カーラチャクラ・タントラの思想
「神秘主義思想史」に書いた文書を少し編集して掲載します。
「カーラチャクラ・タントラ(時輪タントラ)」は、10C末頃に作られたと思われる、インド仏教最後の経典です。
これまでのすべての密教を、教説の点からも実践の点からも統合しようとした経典です。
また、イラン系宗教・神智学の影響を受け、インド神智学との融合を果たしました。
「カーラチャクラ・タントラ」は、「シャンバラ伝説」で知られる終末論思想を持ちますが、これについては下記をご参照ください。
「カーラチャクラ・タントラ」は、「時のサイクル」を根本概念とし、「外/内/別」の3つの「時輪」の照応関係を基本構造としています。
マクロコスモスとして宇宙の生滅と、ミクロコスモスとしての生物の輪廻(身体)と、それらをシミュレートする行法(二次第)3つです。
・外:器世間(宇宙構造) :宇宙生滅
・内:衆生世間(身体構造):輪廻
・別:マンダラ・二次第 :行法
主尊の「カーラチャクラ」は、ヤマーンタカとヘールカを受け継ぐ存在です。
イスラム教の神は偶像がないため、シヴァとカーマを踏んでいますが、実際にはイスラム教の調伏を中心とする存在です。
「カーラチャクラ」が「時(カーラ)」を司る存在とされたのは、シヴァの別名「マハーカーラ」、シヴァの忿怒の妃「カーリー」(カーラには「黒」の意味もあります)を意識しているのでしょう。
しかし、同時に、「カーラチャクラ・タントラ」が生まれた場所や、その占星学的思想を考えると、イラン系の「無限時間」の至高神「ズルワン」や、シーア派、ミール派イスラムの「時の主」の影響も考えるのが妥当でしょう。
「カーラチャクラ・タントラ」は、「金剛薩埵」を含む6如来の6部の体系で、これを徹底しました。
6部の対応は下記の通りに整理されました。
・金剛薩埵:智:中央:緑:智:精液
・阿閦 :空:中央:青:識:風
・大日 :地:西 :黄:色:便
・阿弥陀 :水:北 :白:受:精液
・宝生 :火:南 :赤:想:血液
・不空成就:風:東 :黒:行:尿
「秘密集会タントラ」では、5仏が五蘊、4仏母が四大に対応しますが、「カーラチャクラ・タントラ」では、その対応を維持しつつも、6仏が四大(6大)とも対応します。
マンダラは、中央に阿閦の化身の「カーラチャクラ」と、金剛薩埵の化身の明妃「ヴィシュヴァマーター(ヴィシュヴァマートリ)」を父母仏として描くことで、上下左右の対称性を確保しました。
このように、「カーラチャクラ・タントラ」では、同じ部族の尊格がカップルとなることはなく、対立する原理がマン物を創造するという思想を表現しているのが、これまでにない特徴です。
「カーラチャクラ・タントラ」は、「大日経」系の「五大」、「金剛頂経」系の「五仏」を統合しているのですが、その対応は、「金剛場荘厳タントラ」を継承しています。
また、五仏の色は、「真実摂経」や「秘密集会タントラ」と異なり、むしろ「幻化網タントラ」を継承しています。
色は五大との対応が優先されているようです。
ただし、方位の対応には独自性があります。
チャクラとナーディに関しても、6輪6脈説です。
左右管はヘソで交叉するので、上下で分けて6脈と考えて対応づけました。
各チャクラの観想における種字と光輪も含めた対応は、下記の通りです。
・頭頂:中央管の上半分:金剛薩埵:ハム :緑の極右の輪
・眉間:左管の上半分 :阿弥陀 :オーム :白い月輪
・喉 :右管の上半分 :宝生 :アーハ :赤い日輪
・心臓:左管の下半分 :不空成就:フーム :黒いラーフの輪
・臍 :右管の下半分 :大日 :ホーホ :黄のカーラーグニの輪
・男根:中央管の下半分:阿閦 :クサーハ:青い深層意識の輪
マンダラの主要な尊格は36尊で、6如来、6仏母、6菩薩、6金剛女、6忿怒、6忿怒妃の構成です。
尊格とその象徴との対応関係は、下記の通りに整理されました。
・主尊父母仏:智と大楽
・5仏 :五蘊
・4仏母 :四大
・6菩薩 :五根(感覚器官)+意識
・6女菩薩 :五境(感覚対象)+その他の現象
・10女尊(シャクティ):10のプラーナ
・6忿怒尊 :6行動器官
・6忿怒女尊:6行動
・12護法尊 :12ヶ月
・28葉女神 :28日
マンダラは、「真実摂経」以来、須弥山宇宙像と関係があるものとされてきましたが、その細かい対応を考えることはしてきませんでした。
ですが、「カーラチャクラ・タントラ」は、マンダラの要素と須弥山宇宙像との対応を細かく設定して、両者を統合しました。
「カーラチャクラ」のマンダラ「身口意具足カーラチャクラ・マンダラ」は、「身口意」の三重構造を持っています。
その中でも中心となる「意密マンダラ」は、ジュニャーナパーダ流の「秘密集会タントラ」や、「幻化網タントラ」、「ヘーヴァジュラ・タントラ」、「サンヴァラ系タントラ」の影響があって、それらを統合しました。
「意密マンダラ」の中心の大楽倫には8人の女神がいます。
四方にはプラーナを象徴する4女神、四隅には「夜のヨガ」で現れる4ヴィジョンを象徴する女神です。
その外側には順次、4仏と4仏母、さらに6菩薩と6金剛ですが、後者はジュニャーナパーダ流と同じです。
4仏と4仏母は、それぞれが父母仏として存在します。
「口密マンダラ」にも、四方四隅に母天(マートリカー)が配置されますが、「理趣経」系の仏教の母天よりもヒンドゥー教の母天に近い尊格です。
また、各母天の回りには8人のヨーギニーがおり、合計64ヨーギニーが配置されます。
「身密マンダラ」には、ヒンドゥー教の12の護方神が、12カ月に対応する神々と解釈されて配置されます。
また、神々は妃を伴っており、男性神は新月の日、女性神は満月の日とされ、その周りには、1カ月の残りの28日に対応する女神が配置されます。
マンダラの外周には、四大輪があり、それぞれが三密のマンダラ、4チャクラ、身体(の距離)と対応しています。
・風輪:黒:身密マンダラ:眉間:手首から指先まで
・火輪:赤: :喉 :腕の関節から首まで
・水輪:白:口密マンダラ:心臓:肩から腕の関節まで
・地輪:黄:意密マンダラ:ヘソ:脊髄から肩まで
また、「カーラチャクラ・タントラ」は「時」を重視するので、輪廻、一日の意識状態、宇宙の生滅のサイクルを対応させました。
これらは、従来のタントラの教義の延長上にありますが、4局面のサイクルとして、下記の通り、仏身、心滴、尊格の種類などと対応づけて、体系化しました。
・倶生身:受胎:性 :成劫:臍 :カーラチャクラ
・法身 :死 :熟睡:壊劫:心臓:仏・仏母
・報身 :中有:夢 :空劫:喉 :菩薩・金剛女
・応身 :生 :覚醒:住劫:頭頂:忿怒尊・忿怒女尊
「倶生身」というのは「カーラチャクラ・タントラ」独自の言葉ですが、「自性清浄身」、「理法身」のことで、無始の真理そのものです。
一方、「法身」は「智法身」とも呼ばれ、真理を認識してそれと一体化した智です。
四身説は無上ヨガ・タントラで生まれたものです。
「カーラチャクラ・タントラ」によれば、この経典が説く瞑想法である、生起次第、究竟次第を修めることで、四身、そして、特殊な霊的身体である「色空身」も獲得できます。
「カーラチャクラ・タントラ」の瞑想法については、下記をご参照ください。
*インド密教については、以下もご参照ください。
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