷古伝」の12の図形(原文字)によっていると考えました。
志道の宇宙生成によれば、まず、天地初発の時に「凝(こり)」が生まれ、それが「火(父)」と「水(母)」に分かれました。
次に、この二者が結合して、再度、第二の「凝」が生まれ、その中の重く濁ったものが下降して「形」になり、軽く澄んだものが上昇して「息」になりました。
「息」からは「音(こえ)」が現れ、「五十連」の言霊になりました。
また、「音」は形をとって、原文字「形仮名(カタカナ)」になりました。
その発生の順は、「ホ」に始まり、「マ」に終わります。
志道は、「火(父)」と「水(母)」の二元論で考えます。
そして、神を「火水(カミ)」と表現し、また、「息」を「水火(イキ)」、魂を「霊水火(タマシイ)」と表現しました。
志道は「息=水火」を重視します。
天の「水火(イキ)」と人間の「水火(イキ)」は同一であり、天と人間は、この「水火(イキ)」が「凝」となったものです。
そして、「稲荷古伝五十連法則」によれば、アカサタナ…の各行は、次のような意味(霊)を持ちます。
・ア:空中水霊、天を司る
・カ:睴火霊
・サ:昇水霊
・タ:水中火霊
・ナ:火水霊
・ハ:正火霊
・マ:火中水霊
・ヤ:火水霊、人を司る
・ラ:濁水霊
・ワ:水火霊、地を司る
また、ア行の霊は天を司り、ヤ行の霊は人を司り、ワ行の火霊は地を司ります。
先に書いたように、五十音の「形仮名」は順次発生し、五十音にはそれぞれに意味があります。
五十音の発生力学は複雑ですが、例えば、「ア」の発生に関しては、「ハ」から水の「イキ」が月となって左に分かれて「ア」を生んで天を形作った、とされます。
中村孝道
中村孝道(18C末-19C中頃)は、生没年不詳であり、出身地についても、日向説、丹波説があって確定していません。
孝道は、日向出身の老翁に由来するという言霊説を伝えられ、「言霊或問」(1834)、「言霊聞書」(1834)、「言霊中伝」、「言霊奥伝」、「言霊真洲鏡」(口述の記録)などを著しました。
孝道は、濁音、半濁音を含む75音の言霊の関係図であり、天地人の理を映した「真洲鏡(ますみ鏡、真須鏡、真澄鏡、真寸美鏡)」というものがあったと言います。
そして、これは、古事記の神代巻には「白銅鏡」、万葉集には「真墨の鏡」と記されているものであると。
「真洲鏡」は、横5列、縦15行(5組×3字)で構成されています。
母音は「母字」とされ、子音は「父字」されます。
横5列は、「アオウエイ」の列であり、この順で生成されたことを表現します。
また、それぞれの列、語味は、下記のような意味を持ちます。
(列の意味)(韻の場所)(音の意味)
・ア :初柱 : 喉の韻 :音顕れ出る霊
・オ :内柱 : 唇の韻 :外に起こる霊
・ウ :中柱 : 歯の韻 :動く働く霊
・エ :外柱 : 舌の韻 :内に集まる霊
・イ :留柱 : 牙の韻 :至り留まる霊
縦の5組は、それぞれに3行が配置されます。
そして、それぞれが、以下のように、人間が発音する場合の場所と、宇宙上の場所に対応を持っていて、上から順に生成されました。
(行) (音の場所)(宇宙上の位置)
・カ・ガ・ダ: 牙の音 :高天棚
・タ・ラ・ナ: 舌の音 :天の棚
・ハ・サ・ダ: 歯の音 :中津棚
・パ・バ・マ: 唇の音 :地の棚
・ヤ・ワ・ア: 喉の音 :根の棚
それぞれの行、それぞれの音(霊)には意味があり、その意味は「真洲鏡」上の位置に対応します。
ア、ウ、イ、サ、ス、シ、カ、ク、キの9音は、上下中間の場所にあり、「九柱」として特別な存在です。
出雲や伊勢の神殿を支える9柱と同じです。
一番上のカ行は軽く、サ行は中間、ア行は重い音(霊)です。
ア列は始まり、ウ列は中間、イ列は終わりの音(霊)です。
個々の音には意味があり、具体的には、例えば、「サ」は広がり騒ぐ霊、「カ」は光り輝く霊の意味を持ちます。
図の中心に「ス」が位置しますが、「ス」について、中へ集まる霊、天地交合し万物を生み出すと書いています。
ですが、孝道は、「ス」を始めとして75音が生まれたとは書いていません。
孝道には、公表はされませんでしたが、志道の影響を受けた、言霊の「形象」面の文字論の秘伝があったようです。
彼は、七十五声の言霊が吹き出す息の形を、「天津金木」を組んで表現した「瑞組木文字(瑞茎文字)」が、日本の神代文字だったと言います。
ですが、孝道自身は、具体的に「瑞組木文字」を記しませんでした。
孝道の高弟の孫である大石凝真素美は、孝道が公開しなかった「天津金木」や「瑞組木文字(水茎文字)」について発展させました。
大石凝真素美
大石凝真素美(1832-1913)は、古神道霊学者で、「言霊学」の大成者として知られる人物です。
彼の宇宙生成論・神統譜は、言霊である七十五声の誕生と展開として語られます。
それは、七十五声が正列した「真須鏡」や、ひな形的な形態の「十八稜圑」、「六角切り子」などを反映しています。
真素美は、宇宙開闢以前の原初には、「す」という物(音)があったと考えます。
「す」を宇宙の根源とするのは、「す」を「真洲鏡」の中央に置いた中村孝道の説を、宇宙生成論として拡大解釈したものでしょう。
また、真素美は、「す」を「⦿」と表現しますが、これは山口志道の表現と似ています。
「す」は「此世の極元」と表現され、「十八稜圑(こんぺいとう)」の形でした。
これは、真素美にとってのプラトン立体のような宇宙の基本形態でしょう。
また、この「極元」は、微細な「神霊元子(こえのこ)」が、「もろみ」の状で「もろもろ(多量)」に存在する状態でした。
「神霊元子」は、霊的原子であり、音原子であるような存在です。
この極微点が連珠糸となって組織化されることで、天地人が造られます。
この考えは、彼の独創でしょう。
「十八稜圑」は、「た・か・ま・が・は・ら」の6声とともに球形の「至大天球(たかまがはら)」となりました。
「至大天球」の球面が8区分に分かれて「八島国(大八島)」が生まれました。
この8区分(曲面)は14面の「六角切り子」になります。
また、天球と地球の間に、「真須鏡」の「天・火・結・水・地」の五柱が縦に五重に生まれました。
オノゴロ島にある「天之御柱」は、「水柱」に当たります。
「至大天球」を含めて、天地人は、日本語の七十五声が正列した鏡である「真須鏡」を反映して、それぞれに照応します。
真素美は、七十五声の意味を、「六角切り子の玉」という立体をもとに考えました。
七十五声のそれぞれが、「六角切り子の玉(十八稜圑)」の18面のそれぞれに対応する意味を持ちます。
そのため、一つの音声に対して18義を考えるのです。
真素美は、孝道の「真洲鏡」を、「真須鏡」と表記します。
「真須鏡」は「真洲鏡」と比べて、七十五声の配置は同じですが、縦横軸の説明を、以下のように少し変更を加えています。
(列の意味)(韻の場所)
・あ:地柱:幽内 :喉の韻
・お:水柱:幽内 :唇の韻
・う:結柱:中道 :口の韻
・え:火柱:顕外 :舌の韻
・い:天柱:顕外 :歯の韻
(宇宙の場所)(音の場所)
・か・が・だ :天之座 :歯之音
・た・ら・な :火之座 :舌之音
・は・さ・だ :結之座 :口之音
・ぱ・ば・ま :水之座 :唇之音
・や・わ・あ :地之座 :喉之音
宇宙の場所は、「天之座」は天球である高天原、「火之座」は太陽のある空域、「結之座」は天地の中間、「水之座」は川など、「地之座」は大地でしょう。
出口王仁三郎
大本教の二大教祖の一人であり、近代日本を代表する宗教家である出口王仁三郎(1871-1948)は、中村、山口、大石凝からの影響を受けた言霊理論を持っていました。
彼は理論化というより、言霊の実践家です。
王仁三郎が、「火/水」二元論、原初存在を「ゝ」と「○」を合わせた記号「⦿」で表現することなどは、山口の影響です。
また、原初存在を「ス」の言霊とすること、75声の「真澄鏡」説などは、中村、大石凝の影響です。
王仁三郎は、「水穂伝」を書いた山口の言霊説を、「火水の体」である「大本(にほん)言霊」、「真寸美鏡」を書いた中村、および大石凝の言霊説を、「火水の用」である「日本(にほん)言霊」であるとします。(「言霊の大要」)
そして、「火水の体」は「カミ」であり、「火水の用」は「イキ」、あるいは、「シホ」であるとします。(「大本言霊解」)
・山口志道「水穂伝」 :火水の体:カミ :大本言霊
・中村孝道「真寸美鏡」:火水の用:イキ、シホ:日本言霊
王仁三郎は、宇宙が言葉の法則で作られ、動いていると説いています。
言霊を原子論的に「神霊元子」として捉えますが、これは大石凝真須美の影響です。
王仁三郎は、「天祥地瑞」で、言霊の生成を宇宙の生成と結びつけて、以下のような過程として説いています。
・ス→ウ→ア→オ→5大父音→9大母音→75音
王仁三郎は、5母音を「五大父音」と表現します。
また、「タ・カ・ア・マ・ハ・ラ」の「六言霊」が、(5大父音の前後に?)発生して、高天原(至大天球)が作られます。
これは、大石凝の影響でしょう。
ただ、高天原が言霊として生まれたという説は、吉田兼倶も説いています。
兼倶は「高・天・原(タカ・アマ・ハラ)」の三字が47言(50音)の種子であるとしましたが。
王仁三郎は、「五大父音」を「天の柱」、「九大母音」を「国の柱」としました。
そして、75音の各行各列の意味について、王仁三郎は大石凝の説を少し修正しています。
また、王仁三郎は、75音それぞれの神を説いています。
「五大父音」に関しては、以下のように、神世七代の神々です。
あ:宇比地邇神、須比智邇神
お:角杙神、活杙神
う:大戸之道神、大戸之辺神
え:面足神、惶根神
い:伊邪那岐神、伊邪那美神
王仁三郎は、学者ではなく宗教家(神業の実践家)ですので、言霊に関しても、学よりも、実践としての側面が重要です。
また、王仁三郎は、言霊の発生する方向を重視しました。
通常は南に向かって発するのですが、東・西・北方向に発する場合もあります。
そのため、活字で表現する時、北の発する場合には活字を通常の下向きに、東に発する場合には右倒しに、西に発する場合には左倒しにして印刷しました。
また、「霊界物語」の「幽の幽」の神話である「天祥地瑞」では、会話などのほとんどが和歌(三十一文字)で書かれます。
これは、神は本来、和歌のリズムで会話していたからとされます。
王仁三郎は、綾部の大本本部に「金龍海」と呼ばれる池を作り、そこに「五大父音」を象徴する五大洲を浮かべました。
また、言霊閣(黄金閣)を建て、鈴を用いた75声の言霊を配置しました。
これらは、大本の雛型理論に基づく神業です。
また、言霊隊を組織して各地の山で言霊発生の神業を敢行しました。
川面凡児
著名な古神道家である川面凡児(1862-1929)は、日本には、天照大神から伝わる神代文字が存在するとし、これを「大和文字」あるいは、「出雲文字」と呼びます。
彼は、それが祖父が入手した「真魂」、「フミ」に記されていると主張しています。
日本語は、一音一義の「言霊」を持っていて、凡児は、これが天照大神の伝であるといいます。
人間は根本霊魂からの分霊ですが、言語はその人間からの分霊であり、一語一語に「霊魂」が宿ります。
凡児は、「言霊」も微分子・微原子であると考えます。
そして、「言霊」が集合して構成されたものが「思想」となります。
凡児によれば、根本祖音は「あ」であり、これは天照大神の「あ」です。
「い」は、外に向かって猛き活動を有する、開き進みて栄え昇る音です。
「う」は、内に向かって閉じ、満ち溢れる音です。
「え」は、「い」と「あ」を合した音で、猛烈強剛な音です。
「お」は、「あ」と「う」を合した音で、内容が充満した美妙荘厳な音です。
*詳細は下記をご参照ください。
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