自殺について思うこと

最近、有名人の方の自殺が目立ちますね。

有名人に限らず、日本は元々自殺の多い国です。

誰かが自殺をすると、特に有名人の場合は「お願いだから生きてくれ」なんて言う人が少なくありません。
しかし、僕はこの言葉がかえって故人を苦しめてしまうのではないのか?と思います。

故人と親しかった人や故人を好きだった人は特にショックでしょう。が、故人が自ら死を選択している以上、生きてほしい、というのは自分のエゴにすぎません。自分か悲しい思いをしたくないから死んでほしくないのかな、としか受け取れないのです。(僕が歪みすぎなのは承知しています)

最初の記事と同じく重いテーマですが、今回も僕の思うことをつらつら書いていこうと思います。

自殺は闘病の末の安楽死と同じ

僕なら、故人にこういう声を掛けます。
「ここまでよく頑張って生きたね」
「これからはゆっくり休んでね」と。

この言葉、つらい闘病や延命治療の末に亡くなった人に対してはよく使われますが、自殺を選んだ人に対してはなぜか「もっと生きてほしい」とか「自殺は逃げ」「頑張って生きていればいいことがあるのに」というような言葉ばかりが目につきます。

「あなたが死にたいと思った今は、誰かが生きたいと思った未来なんだ」みたいな言葉を自殺者にかける人がいますが、僕は吐き気がしてたまりません。
自殺者は自分で自由に死を選んでいる、とでもいうのでしょうか。

自殺した人にとって、自ら死を選択するまでは苦しい闘病と同じだと思っています。
闘病中も、苦しくても延命治療を続けるか、楽なうちに安楽死をするかを選択できますよね。
暫くは延命治療を頑張ってたけどもう疲れたので安楽死させてください、という選択をする人もいます。
自殺も、本人が延命しようと頑張ったけどもう疲れた、もしくはこれ以上苦しまないうちに死を選んだのかな、と僕は考えています。

決して適当に死を選んでいる、ということではありません。

自殺=人生を引退する、とも言える

よくスポーツ選手や歌手などの有名人が自分のタイミングで引退しますよね。
自殺も、人生の引退を自分で決めることだとも思ってます。

退職や離婚を決めた人が余裕やゆとりができていつもよりいきいきとしていることがありますが、こういう人たちは「ここまで頑張ればいいんだ」という目安があるのでなんとか頑張れるんですよ。

自殺もそうで、仕事も家事も育児も何もかも文句なく頑張れているように見えても、それは本人が「この日まで頑張って生きよう」と引退する日を決めているから頑張れているのかもしれません。

たとえ今は自殺を考えていない人でも、趣味のイベントの日など「この日までは頑張ろう」と思って頑張っている人なんてたくさんいます。
それがなくなるとなんで生きているのかわからなくなったり自殺を考えかねないので、なんとか生きるために必死になって頑張ろうと考えているのです。

一見仲間がたくさんいるように見えても、実は孤独だったりする

第三者から見て仲間がたくさんいたり、家族がいたり子供が産まれて幸せそうだとしても、本人は孤独だ、なんてことはよくあることです。

特に家族やお子さんがいる方だと、家族がいるのに何で…?という声をよく見かけますが、家族がいても苦しいのは苦しいんですよ。むしろ、家族に自分が苦しんでいると察されないために1人で苦しんでいる、なんて人も少なくありません。
結婚はマリッジブルー、妊娠中はマタニティブルー、子供が産まれた後でも産後うつ、というものもありますので、みんながみんな幸せハッピーなわけではないのです。

こういうことを言う人って、家族がいたり子供が生まれたばかりだと幸せの絶頂で何も苦しみが無いとか、家族がいるのに自殺をするのは無責任だと思っているんですかね。
それって、故人のことを本当に考えているなんて言えるのでしょうか。

価値観の押し付けは余計相手を苦しめる

上に書いたことにも当てはまりますが。
頑張って生きてほしい、という人たちは、故人や周りの人たちの悩みを聞いてあげられるような対応は取ったのでしょうか。

悩みを打ち明けてくれた人に対して
「つらいのはみんな一緒」
「不幸自慢なんて聞きたくない」
と言ってないでしょうか。

こういう人たち、Twitter上によくいますよね。
この前も年末年始に休めないという愚痴を吐いた人たちに対して不幸自慢は不快だからするな、そんなにその業種が嫌ならやめればいい、という人たちが噛みついていましたが、Twitterって愚痴を吐いちゃいけないのでしょうか。他の人を気にして常にニコニコしてないといけないのでしょうか。

確かに愚痴や不幸自慢を聞くのは疲れますし、こっちも嫌な気持ちになります。しかし、話すだけで相手は気持ちが軽くなりますし、不満や愚痴をため込まないのは大事なことです。

自分に対して相談をしてくれた、ということは、自分を信頼してくれていたり、他に頼るところがなくて寺に駆け込むような気持ちで打ち明けてくれたのでしょう。
自殺をする人たちは、嫌な気持ちを吐き出せずに一人でため込んでしまうから死を選んでしまう、というのもあります。

もし自分に吐き出してほしくないのなら、心療内科やカウンセリングを勧めてみたらどうでしょう。
また、どうしても愚痴や不幸自慢を目にしたくないのなら、そっとブロックやミュートをする、という手もあります。
これなら愚痴を聞きたくない自分も守れますし、愚痴を言いたい相手も心置きなく吐き出せるのでwin-winだと思うのです。

わざわざ見たくもないものを見に行って愚痴や不幸自慢を言うな、というのはおかしな話です。


余談ですが、以前某メンバーが問題を起こしたときに

「酒を飲むと農作業に対する愚痴ばかり言っていた」
「もう農業辞めたいみたいなことも言っていた」

という話が出た際に、

「農家の人たちはみんな酒飲むと農業辞めたいみたいなことを言うもんだ」

という意見が出て、メンバーは立派な農家だった!!とネタになったことがありますよね。

間違ったアドバイスも相手をさらに苦しめるだけ

あと、本気で悩んでいる人たちに対してその人に寄り添ったアドバイスをしてあげることができてますか?

よくアドバイスした気になって自分の価値観を押し付けるだけの人たちをよく見かけます。というか、自分が正論を言って論破している気になるのが気持ち良いのでしょうか。

先ほどの年末年始休めない~の件でも、嫌なら仕事を辞めればいいのに、というのは自分の価値観や意見を押し付けているだけに過ぎません。そんな簡単に仕事を辞められる人たちばかりではありませんし、愚痴を言う人たちの事情を何も知りませんよね。(余談ですが、コロナ禍で仕事が見つからない系の記事に対して仕事を選ばなきゃすぐ就職できるという意見が多くて吐き気がしました)

以前、僕にアドバイスをした気になって僕がその人の思い通りに動かないからと怒ってた人がいますが、そもそもそのアドバイス()が僕には適切ではなかったんですよね。

例えば、気分転換に遊びに行こうと言われたとき、相手は遊びに行くことで気分転換ができるタイプでしたが、僕は外に出るだけでエネルギーを使い果たすタイプなので余計疲れてしまう。

僕には子供もパートナーもいませんが、ある知人は子育ての悩みを相談したとき、相手はシングルマザーでも実家暮らしで金銭的にも精神的にも困っていないが、自分は共働きのなので家事や育児はすべて自分でやらなくてはならず相手のアドバイスが全く参考にならないどころか終始話が合わなかった、と話していました。

このように、相手の事情と自分の事情が違えば解決策もアドバイスも変わってくるんですよ。しかし、それがわからず自分がこうだったから、で押し付ける人が多い。

それで相手が自分の思い通りにならないと、せっかくアドバイスしてあげたのに!!とキレる。そんなことをされたら、もう二度と誰にも悩みを打ち明けようだなんて思いませんよね?
僕も正直、主治医以外の人間に相談しないようにしています。相手の思い通りに動けない自分に腹を立たせたり、相手が自分の気持ちを理解してくれないのかと落ち込むことも無いので。

大事なのは、相手の話を受け入れてあげる事情を理解してあげることです。

先程の話でも、年末年始に休めない代わりに、少しでも給料が高くなったり代わりの休みが増えればいいね、とか、年末年始に働いてくれる人たちのおかげで安心して休めます!ありがとう!などと言ってあげれば平和だったのになあ、と思います。

自殺は人生最後のわがまま

自殺は、故人の最後のわがままだとも思っています。
今まで我慢してきたけど、最後の最後にわがままを聞いてくれ、という。
人身事故や飛び降り自殺などで「人の迷惑になるような死に方をするな」という意見を目にしますが、この状態になるともう人のことなんて考えられる余裕がありません。毎日生きようと必死になっているので。
自殺に至るまで、故人はとても苦しい思いをしながら懸命に生きてきたのです。

巻き込み事故など、悲しい事件もありますが、飲酒運転やうっかりミスのような簡単に防げる事故ではありません。
先ほども書きましたが、必死で延命しようと頑張ってきたのです。それでも苦しいから、これ以上苦しまないうちに安楽死しようと自ら選んだのです。
防ぎたいのなら、本人が安楽死を選択せずに済む方法を考えてあげてください。

最後に

とまあ、長いことつらつら書いてきたわけですが、僕は専門家でも医師でもなんでもない、ただ毎日食って寝て糞してるだけのモルモットです。
ここまで書いてきたのはあくまで個人的な意見ですし、全部正解だとは思っていません。どこかしら間違ってるところもあると思います。

しかし、日本は自殺が本当に多い国です。
若い世代の死因1位が自殺です。

自殺が多いのは日本の医療が発達しているからだ、という意見もありますが、自殺者に対しての偏見や思い込みはまだまだ多いですし、そりゃみんな死にたくなるわな、と思うこともあります。

僕は自殺を悪いとも良いとも思っていません。

僕もたまに死にたくなります。

僕なんて、死にたくても死ぬのが怖くて実行できないただの生ゴミです。

それでも、なんとか延命治療を続けています。

こんなただ食って寝て糞してるだけのモルモットでもなんとか生きてるので、もし死にたいと思っている人は辛い思いをしているのは自分だけじゃない、ということを心の片隅にでも置いといてください。

決して、辛いのはみんな一緒、ということではないです。

みんなそれぞれ、違った辛さがあります。
家族がいないことの辛さ、家族がいることの辛さ。仕事をしている辛さ、仕事をしていない辛さ。

特に一般的に幸せなこととされる結婚や妊娠、出産のようなことはなかなか理解されなかったりしますよね。
それができなくて苦しんでいる人もいるので。

少しでも辛い、と思う人はカウンセリングや心療内科・精神科へ行ってみてください。
なかなか予約が取れなかったり、3分診療でまともに診てくれるなかったり、先生と合わなかったりということもありますが(僕は全部ありました)、探しているうちに自分のことを大事にしてくれる先生が見つかるはずです。

僕もずっと独りぼっちでしたが、20年以上生きてやっとそういう人たちと出会いました。(友人でもパートナーでもなく主治医ですが)



最後に、5月頃にたまたまYouTubeの配信で見て感動したMCを載せておきます。
みんな大好き(?)UVERworldさん、2019.12.19に行われた東京ドームでのライブでのMCです。

書き起こしなのでところどころ間違っているかもしれませんが、そこはすみません。

MC後のAFTER LIFEの映像も載せておきますが、noteに慣れてないのでリンク踏めなかったらごめんなさい。

本当の友達って言える人間、30超してから、出来た気が…する。
メンバー…は別ね、メンバーは別。それまで、居なかった気がする。
…だから、今、自分にはそんな人居ないなーって寂しくなっちゃった人は、これからなんだよ出逢うのは。30、40なんて良い出逢い、たくさんあるから、大切にしていこう。
俺が、俺たちが、自分たちの人生、間違ってなかったなーって思えるのは、こうやって、東京ドームができたから、俺たちの人生間違ってなかったなと思えるのは、たくさんの人にCDを買って貰ったから、たくさんの人に知って貰ったから、100人、1000人の知り合いができたから…どれでもない。
仲間のうちの何人かが俺にこんなこと言った。TAKUYA∞、お前がいつかUVERworldじゃなくなったとして、歌えなくなったとして 、歌詞が書けなくなったとして、今お前の周りにたくさん居る人たちが全員離れていったとして、最後に俺だけが隣で寄り添ってる未来が楽しみだって、そんなこと言ってくれる仲間が居ることが、俺には、俺たちには、居る。
流星群から現れた彗星。何処にも交われないなら、人とうまく付き合えないのならば、せめて自分のことを愛してくれる人だけを大切にしよう。AFTER LIFE。

https://m.youtube.com/watch?v=2C_Qn2s7eQI

今死にたい人たちが、少しでも明るい未来を歩めますように。

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