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20年前の修羅場、それは。②

前半はこちら「20年前の修羅場、それは。①」です。

・・・続き

まさかの展開

父の横にいた女は、赤ちゃんを抱いていた。
その顔は父にうり二つである。間違いない、父の子だ。
私は溢れてくる涙をぬぐいもせず席を立ち、父の近くに歩み寄った。
「お父様・・」
その時の父の顔を今でも忘れない。
驚きと、気まずさと、私への同情と、なぜか優しさと。
「どういうこと?」

父は私に穏やかに「2人で話そう。」と言った。
私はその場で膝から崩れ落ちた。
その女と老人達はエレベーターで部屋に上がって行った。
老人たちは哀れみを浮かべた顔をしていた。その女は硬い表情をしていたのか、よく覚えていない。

駐車場に行き、車の中で父から全て話を聞いた。
あれは自分の娘で、女は中国の上海出身。老人は女のご両親。もうすでに何回か湯沢には来たことがあるらしい。
私はあらゆる疑問をぶつけた。父はひとつひとつ答えてくれた。
そして最後にお願いされた。母には言わないでくれ、と。
私は言った。「そんなことできるわけないよ。ママは私のことを心配して待っている。そんなママに、何もなかったなんて嘘なんてつけないよ。」
父は静かに「そうだよな。」とうなずいた。

父は、みんなに会いに行けるか?と聞いた。私はうん、と答えた。
2人で部屋に上がった。
部屋では、私の異母妹がハイハイしていた。可愛かった。小さな1LDKの部屋が、大人でいっぱいになっていた。異母妹はいろいろな物を興味本位で触っていた。テレビ画面を触った瞬間、父が赤ちゃん相手とは思えないほど厳しい口調で叱っていた。その様子に、私は可哀相と思った。
父は私のことを皆に紹介した。
女は日本語ができないのか、私に話しかけることはなかった。無表情な人、という印象だった。
もうこの場にいられない、無理、と限界を感じた私は、ご老人に会釈をして、その部屋を後にした。

一生分泣いたせいで頭が痛い。疲れた。早く東京に帰りたい。母にこの事実を伝えたい。携帯電話が鳴ったが、帰ってから話す、とすぐ切った。
これは本当に私に起きていることなのだろうか。自分の頭上でもう一人の自分が新幹線に座る自分を見つめていた。
ついに突き止めた父の不倫の事実。しかも子供までいた。これは現実?まるで映画のシナリオだ。
ずっと仕事の鬼で、しつけに厳しく、品行方正な父親と信じて疑わなかったのに、父も結局、祖父や叔父と同じく欲望には勝てないお金を持った中年男性だった。
子供がいた事にはとにかく驚いたが、不思議とその子に対して憎しみという念は生まれなかった。それは、初めての対面が、純粋無垢な赤ちゃんだったからなのかもしれない。もしそれが5歳ぐらいに成長している異母妹だったら、もしその時父がその子と楽しそうに遊んでいる姿を目の当たりにしていたら、私の気持ちも違っていたかもしれない。
ようやく私への呪縛の鎖が解き放たれる。父の支配下から逃れられる武器を手に入れられた。それは心の底から嬉しかった。そして任務を無事に終了させた自分を誇らしく感じていた。やはり私の勘は間違っていなかった。誰も行動できなかったことを私はやった。

母に伝える

ようやく家のドアを開け、中に入るとどっと疲労感と安心感に包まれた。
興奮しながら母に私が見たこと、聞いたことを全てを話した。しかし母は驚くべき反応をした。よくやった、と褒めてくれると思った母が、怒ったのだ。そこから私の別の苦難が始まった。
「あんたがそんな事をしたせいで全てわかってしまった。あんたは自分が自由になりたかったからそんな事したんでしょう。私は頼んでいなかった。そんな事、知りたくもなかった。」
え?私はあなたのためにやったのに。あなたを自由にさせたかったのに。これで有利に離婚へとこぎつけるではないか。何故私が責められなきゃいけないの?
悔しくてやるせなくて、涙はとめどなく溢れてくる。
まさか母に怒られるなんて・・全部悪いのは父なのに。なぜ私が?

結局母はまだ父を愛していたのだ。あんなにも私に愚痴や不満、父の悪口を言っていたのに、本当は気持ちがあったのだ。

(知るか。)

私は幻滅した。思春期の私に、自分の苦難ばかりぶつけ、夫の悪口を言い続け、私の言うことなんて何一つ耳を貸さない。自分勝手で幼稚な母。
その頃からなんとなく感じていたのだが、母は父に異常に可愛がられていた私の存在にも嫉妬していた。

父が翌日湯沢から帰ってくると、母はヒステリックな女性特有な雄叫びを上げつつ、収まらぬ怒りを父にぶつけた。それまで父はモラハラで、母が気に食わない態度を取った時には鬼の形相で怒鳴り散らしていたのに、ただ静かにうつむいていた。
何も反論もせず、ひたすらだんまりを貫いていた。
まるで別人のような父を見て私は、思わず可哀相・・と思うほどに、母は毎日毎日同じことをネチネチと父に言い続けた。

何を聞いても自分からは何も言わない父の様子に、埒が明かず、母が自分でも動き出した。街なかにたくさん貼ってある黒いラブラドール犬のポスターを頼りに、歌舞伎町の探偵事務所に赴いた。あんたも付いてきて、と言われ私も同行した。
雑居ビルの中に事務所はあった。私達は緊張しながら中に入ると、探偵と思われる男性とその部下のような若い男性と小さなテーブルを挟んで向かい合って座った。
母はカウンセラーに相談するかのように、一生懸命父の行動ががいかに怪しいか、先日の湯沢での私が突き止めた事実などを訴えた。母が言うことを若い方の男性がノートパソコンに物凄く速く打ち込んでいたのがとても印象に残っている。
「それでは1週間ご主人を尾行しましょう。」
どうやら、尾行にもいろいろな方法があるらしい。今回は、父の車の下に場所を判定する(今で言うGPS機能のついた)道具を付け、車で追いかけるという作戦だそうだ。何人かのチームで行うとのことで、1週間でいろいろ突き止められるだろうとのことだった。

事務所を出ると、私達は顔を見合わせてお互いの感想を言い合った。
「あの人たちは暴力団なのだろうか?」

私は既に父の不倫と隠し子の事実は突き止めていたので、父のこれ以上の不純行為への興味は薄れており、それより探偵という仕事や、歌舞伎町の探偵事務所という所に行った、という事自体に興奮していた。

1週間後、成果を聞きにその探偵事務所を訪れると、見事に他の事実も明らかとなった。探偵さんはたくさんの写真を撮っていた。
実際私達は変わらず父と暮らしていたし、その1週間自宅の周りで怪しい車は見なかった気がする。なのに、父が自宅から出る時の写真などを見せられ、プロの仕事ってすごいなと実感した。
どうやら他にも愛人がいて、それは父の会社の従業員らしいということだ。

母は父の経営するビジネスホテルへ乗り込んでいった。




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