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密教(タントラ仏教)の発展段階

「神秘主義思想史」に書いた文書を編集して転載します。


インドとチベットの分類


「密教」は、仏教がタントラ化したものです。

それまでの大乗仏教との違いを、一言で表すと、自分自身を本尊であると観想する修行(成就法、本尊ヨガ、我生起)を行うのが密教です。

「密教」と言う言葉は、日本仏教で使われる言葉で、インドには、直接対応する言葉はありません。

密教自身の呼称では、「金剛乗(ヴァジュラ・ヤーナ)」か「真言乗(マントラ・ヤーナ)」です。

また、仏教学の用語としては、「タントラ仏教」があります。

日本では、一般に、密教以前の仏教を「顕教」と呼びます。

しかし、密教自身の呼称では、密教以前の大乗仏教を、「波羅蜜乗」と呼びます。

密教の発展段階は、インドでも様々な説がありあますが、代表的には、次のような5段階の分類がなされます。

1 所作(クリヤー)タントラ :儀礼重視
2 行(チャリヤー)タントラ :勤行重視
3 ヨガ・タントラ :五部の体系化
4 大ヨガ(マハー・ヨガ)タントラ:男性尊・死のヨガを重視
5 母(ヨーギニー)タントラ :女性尊・性のヨガを重視

上記の分類では、いずれも「タントラ」という名称がついていますが、1~3までの経典は実際には「スートラ」という名前のものが多く、実際に経典に「タントラ」という言葉が多用されるようになるのは、4以降です。

「真言乗(マントラ・ヤーナ)」というカテゴリは、2のクラスの経典で生まれた言葉ですが、すべての密教に対して使用可能だと思います。

しかし、4の「無上ヨガ・タントラ」では、「真言乗」という表現を否定する場合もあります。

「金剛乗(ヴァジュラ・ヤーナ)」は、3のクラスの経典(初会金剛頂経)で生まれた言葉で、それ以前の顕教を「波羅蜜多乗(パーラミター・ヤーナ)」と呼び、自分たちと区別し、「金剛乗」の優位性を主張しました。

「金剛乗」は、本来、「金剛頂経」系の密教を表しますので、主に3のクラス以降の密教を指します。

従来、日本には4以降は伝来しておらず、伝統的に1、2を「雑密」、3を「純密」、場合によっては4、5を

「左道密」と呼んできました。

しかし、現代の仏教学では、1、2を「初期密教」、3を「中期密教」、4、5を「後期密教」と呼びます。

チベットでは、インドでの分類を整理しながら、密教の発展を4段階で考えるプトゥンによる分類が有名で、日本でもこれを採用することが多いです。

これは、4、5の両方を「無上ヨガ(アヌッタラ・ヨガ)タントラ」とし、さらにそれを3分類にします。

4A 方便・父(ウパーヤ・ヨーギン)タントラ
4B 般若・母(プラジュニャー・ヨーギニー)タントラ
5  双入不二タントラ

「方便・父タントラ」はインドの「大ヨガ・タントラ」、「般若・母タントラ」は「母タントラ」に当たりますが、それを同格として、その後に、インドの分類にはなかった、両者を統合する「不二タントラ」を置きます。

同じチベットでも、ツォン・カパの思想を継承するゲルグ派は、「父タントラ」を上位に置き、「不二タントラ」を考えないので、下記のような分類になります。

4 般若・母(プラジュニャー・ヨーギニー)タントラ
5 方便・父(ウパーヤ・ヨーギン)タントラ

つまり、父タントラを上位に見る派と、母タントラを上位に見る派、両者を同格として統合する経典を考える派の、3派があったのです。


プトゥンの分類


プトゥンの分類に即して、順に簡単に説明します。

1 「所作タントラ」

2C頃に生まれ、息災・招福などの祈祷や儀式を中心にしています。

しかし、瞑想に関しても、「前方生起(自分の前に仏を観想して浄化する)」だけではなく、「我生起(自分を仏として観想する)」などの内面的な瞑想がないわけではありません。

釈迦から教えられた秘密の教えを執金剛が説くのが一般的で、マンダラは、その前形態としての三尊形式があります。

2 「行タントラ」

7C中頃の「大日経」が代表経典です。

祈祷や儀式を内面的に解釈し、悟りを目指すための日々の勤行が重視されるようになります。

瞑想法は、身(印・座法)・口(マントラ)・意(観想)の「三密」として体系化が進みます。

また、「有相ヨガ」と「無相ヨガ」を対比して整理し、本尊の観想と、イメージのない「空」とが、一体となる「深明不二」を目指します。

3 「ヨガ・タントラ」

7C後半の「真実摂経」(金剛頂経初会)に始まります。

「金剛杵」を仏の悟りの象徴とし、その観想を重視し、「金剛乗」を名乗りました。

また、欲望を否定せずに修行法(貧欲行)に転化したり、仏教以外の神などの「降伏(調伏)」も特徴とします。

主尊は法身大日如来(マハー・ヴァイローチャナ)です。

五仏・五智など、様々なものを五部(五族)の体系として整理し、悟りの内容がマンダラとして表現されました。

また、マントラをマンダラの諸尊の忿怒形、ダラニを諸尊の三昧耶形に対応させて、体系化しました。

瞑想法としては、マンダラを身体の部位に観想する「微細ヨガ」や、マンダラを広げたり収縮させる「広観・斂観」を行います。

4 「無上ヨガ・タントラ」

8C後半の「秘密集会タントラ」や、「サマーヨガ・タントラ」に始まります。

シッダと呼ばれる僧院外の修行者が重視され、反出家主義、反戒律的傾向が強まります。

無上ヨガ・タントラは、煩悩や欲望を否定せず利用し、また、生得的な欲望を肯定します。

忿怒尊が重視され、異教の神の調伏を行いますが、煩悩の破壊をも意味します。

それは、煩悩や欲望の単なる否定ではなく、浄化、変容、活性化です。

ここに、タントラ・密教が、「活性化の道」、「変容の道」と呼ばれるゆえんがあります。

プラーナの生理学説をベースにした輪廻の理解、意識の階層性の理論が特徴で、「三身修道」による三身の獲得を特徴とします。

行法としては、尊格とマンダラの生滅を観想してそれに一体化する「生起次第」と、生理学的ヨガ(プラーナをコントロールするヨガ)である「究竟次第」の2系列があります。

本尊は忿怒の「父母仏(=合体尊、歓喜尊)」が中心となります。

下位カテゴリである「方便・父タントラ」は、8C後半の「秘密集会タントラ」を代表とする潮流です。

「死の浄化」をテーマにしていて、ヒンドゥー教の冥界王ヤマを調伏する「ヤマーンタカ」を重視します。

死を浄化する「死のヨガ(ピンダグラーハ)」によって「光明」を体験して「空」を理解します。

「般若・母タントラ」は、9C以降の「サマーヨガ・タントラ」、「ヘーヴァジュラ・タントラ」、「サンヴァラ」系タントラを代表とします。

母タントラは、「性・生命力の浄化」をテーマにしていて、ヒンドゥー教の生命力を象徴する女神を調伏する「ヘールカ」が本尊で、女性忿怒尊も重視します。

受胎を浄化する「性のヨガ(ビンドゥヨガ)」によって「大楽」を体験して「空」を理解します。

「不二タントラ」は、父・母の両タントラを統合したもので、基本的に、10~11Cに成立した「カーラチャクラ(時輪)タントラ」を指します。

全インド仏教を統合すると共に、終末論、占星学などの西方の思想も統合し、インドにおける神智学の一大統合をなしとげました。

「無上ヨガ・タントラ」の詳細に関しては、別項をご参照ください。


ニンマ派の分類


チベットのニンマ派は、独特の分類をします。

上記のインドで分類の4「マハー・ヨガ」、5「ヨーギニー・タントラ」、チベットのプトゥンの分類の4「無上ヨガ・タントラ」を、すべて「マハー・ヨガ」と呼びます。

そして、独自の観点から、ニンマ派のみが伝承する、より上位なものとして、5「アヌ・ヨガ」、6「アティ・ヨガ」を立てます。

4 マハー・ヨガ
:順を追って形をイメージする観想、到達する境地はマハームドラーと同じ
5 アヌ・ヨガ
:本質を重視して一挙にイメージする観想、到達する境地はゾクチェンと同じ
6 アティ・ヨガ
:観想は行なわず、自然に清浄な現れが生まれるようにする

「アヌ・ヨガ」、「アティ・ヨガ」を上位に置くのは、根源的な意識は本来的に悟っているので、意識的な瞑想方法を行わないものほど評価しているからです。

ただし、「アティ・ヨガ」は、「ゾクチェン」とほぼ同じですが、密教的な方法を使い、段階を追って進む道という点で、純粋な「ゾクチェン」とは区別ができます。



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