聖殺人者(新堂冬樹)

シチリアンマフィア、暴力団、チャイナマフィアの抗争を書いた「悪の華」の続編です。


まず出だしから前回の個人的MVPでありフィクサーであった片桐…の弟を名乗る人物が登場。兄貴同様、弟も終盤まで随分と笑わせてくれました🤣
前回の人気キャラだったのか、新堂先生が気に入っていたのか分かりませんが、この片桐弟、ホントは片桐出したかったけど死なせちゃったから弟がいたという設定を後付けしたんじゃないか?と思う程、片桐そのまんま。
ただ、自称するものが虎からシャチに変わりましたね。

赤羽のシャチ…新宿じゃなくて赤羽っていうのが面白い。赤羽ってよう知らんけど、多分繁華街などでなく普通の街ですよね?
そう思って調べたら、私が知らないだけで有名な繁華街な様で治安もあまり良くないらしい。
兄が新宿の虎だからそれは遠慮して、赤羽のシャチを名乗っているのか?

「そう、赤羽のシャチ。ある意味、赤羽という街は新宿より危険で、シャチは海のギャングと呼ばれるシャークをひと噛みで殺す獰猛な生き物です。
電話一本入れるだけで万を超えるジャパニーズマフィアが動く、と言えばジャパンでの私の影響力を分かってもらえますか?」

↑片桐弟がこう言っており、赤羽というのは新宿以上に治安の悪い街らしいです。
もっとも彼は兄貴同様に虚言壁があるため鵜呑みにはできませんが…

さて、上の台詞は片桐弟がマイケルに言った台詞。マイケルというのはガルシアにとってのラスボスであり、マイケルもまたガルシアの命を狙っています。
片桐弟は兄同様、「溝鼠」の鷹場英一や「半蔵の黒子」の毒島半蔵の如く執念深い性格でして、ある私怨を晴らすために死んだ兄貴から聞いた事のあるマイケルを利用する事を思いついたのです。

兄貴同様頭がキレて、臨機応変な対応で自分に得な方へ事を動かす事の得意な片桐弟は、単身イタリアへ渡り何のコネも無い中、今やゴッドファーザーであるマイケルに対面し「ガルシアを殺すため」と言いくるめてアサシンのジョルジオを借りて行きました。ガルシアも言ってたけど、大したもんです。

新堂先生は性格が悪くて雑な、しかし頭の良いデキる男を書くのが上手いですよね。

しかし対して、繊細だったり不幸を背負った人物の内面描写とか、そういうの書くのは本当に下手で…かなりつまらない感じになります。(個人の感想です)
ジョルジオやガルシアといったキャラがそれに該当するかと思うのですが、彼らの内面描写は頑張ってるの分かるんだけど、正直要らないかな?と思いました。
そもそも新堂先生は心理描写が雑なので、別に頑張らなくて良いと思う。
新堂冬樹には新堂冬樹の良さがあるわけですから、それを発揮してほしいですね。

さて片桐弟の狙いはもちろん、兄貴の仇であるガルシアを殺す事ではありません。彼は誰かの敵討ちなんて考えるような人間ではない。
彼の目的それは、大昔に自分をボコった海豪というヤクザを殺す事です。こういう所も兄貴そっくりでニコニコしました。

海豪というヤクザが、前回で言うところの不破のポジション。結果的にガルシア、ジョルジオ、海豪の抗争になります。
海豪はプラチナブロンドの長髪にサーモンピンクのスーツという、普通のサラリーマンの様な格好が今や殆どと言われるヤクザの中ではかなり変わったファッションの人で、詳しくありませんが、半グレにはいるかもしれないが今時でも暴力団にはいないタイプじゃないかな、と。

不破はやる事が残虐ですが、別に趣味でやってるわけじゃなく何某かの目的があるからやってたわけで、けっこう根は普通の人なんですよね。
所属組織がカタギの会社であれば、普通に順応してそうな保守的なタイプだと思っていて、ぶっちゃけ野心家ってだけなんです。

暴力団というのは保守的な組織らしいので、海豪みたいな人はまずファッションがアウトな気がしました。
まあ金稼ぐの上手いみたいだし、ヤクザは金が全てらしいからそれで目を瞑ってもらえるのかもしれないけど。

あと不破は残虐な事やるにしても必ず理由や目的があるのですが、海豪にはそれが無いって言われてます。そういう人って多分、暴力団では手に余るんじゃないだろうか。
私が超リスペクトする映画「ハングマンズノット」の柴田さんと影山兄弟みたいなもんですね、きっと。

柴田さん→海豪
不破→影山兄弟 という意味。

ちょっと何考えてんのか分かんない、何やるか分かんないと言われる海豪の残虐描写がとても良いです。
薄桃色の肉、裂けた皮膚、はみ出す黄白色の脂肪、口からあふれ出す赤い唾液…目を閉じると瞼の裏に浮かんでくるようですね。
新堂先生は戦闘描写はイマイチで、しかし暴力描写はずば抜けてんですよね。
因みに戦闘描写の優れたハードボイルド作家として思いつくのは、深町秋生です。

あと舎弟から「親父オヤジ」呼びされるのが嫌いらしく、それでも物覚えの悪い舎弟から度々そう呼ばれてんのが何気に面白かった。
普通そういう場合、暴力団だとどつくぐらいはすると思うのですが、海豪の場合「親父呼びは好きじゃないと言ったよね?」の一喝のみで済んでるのも印象的でした。
よく分からない理由で他人や舎弟を切り刻んだりするのに、嫌な親父呼びは基本口頭の注意だけで済ませるんだ…と。

そんな海豪の基本的なお仕事は違法薬物。
「ろくでなし」「底なし沼」「炎と氷」などで、新堂冬樹先生の優れたジャンキー描写を読んできたわけですが、ここでも違法薬物の売人及び薬中のたまり場の様な描写が鮮やかに描かれています。

ウィリアム・バロウズ「ジャンキー」は薬中本人が書いたものですが、リアリティは多分実際のジャンキーであるバロウズの方があるのだろうけど、エンターテイメントとして新堂冬樹の描くジャンキーは群を抜いていると思います。

ただ、バロウズは多分純文学の人なので、芸術的なあれこれがあるのだろうし比べる対象じゃないんだろうけど。

底なし沼、あんなに面白いのに電子書籍化されてないの何でやねん。
特に「ろくでなし」はジャンキーの内面描写が秀逸(リアリティあるかどうかは、私自身違法薬物やった事が無いので分かりませんが…)なので、是非読んでください!

さて、前回片桐兄が「溝鼠」の鷹場英一の如くクズっぷりを貫き、フィクサーとして立ちはだかったわけですが、片桐弟は…

これは人によっては涙する良い場面なのかもしれないけど、私的には「兄貴はやり遂げたのに、片桐家の面汚しめ!」という感じでした。

しかし黒社会によくいる人間にリアルなのかもしれないなあ、これが。
山口組の炊き出しとか、あれって世間での評価を上げようとする計算もあるのでしょうが、それだけでもないだろうなと思うんです。
人間て結局のところ、他者の助けになる事で幸せになれる生き物なので。そう考えると、リアリティある人間描写なのでしょうね。












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